翌日の昼頃に離宮に来た騎士のアランは離宮の応接室に招かれていた。

「レティシア王女殿下、こちらに来るのが遅くなってしまい大変申し訳ありません」

 応接室に入るなり、アランは頭を下げて謝罪の言葉をレティシアに投げてくる。

「いいのよ、まあ、取り敢えず座って?」

 レティシアはそんなアランを見て優しい笑みを浮かべる。
 そしてアランにレティシアの目の前にソファに座るよう促すが、アランは首を横に振って申し訳なさそうに返答する。

「それは出来かねます……」
「そう、では場所を変えようかしらね。ついてきてちょうだい」
「わかりました」

 レティシアはアランと共に離宮の中庭へと向かう為、応接室を後にした。



 アランを連れて離宮の中庭へと出たレティシアは足を止めてから背後にいるアランに向き直る為、振り返る。

「単刀直入に言うわね。私の近衞騎士になってくれないかしら……?」
「近衞騎士ですか? それはレティシア王女殿下に仕える専属騎士ということですか?」
「まあ、そうなるわね。無理なら断ってくれても構わないわ!」

 アランを近衞騎士にしたいと思ったのは、昨日、自身の誕生日パーティーが行われた会場でグイードと共に顔を合わせた時、直感でこの人を自分の騎士にしたいと思ったからだ。
 だが、陛下から愛されていない、いかにも理由ありの王女の近衞騎士なんて嫌かもしれないと思っていたレティシアはダメ元で言ったのだが、アランの返事はレティシアの予想とは真逆の物だった。

「いいですよ。なります」
「即決なのね」
「はい、ずっとなりたいなと思っていましたので!」
「私の騎士に?」
「そうですよ!」

 まさか、自分の騎士になりたいと思っていてくれたなんて思わなかったレティシアは嬉しそうに微笑む。

「そうなのね、嬉しいわ、ありがとう。アラン、これからよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」

 アランは軽く会釈して、レティシアを見て優しく笑いかけた。





 王城の執務室にて、ディオルの近衞騎士のソレスは机の上にある書類に目を通しながらペンを紙の上に走らせているディオルに話しかける。

「陛下、昨日はパーティーには顔を出さなかったのですか?」
「ああ、」
「そうなんですね。レティシア王女殿下は陛下に来て欲しかったと思いますけどね」
「そうか」

 ディオルは昨日行われたレティシアの誕生日パーティーに顔を出さなかった。
 まだ幼かったレティシアに離宮に行くように命じたあの日からディオルはレティシアのことを避け続けてきた。

「それにしても、今日は暑いですね~」

 ソレスは再び訪れた沈黙を破るかのように、手をひらひらして顔を仰ぎながら発言する。

「ああ、そうだな」

 ディオルはそんなソレスを見てふと笑みをこぼし、動かしていた手を止め、顔を上げて部屋の窓から見える夏の空を瞳に映した。


 
 麗らかな昼過ぎ頃、王城にある玉座の間にアルティリア王国の第二王女リリアーナが訪れる。
 玉座の席に座っていたディオルの目の前に来たリリアーナは頭を軽く下げてから、ディオルの顔を見て話し始める。

「陛下、この度はお話する時間を作って下さりありがとうございます」
「ああ、それで何用だ?」
「離宮にいるレティシア王女殿下に会いに行きたいのです。私は一度も顔を合わせてお話ししたことがございません。レティシア王女殿下に会いに行っても宜しいでしょうか?」

 リリアーナの言葉通りリリアーナはレティシアと一度も顔を合わせて話したことがなかった。
 だから会いに行きたいという純粋なリリアーナの言葉を聞いたディオルは頷き離宮に会いにいくことを許可を下した。

「わかった、会いに行けるように手配しておこう」
「ありがとうございます。陛下」

 リリアーナはディオルに礼を伝えて、会釈をしてから玉座の間から出て行った。



 翌日の昼過ぎ頃、リリアーナはレティシアがいる離宮へとやって来た。
 離宮の応接室へと通されたリリアーナは応接室でリリアーナのことを待っていたレティシアと初めて顔を合わせる。

「初めまして、レティシア王女。私は第二王女のリリアーナと申します。この度はこうして会えて嬉しく思います」
「ええ、初めまして、リリアーナ王女。私も会えて嬉しく思いますわ」

 レティシアはそう言いリリアーナを見て優しく微笑む。そして向かいにある白いソファに座るよう促した。
 レティシアに促されたリリアーナは白いソファに腰を下ろしてから話し始める。

「はい、それにしてもレティシア王女はどうしてこの離宮におられるのですか?」
「ちょっと色々理由がありまして」
「そうなのですね!」
「ええ、」

 リリアーナは何の為に離宮へと来たのかわからずにいたレティシアだったがリリアーナが唐突にくすりと笑った後、先程の優しい顔つきから冷たい憐れむような顔へと変わったリリアーナを見てレティシアは身構えてしまう。

「わたくし、ずっとレティシア王女、貴方に会いたいなと思っていましたの。だけど、会ってわかりましたわ。貴方は私以下だってことが」
「え……?」

 リリアーナから言われた言葉が思いもよらなかったものだった為、レティシアはまともに返事を返すことができなかった。

「レティシア王女殿下、貴方は陛下に愛されていない。だからいずれこの国の王となるのはわたくしですわ」
「そうですか……」
「ええ、今日はそれを言いに来ただけです。レティシア王女、貴方はずっとこの離宮に閉じこもっていて下さいな」

 リリアーナはそう言い座っていたソファから立ち上がり、見下すような笑みを浮かべてレティシアを見てから応接室から出て行ってしまう。

 部屋に残されたレティシアが少し悲しげな顔をしていたのを側にいたアランは見逃さなかった。



 リリアーナが離宮に訪れた翌日。
 レティシアは自室の部屋のベットに寝転がりながら昨日リリアーナから言われた言葉を思い出していた。

「はぁ……わざわざあんな事を言いに来るなんてね」

 レティシアがポツリと呟くのと同時に自室の茶色いドアをコンコンと2回ほどノックする音がレティシアの耳に届く。

「レティシア王女殿下、そろそろ朝食が出来上がります。起きてください」
「起きているわ。ルミリア、申し訳ないのだけれど今少し調子が悪くて、もう少ししたら起きるから」

 侍女のルミリアにドア越しにそう伝えるとルミリアの落ち着いた優しい声色が返ってくる。

「そうなのですね、わかりました」
「ええ、」

 レティシアの部屋の前を後にしたルミリアは通路を歩きながら心の中で呟く。

(姫さま、大丈夫かしら…声に元気がなかったような気がするわ)



 穏やかな昼過ぎ頃、離宮の中庭でレティシアはぼんやりと花壇に咲いている白い花を見つめていた。
 そんなレティシアのことをたまたま見かけたレティシアの近衞騎士であるアストリッドはレティシアの元へと歩み寄り声を掛ける。

「殿下、今日はいい天気ですね」

 アストリッドにそう声を掛けられたレティシアはその場から立ち上がり、アストリッドの方を向いて明るく返事を返してくる。

「あら、アストリッド、そうね、いい天気ね」
「はい、あの、殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫って?」
「いや、少し元気がないように見えたので……」

 いつもより何処か元気がないことに気付いたアストリッドは目の前にいるレティシアを心配そうな顔で見つめる。

「そうなのね……」
「よければ話しを聞きましょうか?」
「ええ、昨日ねリリアーナ王女が離宮に来たのよ」
「そうだったのですね」

 リリアーナが離宮にやって来たことをアストリッドは知っていたが、何の話しをしたのかはその場にいなかった為、アストリッドは知らなかった。

「ええ、私、リリアーナ王女から言われた言葉が少し胸に突き刺さってしまって」
「なるほど、それで少し元気がないのですね」
「ええ、そうね」

 元気がない原因がリリアーナ王女にある。とわかったアストリッドはレティシアを元気づける為の言葉をかけることにした。
  
「リリアーナ王女殿下からどんなことを言われたのかはわかりませんが、世の中色々な人がおりますから、こちらにマイナスな気持ちを与えてくる人のことを気にする必要はないと俺は思いますよ」
「そうよね、確かにそうだわ!」

 レティシアは頷きながらアストリッドの言葉に納得する。
 アストリッドはそんなレティシアを見て優しい笑みを浮かべて告げる。

「殿下、俺はどんなことがあっても殿下の味方ですから。なんかあったら頼って下さいね」
「ええ、ありがとう…! アストリッド」