何とか城から逃げ出すことができた私は逃げる為とはいえ、王子の足を踏みつけるというとんでもないことをしてしまったことを改めて実感し血の気が引く。

「とんでもないことをしてしまったわ……」

 ティティアーナは重たいため息をついて呟きながら、家に帰る帰路を歩いていた。

 ガラスの靴を脱ぎ捨ててきてしまった為、歩く度に地面の感触が直で伝わり、とても痛い。

「王子の目の前でガラスの靴脱ぎ捨てたのだから、気付いたら絶対拾うわよね。はぁ…… これじゃ見つかってしまうのも時間の問題かもしれないわね」

 私は頭をフル回転させて考える。起こり得るかもしれない未来を変える為にはどうすれば良いのかを。

「家を出て国外逃亡でもしようかしら」

 まあ、国外へ辿り着くまでに捕まったら意味がないのだけれど。

 それに継母であるヴィアラと姉二人のリゼとロナも私が居なくなることは願ったり叶ったりだろう。

「よし、決めたわ! 帰ったらすぐ家を出る準備をして国外へ逃亡するわよ」

 ティティアーナの芯のある声が夜の闇に溶け込むように消えていく。
 


 12時を過ぎる前に家へと帰って来てしまった私は妖精の魔法で仕立てられた星柄のデザインが施された魔法でまだ解けていない青色のドレスを脱いで、いつも着ている地味でボロボロの見窄らしいワンピースに着替えて、家を出る身支度を整える。

「よし、これで大丈夫かしらね。一応、一言くらい残しておきましょうか」

 舞踏会が終わったら帰ってくるであろう継母ヴィアラと姉二人のリゼとロナ宛に一言『お世話になりました。もう戻りません』と書いた置き手紙を残し、私は荷物を持って家を後にした。

「国外逃亡なんて、我ながら思い切った行動だわ。頑張って逃げるわよ……!」

 暗い夜空の下、ティティアーナは自分自身に気合を入れて歩き始める。 

 夜の空に浮かぶ満月がティティアーナの姿を見守るように照らしていた。






 舞踏会が終わり家に帰って来た継母であるヴィアラと姉二人のリゼとロナはティティアーナが残した置き手紙を見て驚愕し声を上げる。

「もう戻りませんってどういうこと!?」
「ティティアーナはもう帰って来ない気がしますわ」
「まあ、とりあえず今日は寝ましょう? 私もリゼも疲れていますし」

 ロナはドレスを脱ぎながらヴィアラとリゼを見て告げる。

 都合良く扱うことができて、ストレスを発散できる存在であったティティアーナが居なくなってヴィアラとリゼは勿論、ロナもイライラしていたが、舞踏会から帰ってきたばかりで疲れている為、今は気力が湧かないのだ。

「そうね、リゼ、ロナ、おやすみ。ゆっくり寝て明日また考えましょう」

 ヴィアラは血の繋がりがある二人の娘、リゼとロナにそう言えば、リゼとロナは頷きそれぞれの部屋へと行ってしまう。

 リゼとロナが一階のリビングから出て行った後、ヴィアラはティティアーナが書いた置き手紙をぐしゃりと握り潰し、怖い顔つきで呟く。

「ティティアーナ、家出なんて許さないわよ。貴方はずっと私と娘達の奴隷なのだから」



 バルドは舞踏会が終わった後、疲れからきた眠気に耐えられず、すぐ自室へと向かった。

 自分の部屋に入るなり、バルドは白いふかふかのベッドに着替えもせず倒れ込む。

「はぁ…… 疲れたな」

 うつ伏せでベッドに寝転がりながら、バルドはティティアーナのことを思い出す。
 自分の周りにいる女性達とは何かが違う彼女のことがとても気になって仕方ない。

 そんなことを思いながらバルドは疲労感ある身体をベッドから離す。

 立ち上がったバルドは着ていたタキシード服を脱ぎながらティティアーナに足を踏まれたことを思い出しおかしそうに呟く。

「本当、面白い娘だったな」



 翌日。
 バルドは舞踏会に出席していた女性を全員呼び出し、ティティアーナが落としていったガラスの靴を一人ずつ履かせることにした。

 勿論、ティティアーナの継母であるヴィアラと姉二人のリゼとロナもお城に呼ばれて、ガラスの靴を履くことになったがサイズが合わないのか履くことは出来なかった。

 結局、舞踏会に参加した女性は全員。誰一人もガラスの靴を履けずに終わった。

「まさか、全員、履くことが出来ないで終わるとは…… 一体、どこの娘なんだ?」

 バルドが頭を抱えながら呟いているとティティアーナの継母ヴィアラと姉二人のリゼとロナの会話が耳に入ってくる。

「本当に何処に行ったのかしら。あの娘がいないとストレスが発散できないわ」
「捜索届けも出したことですし、その内見つかるわよ」
「ねえ、お母様、見つかったら私達に心配をかけた分、働いてもらいましょうよ!」

 ロナの提案にヴィアラとリゼは満面の笑みで頷き返す。

「お話の最中申し訳ないのですが、ちょっといいでしょうか?」

 バルドはそんなヴィアラ達の元まで歩み寄り、声を掛ける。
 バルドから唐突に声を掛けられたヴィアラとリゼとロナの三人は慌てて話しをやめてバルドの方を向く。

「ええ、大丈夫ですよ。何でしょうか?」

 ヴィアラは愛想の良い顔で返事を返すとバルドはにこやかに礼を言い話し始める。

「ティティアーナというのはヴィアラ様の娘様でしょうか?」
「ええ、まあ、そうですわね。血は繋がっていませんが」

 ヴィアラはティティアーナのことを聞かれるとは思っていなかった為、自然と表情が固くなる。

「そうなんですね。さっき話していたのを少し聞いてしまったのですが、そのティティアーナという娘さんは今家にいないのですか?」
「ええ、昨日の夜からいなくなってしまいまして」
「昨日の夜から…… なるほど」

 バルドは昨日の夜からという言葉に少し引っ掛かる。そういえばティティアーナという名前の娘に招待状を出したような気がする。

 今日、舞踏会に参加した女性を全員呼び出したはずだが、昨日自分の足を踏みつけた彼女の姿はなかった。
 
(もしかして途中から参加したのか……? だとしたら俺が最初から見ていないはずだ。そして、今ここにいない人物がティティアーナという娘だとしたら全てに納得がいく)

「教えて頂きありがとうございます。気をつけてお帰りくださいね」
「ええ、」

 ヴィアラはにこやかな笑みでバルドに会釈し、リゼとロナ。
 二人の娘を連れて謁見の間の部屋から立ち去って行った。
 部屋に残ったのはバルドとバルドの近衞騎士であるエドルのみとなり、静かな空気が漂う。

「殿下、もしかして、ティティアーナという娘が昨日、殿下の足を踏みつけた娘でしょうか?」
「ああ、おそらくそうだと思う」

 バルドは嬉しそうな顔をしてエドルを見た。
 エドルはそんなバルドを見て昨日の娘のことをかなり気に入ったのだなと改めて思ったのであった。