10月7日(火)
今日は佐田さんの指示で、KOREEDA開発(株)から依頼された「旧・灰月観光ホテル」の調査に行きました。
アルバイトとして入社して半年。ひとりで調査に行くのは初めてなので、朝は緊張しました。
でも僕以上に佐田さんのほうが緊張していたみたいです。駐車場まで見送りに来て、僕が発進して敷地を出るまでずっと「あれは持ったか」「これは足りてるか」「昼飯食う場所決めてんのか」と喋り続けていました。(佐田さん、ここまで読んで「こんなことまで書くんじゃねぇ」なんて怒らないでください。後日調査報告書を作る時に書き忘れがないよう、今回は見聞きした記憶をなるべく文章にしておくって決めたんです。そのためにノーパソを持ち出しました)
僕は灰月温泉自体に行ったことがなく、今回が初訪問です。
事前に佐田さんから「平地と山の間にある」と聞いていましたが、まさか山に向かってくねくね登っていく坂道が温泉街だとは思いませんでした。温泉街といえば平坦なものしか知らなかったので。
依頼された「旧・灰月観光ホテル」は、そんな灰月温泉街の中でもかなり坂を上がったエリアの、奥まった場所にありました。最初に土地を決める時にオーシャンビューを求め過ぎたのかな。試しに車を置いて歩いてみたら、最寄りのバス停まで十五分かかりました。旅行者にはキツイ。泊まりの荷物があったら絶対挫折してる。だから宿泊客も減ったのかな、と思いました。
1998年開業、2012年廃業。これって長く続いたほうなのかな。ううん?
現地に到着後、まずは外観の写真を撮りました。敷地には入らなくていいと言われていたので、前面道路から見える景色だけ。一応角度は複数あったほうが良いかなと思って、右から、左から、正面から、で三枚撮りました。
いかにも廃墟、という雰囲気満載の廃墟です。
外壁はカラースプレーのラクガキと、土埃で汚れまくってました。苔なのか蔦なのかわからない緑色も一部見えました。
窓ガラスはほとんど割れています。最上階の窓からは何故か木の枝のようなものが飛び出していました。中から生えているのか、台風なんかの風に乗って外から突き刺さったのかは、わかりません。
雨樋は朽ちてボロボロで、地面に落ちているものもありました。バルコニーや屋上、外階段に使われている鉄骨も、錆びたり朽ちたりしているように見えます。外階段はたぶん一部の踏面が落ちています。
正面入り口の自動ドアも割れて全開放状態になっているみたいだけど、その大部分が落ちた看板で塞がれていました。もし追加調査を依頼されて中に入ることになっても、僕の体格ではここからの出入りは難しいような気がします。僕より大柄な佐田さんは絶対に通れないです。
この辺りで、外から見えるものは概ねチェックし終わりました。頼まれている調査のうち、残りは近隣住民への聞き込みだけ。
坂道を少し下ったところにお蕎麦屋さんがあった気がするので、そこでお昼ご飯を食べて、店員さんに話を聞いてみようと思います。
まずは、午前の記録はここまで。
さて、午後の記録です。
お昼に行ったお蕎麦屋さんや、温泉街の中にあるお土産屋さんなどで「旧・灰月観光ホテル」について話を聞いてみました。
佐田さんに教わったとおり、自分が調査会社の人間であることを明かして「あの物件を購入し再活用できないか検討している企業がいる」「その企業から、具体的なプロジェクトになる前に現状調査をしてくれ、と頼まれている」と伝えたら、進んで色んな話を聞かせてくれました。
やっぱり地元の人としては、廃墟が常に景色の中にあるのは落ち着かないようです。
特にお土産屋さんは店舗兼住宅で、祖父母の代からそこに住んでいると言っていました。店主の男性曰く、最近何かの作品が灰月温泉を舞台にしているのではと噂になっているらしく、その影響であまり見かけないタイプ(キャピキャピしているそうです。「キャピキャピ」って何ですか?)のお客さんが増えているとのことです。
以下、地元の人から聞いた話を箇条書きにします。
■廃業前について
・営業当時働いていた人は地元で採用された人ではなく、全員本社がある関東圏から転勤で来た人たちだった。
・廃業する少し前に支配人が変わったと記憶している。いつも何かに腹を立てている人だった。
・今でこそあんな見た目だが、このあたりの木造建築の老舗旅館と比べれば遥かに新しい建物である。建築当時の最新設備が整っていて、正直羨ましかった。
■廃業後について
・廃業してからあの廃墟らしい見た目になるまであっという間だった。
・窓や戸は壊れてしまっているが骨組みは頑丈だと聞いているから安心感がある。すぐすぐ倒壊するのではといった不安はないのでその点については楽観している。
・雨風が立派に凌げるからか家出人たちが勝手に宿にしている。家族が「人が入っていくのを見たことがある」と話していた。
・廃墟巡りや心霊スポット巡りが好きな人間が遊びに来ているようだ。我々も放置しているので、ある程度そういう人が来るのは仕方がないと思っている。
・何かの集会に使われた可能性がある。数年前に娘が「同じ服を着た人が数人出てきた」と話していた。
・廃業は急で、いきなり従業員が消えたような感じだった。
・廃業後、温泉の元栓を止める手続きが進んでなくて困っていると組合の担当者が話していたのを聞いた。さすがに東京から人を呼ぶなどして手続きを終えたと思う。けれど、ここだけ撤退して会社は存続しているのか、それとも会社が丸ごと潰れたのかは知らない。
・心霊スポットだと言って遊びに来る若者はいるが、事故や事件は起きていないはずなので何の心霊も出ないはずである。
本日の調査は以上です。明日、この文章を読んで記憶を思い出しながら報告書を作ります。
今、この文章は、お土産屋さんに紹介してもらったお茶屋さんで書いています。カフェ仕事っぽくてちょっとわくわくします。
お蕎麦屋さんで知り合った杉野くんという大学生の男の子が、お団子をおごってくれました。美味しいので、佐田さんに一本買って帰ろうと思います。
杉野くんは廃墟と心霊の関係について調べているそうです。お土産屋さんで聞いた「灰月温泉が舞台ではと噂されている作品」についても心当たりがあるらしく、今度見せてあげると言ってくれました。
杉野くんが調査の一環でこの付近の中学校を探していると言うので、お団子のお礼に車で送り届けてから、会社に戻ろうと思います。
最後は観光ブログみたいになっちゃいましたが、これにて、初ひとり業務おしまいです!

