10月17日(金)
昨夜、勧められた透明院透明さんの該当ゲームに関するアーカイブを全部観終えたので、杉野くんに連絡をしました。
作中に出る星霧温泉の廃ホテルの設定と、過去2回の調査で僕が調べたり見聞きしたりした「旧・灰月観光ホテル」の情報。照らし合わせると似通った点がありました。たとえば、建物内から人が出てくる時には赤色の上着を身に着けている、とか。
この類似点は何なのか、と杉野くんに問うと、彼は「会ってから話す」と言って、最初に出会った日にお団子をおごってくれたあのお茶屋さんを指定してきました。
お茶屋さんで顔を合わせてから、僕は改めて「このゲームって何なんですか」と杉野くんに質問しました。
彼はかなり迷うような素振りをしたあと
「ありえないと思うだろうけど……実は、今はゲームと現実がほぼ同時進行に近い状態なんです」
と言いました。
杉野くんにこのゲームを教えた、同じ大学に通う彼女さんが行方不明であることが、その証拠なのだと、杉野くんは主張しました。
彼女さんの様子がおかしくなったのは、透明院透明が最初にあのゲーム実況の配信をした直後。
SNSのトレンド欄でその名前を見た彼女さんは「透明院透明ってどこのVだっけ」と考えながら、何の気なしにその情報を検索したそうです。
そして、透明院透明の、あのゲーム実況配信の初回アーカイブに辿り着いた。
「彼女はこのあたりが地元なんです。見慣れた景色だからか、彼女はわりとすぐ、あのゲームが灰月温泉や『旧・灰月観光ホテル』をモデルにしていると気付いたようです。そして同時に、冒頭部分でさらっと流された一言に、恐ろしさを覚えた」
それはゲーム開始直後の主人公のセリフ。
『わからない。何も思い浮かばない』
『目を開ける前、四角い部屋の真ん中に立っていて、何かが周りをぐるぐる移動していたような気はするけど』
「彼女がこの近くの中学校に通っていたころ。一度だけ先輩の悪ふざけに付き合わされて、スクエアをやったらしいんです。知ってますか、スクエアって。真っ暗な四角い部屋の四隅に一人ずつ立って、壁伝いに一人ずつ玉突きをするように移動することで室内に霊を呼ぶ降霊術です」
僕は「漫画で見たことがある」と答えました。
確か、その行為が霊には楽しい遊びをしているように見えるので、いつの間にか四人の中に混ざって五人目になってしまうのだと聞いたことがあります。だから、四人のままなら全員が足を止めた時に四隅のうち一つが無人になるはずなのに、霊が降りていると、四人全員が開始時と同じようにばらばらの四隅に立っているという状況が成立してしまう、と。
「そうです。それです」
神妙に頷く杉野くんに、僕は何と答えたらいいのか困りました。さすがに降霊術は、フィクションだと思っていたからです。
けれど杉野くんは真剣な様子で続けました。
「さっきも言ったとおり、スクエアは真っ暗な部屋でやるものです。でも、公立中学校の教室のカーテンなんて、ぺらっぺらじゃないですか。暗闇を作れない代わりに、先輩たちは『目を瞑って走れ』と言ったそうです。でも、教壇の段差や机にぶつかりながら走るのはやっぱり危ない。だから彼女はずっと、薄く目を開いてスクエアに参加していたのだと、言っていました」
そして、そのスクエアの最中。五人目として加わるのではなく、教室の中央にぽつんと立つ、男の人の姿を見てしまったそうです。
いるはずのない男性の姿は衝撃的だったらしく、彼女はどうやってそのスクエアを終えたのかは覚えていないのに、その男性の容姿はしっかりと記憶してしまったと話していたそうです。同時に直感で「眠っていた霊を起こしてしまった」と感じたんだとか。
「誰かに相談しようにも、学校で降霊術をして遊んだなんて話したら間違いなく怒られますから。しかも発案者が先輩なので、言うに言えなかったと、透明院透明の配信を見てから、僕に打ち明けてくれました」
彼女さんは「コレは私たちが起こしてしまった霊だ」「いつか私もここに呼ばれてしまう。起こした責任と取れって、言われてしまう」と言って、随分怯えていたと、杉野くんは言っていました。杉野くんが何度励ましても、全く効果はなかったようです。
そうして数日が経った頃。
透明院透明のプレイ動画で、NPCを呼び出す条件が「星霧温泉のお湯に入ったことがある」と「この幽霊の話に感情が揺さぶられる」に設定されたその日の夜に、彼女さんは失踪したそうです。
ここでいう「感情を揺さぶられる」というのは、同情なども含まれると思います。けれど本来はきっと、杉野くんの彼女さんや、幽霊が探している犯人のような、罪悪感を引き寄せるためのものなんでしょう。
杉野くんは、幽霊、つまり怪異が、創作物の力を使って世間に広くその手を伸ばしているのだと、言いたいようです。
正直に言うと、僕は調査会社のただのバイトであって、幽霊退治屋ではありません。
たとえ「旧・灰月観光ホテル」が未発覚の事故物件だったと判明したところで、KOREEDA開発さんがそこを購入してもしなくても、調査業務分のお金は会社に入るし、僕の時給ももらえます。
別に、放っておいても構わないはず。でもふと、佐田さんなら、なんだかんだ話を聞いて「じゃあ一回だけ一緒に行ってやるよ」って言うんだろうなと思いました。
佐田さんへ。
ここまで書いた文章を、これからメールで送ります。ノーパソと車は「旧・灰月観光ホテル」の前に路駐しておきます。
たぶん、杉野くんがあの日僕に話しかけた時から、こうなるように誘われていたんだと思います。
一回だけ、杉野くんと一緒に「旧・灰月観光ホテル」の中に入ってみます。見つかるのが杉野くんの彼女さんなのか、透明院透明なのか、あのゲームの主人公の遺体なのかはわからないけれど。一回だけ。
いつの間にか車に乗っていた赤いジャンパーみたいな服を見つけたので、借りていきます。ちょっと肌寒かったので。
それでは、調査開始してきます。

