3日後。グループLINE「結衣's Wedding準備」に、香織からメッセージ。
香織「次回の打ち合わせ、来週土曜日14時からでどうですか」
送信ボタンを押す前に、何度も文章を見直した。絵文字を入れるべきか。いつもなら入れていた。でも今は、入れられない。結局、絵文字なしで送信。
既読が3つ。すぐに。
結衣「いいよ! 場所はどこ?」
理沙「OK👍」
早苗「大丈夫です!」
通常通りの明るさ。でも香織には、すべてが演技に見える。
香織は画面を見つめたまま、返信できない。指がキーボードの上で止まる。何を書けばいい? 場所を決めなければ。でも、また自分が決めてしまう。
5分経過。
結衣「香織?」
香織は慌てて返信する。
香織「駅前のカフェで」
送信。絵文字なし。いつもと違う。3人は気づくだろうか。
理沙「了解!」
早苗「わかりました!」
結衣「じゃあまた来週ね💕」
結衣だけが絵文字を使っている。理沙と早苗は、以前より絵文字が少ない。気のせいか。それとも——。
土曜日。駅前のカフェ。テラス席に4人が集まる。晴れた日。心地よい風。
香織は最後に到着した。3人はすでに座っている。
「ごめん、遅れた」
「大丈夫、今来たところだよ」
結衣が笑顔で答える。しかし、少し不安そうな表情。
「あの、この前の電話……出られなくてごめん」
香織が小さく言う。
「ううん、大丈夫。体調悪かったの?」
「ちょっと……疲れてて」
「そっか。無理しないでね」
理沙と早苗も心配そうに香織を見る。でも、それ以上は聞かない。
香織は空いている席に座る。メニューを見る。注文する。アイスコーヒー。
沈黙。
いつもなら香織が話を切り出す。でも今日は、何も言えない。
「えっと、今日は引き出物の最終確認を……」
結衣が口を開く。
「うん」
香織が短く答える。
資料を取り出す。手が少し震える。テーブルに広げる。引き出物のカタログ。
「これとこれ、どっちがいいと思う?」
香織が聞く。
理沙がカタログを見る。
「どっちもいいね」
早苗も見る。
「素敵ですね」
どっちがいい? 香織は具体的に聞いたのに、答えは曖昧。いつもと同じ。でも今は、その曖昧さが気になる。
「じゃあ……こっちにする」
香織が決める。またしても。
「いいと思う」
結衣が頷く。
「うん、それで」
理沙も同意。
「賛成です」
早苗も。
でも、本心? 本当に賛成してる? それとも、ただ従っているだけ?
香織の心理。すべてが疑わしい。この笑顔は演技。この相槌は嘘。この「いいね」は社交辞令。
「音楽の選曲も確認したいんだけど」
香織が次の議題を出す。声が小さい。
「うん、どんな曲?」
結衣が聞く。
「これと……これ」
香織がスマホで曲名を見せる。
理沙が画面を見る。
「香織の案、いいね」
早苗も見る。
「素敵な選曲ですね」
「いいね」——本心?
「素敵」——本当に?
香織は聞きたい。本当にそう思ってる? 嘘じゃない? でも聞けない。聞いたら、関係が壊れる。
会話が続く。でも香織は、ほとんど話さない。聞かれたことに答えるだけ。自分から提案しない。いつもなら、次々と意見を出していた。でも今は、できない。
「香織、どうしたの? 元気ない」
結衣が心配そうに聞く。
「ううん、ちょっと疲れてるだけ」
香織が答える。作り笑顔。
「無理しないでね」
結衣の優しい声。
その優しさも、演技なのか。香織にはわからない。
打ち合わせが終わる。1時間ほど。いつもより短い。
「じゃあ、また連絡するね」
結衣が立ち上がる。
「うん」
香織も立ち上がる。
理沙と早苗も席を立つ。4人で店を出る。駅前で別れる。
「じゃあね」
「また」
「お疲れ様でした」
手を振る。笑顔。でもすべてが、空虚に感じる。
香織は一人、反対方向へ歩き始める。振り返らない。
帰宅後、香織のスマホに理沙から個別LINE。
理沙「今日はありがとう。いつも頼りにしてる💕」
画面を見つめる香織。返信できない。30分経過。
理沙「?」
スタンプ。困った顔の絵文字。
香織は指を動かす。
香織「こちらこそ」
送信。短い。絵文字なし。いつもなら、もっと長く、絵文字も入れていた。
既読。でも理沙からの返信はない。
香織の推測。今、理沙は裏グループで相談している。「香織の様子おかしくない?」「なんか冷たい」「やっぱり気づかれた?」——そんなやり取りが、行われているのではないか。
確認する術はない。でも、きっとそうだ。香織はそう信じている。被害妄想か。それとも現実か。境界線が曖昧になっている。
スマホを置く。ベッドに横になる。天井を見る。
すべてが疑わしい。すべてが嘘に見える。友情という言葉が、空虚に響く。
数日後の夕方。香織は駅の改札を出る。買い物を済ませ、帰宅するところ。
「香織!」
声がする。振り返ると、理沙が立っている。ショートカットの髪。黒いジャケット。
「理沙……」
「偶然だね! これから帰るの?」
「うん」
「ねえ、カフェ行かない? ちょっと話したくて」
香織は断りたい。でも、断る理由が見つからない。
「……うん、いいよ」
駅前のカフェ。窓際の席に二人で座る。理沙はカフェラテ。香織はアイスティー。
「最近どう? 仕事忙しい?」
理沙が聞く。明るい声。
「まあまあ」
香織は短く答える。
「そっか。私は夜勤続きでさ、めっちゃ疲れてる」
理沙が笑う。
「大変だね」
「うん、でも慣れたよ」
他愛もない話。仕事の話。最近見たドラマの話。天気の話。
香織は上の空で相槌を打つ。理沙の言葉が、耳を通り抜けていく。
「ねえ、香織」
理沙が急に真顔になる。
「ん?」
「最近、なんか元気ないよね」
「……そう?」
「うん。結衣も心配してた」
香織の心臓が跳ねる。結衣と話している。やっぱり。
「大丈夫、ただ疲れてるだけ」
「本当に?」
理沙が覗き込むように見る。
香織は勇気を出して聞く。
「ねえ、理沙」
「何?」
「私……うざくない?」
沈黙。
理沙の動きが止まる。カップを持つ手が、一瞬だけ。1秒ほど。そして顔が強張る。
すぐに笑顔になる。
「そんなことないよ! 何言ってるの!」
過剰な否定。不自然な明るさ。声のトーンが高い。
香織の確信。やっぱり、嫌われている。
「ううん、何でもない」
香織が視線を逸らす。
「香織、疲れてるんだよ。ちゃんと休んだ方がいいよ」
理沙が優しく言う。
でもその優しさも、演技に聞こえる。
「そうだね」
香織が頷く。
カフェを出る。駅前で別れる。
「じゃあまたね。無理しないでね」
理沙が手を振る。
「うん、ありがとう」
理沙が去る。香織はその背中を見送る。
理沙がスマホを取り出す瞬間が見えた。画面を見る。何かをタップする。
香織の目に、一瞬だけ画面が映る。グループ名らしき文字。「……(香織抜き)」——部分的に見えた。
理沙は慌ててスマホをバッグにしまう。
「あ、電車の時間! じゃあね!」
急いで去っていく理沙。香織はその場に立ち尽くす。
やっぱり。裏グループがある。そこで私のことを話している。今も、これから。「香織に『うざくない?』って聞かれた」「やばい、気づかれてる」——そんな会話が。
香織は駅から離れ、公園のベンチに座る。誰もいない。
スマホを見る。インスタグラムを開く。自分の投稿。理沙も早苗も、最近いいね!を押していない。結衣だけが、義理で押している。
ある深夜。午前0時過ぎ。香織のスマホが鳴る。早苗からの着信。
香織は驚く。早苗から電話がかかってくることは珍しい。応答する。
「もしもし?」
「香織……?」
早苗の声。酔っている。呂律が回っていない。
「早苗? どうしたの?」
「あのね……香織って、すごいよね」
香織は黙る。
「何が?」
「あんなに、自信持って決められるの。私にはできない」
自信を持って——言い換えれば、押し付けがましい。香織はそう解釈する。
「早苗、酔ってる?」
「うん……ちょっとね。ごめん」
「大丈夫?」
「うん。あ、ごめん、何でもない。おやすみ!」
一方的に切れる。
香織はスマホを見つめる。「すごい」——それは褒め言葉ではない。「自信を持って決められる」——それは「独断的」という意味。
早苗の本音が、酔いに紛れて漏れた。
香織は確信する。みんな、本当は嫌がっている。私の仕切り方を。私の押し付けを。私の存在を。
翌朝。香織はベッドで目を覚ます。昨夜の電話を思い出す。早苗の声。「すごいよね」という言葉。
スマホを見る。早苗からのLINE。
早苗「昨日は夜中にすみませんでした。酔っぱらってて……何か変なこと言ってませんでしたか?」
香織は返信する。
香織「大丈夫、気にしないで」
送信。
でも、気にしている。ずっと。
早苗「ありがとうございます。また式の準備、よろしくお願いします」
形式的な文面。距離を感じる。
香織は返信しない。スマホを置く。
すべてが、疑わしい。すべてが、嘘に見える。