深夜2時。香織はベッドに座り、スマホを開く。画面の明かりだけが部屋を照らす。グループLINE「結衣's Wedding準備」を開く。一番上までスクロールする。1年前。結衣の結婚報告から、すべてを読み返す決意。
【1年前 4月15日 20:30】
結衣「みんなに報告! 私、結婚することになりました💕」
理沙「えー! おめでとう!!」
早苗「おめでとうございます!✨」
香織「結衣、おめでとう! 幸せになってね!」
普通のやり取り。何も問題ない。香織はさらにスクロールする。
【8ヶ月前 8月2日 12:45】
香織「式場、いくつか候補見つけたよ。この3つから選ぼう」
結衣「ありがとう! 見てみる」
理沙「さすが香織、早い!」
早苗「助かります!」
【8ヶ月前 8月5日 22:10】
香織「式場はここに決定ね。予約入れとくよ」
結衣「うん、お願い!」
理沙「いいね!👍」
早苗「素敵な式場ですね!」
香織は画面を見つめる。「決定ね」——断定形。相手の意見を聞いていない。「予約入れとくよ」——勝手に決めている。でも当時は、誰も何も言わなかった。
【6ヶ月前 10月12日 19:20】
香織「ドレスショップ、ここがいいと思う。来週土曜日、みんな空いてる?」
結衣「空いてる!」
理沙「OK!」
早苗「大丈夫です!」
香織「じゃあ決まり。予約しとくね」
また、「いいと思う」——自分の意見。「じゃあ決まり」——一方的な決定。3人の返信は「OK」「大丈夫」——同意しているだけ。
【4ヶ月前 12月8日 15:30】
香織「席次の配置、このプランでいこう。結衣の親族はこっち、友人はこっち」
結衣「わかった!」
理沙「了解👌」
早苗「承知しました✨」
絵文字。やたら多い絵文字。理沙の「了解」、早苗の「承知しました」——まるで部下のような返事。
【3ヶ月前 1月20日 23:00】
香織「引き出物、これにしよう。センスいいでしょ」
結衣「うん、いいね!」
理沙「さすが! センスある!」
早苗「素敵です!💕」
「これにしよう」——また断定。「センスいいでしょ」——自己評価の押し付け。そして3人の過剰な賛辞。
香織はスマホを握りしめる。すべてのメッセージが、今になって違って見える。
【2ヶ月前 2月14日 18:45】
香織「プログラムの順番、こうするのがベスト。異論ある?」
結衣「ないよ! 香織に任せる!」
理沙「賛成!」
早苗「お任せします!」
「異論ある?」——形式的な確認。でも返ってくるのは「任せる」「お任せ」——自分の意見を言わない。言えない。
香織は気づく。私は、命令していた。友達ではなく、部下として扱っていた。そして3人は、それに従うしかなかった。
【1ヶ月前 3月5日 21:15】
香織「当日のヘアメイク、このスタイルがいいと思う。結衣に似合うよ」
結衣「ありがとう! そうする!」
理沙「絶対似合う!✨」
早苗「楽しみですね!💕」
既読のタイミングを見る。理沙:21:16、早苗:21:16——1分差。ほぼ同時。そして返信も、理沙:21:20、早苗:21:21——1分差。まるで、相談してから返信しているような。
香織はさらに細かく見ていく。
【3週間前 3月12日 14:30】
香織「音楽の選曲、このリストから選ぼう」
既読:結衣14:31、理沙14:32、早苗14:32
返信:結衣14:45、理沙14:46、早苗14:46
1分差。常に。
【2週間前 3月19日 22:00】
香織「招待状のデザイン、これで確定ね」
既読:結衣22:01、理沙22:05、早苗22:05
返信:結衣22:10、理沙22:15、早苗22:16
また、理沙と早苗のタイミングが揃っている。偶然? それとも——裏で連絡を取り合っている?
香織はスマホを置く。両手で顔を覆う。
「私は、命令していた」
声に出して呟く。誰もいない部屋。その言葉だけが響く。
「友達じゃなくて、部下扱いしていた」
過去の自分の言動が、次々と蘇る。式場を決めた時。ドレスを選んだ時。席次を決めた時。すべて、自分が主導した。相手の意見は聞かなかった。聞いたとしても、形式的に。結局、自分の意見を押し通した。
吐き気がする。香織は立ち上がる。洗面所へ向かう。蛇口をひねる。冷たい水で顔を洗う。鏡を見る。やつれた顔。目の下にクマ。
「私は、何をしていたんだ」
鏡の中の自分が、他人に見える。
香織は部屋に戻る。ベッドに座る。スマホを再び手に取る。今度はアルバムを開く。式場下見の日。理沙が撮影した動画がある。
ファイル名「結衣ウェディング下見20250308」。再生ボタンをタップする。
画面に映る式場のエントランス。噴水。理沙の声が入っている。
「いいね、これ」
カメラが揺れる。チャペルの中へ。ステンドグラスが映る。4人の歓声。
「綺麗……」
結衣の声。
「ここで式を挙げたい」
カメラが4人を映す。結衣が中央。香織がその隣。理沙と早苗。全員が笑顔。
動画は続く。披露宴会場。香織が説明している場面。
「高砂はここ。ゲストテーブルはこの配置がいいと思う」
香織の声。自信に満ちている。
カメラが理沙の顔を映す一瞬。香織は動画を一時停止する。理沙の表情。笑顔——のはず。でも、よく見ると。香織は指で画面を拡大する。理沙の目。笑っていない。口角は上がっているが、目が冷たい。
香織は再生を再開する。少しだけ進める。また一時停止。今度は早苗の顔。同じ。作り笑顔。表情が強張っている。
スロー再生にする。香織が提案を話すシーン。
「音響はどうですか」
その瞬間、理沙の表情が変わる。ほんの一瞬。0.5秒ほど。笑顔が消える。すぐにまた笑顔に戻る。でも、確かに消えた。
早苗も同じ。香織が質問する度に、一瞬だけ表情が固まる。そしてすぐに作り笑顔。
結衣は違う。結衣は本当に笑っている。でも時々、視線を逸らす。香織の方を見ない。頷くだけ。
香織は気づく。みんな、我慢していた。あの時から。いや、もっと前から。ずっと。
動画を閉じる。次の動画を開く。ドレス選びの日。これは早苗が撮影したもの。
結衣が3着目のマーメイドラインを着ている場面。鏡の前に立つ結衣。表情が曇っている。
「どうかな……」
「すごく似合ってるよ!」
香織の声。画面には映っていない。
「このドレス、結衣に絶対合う」
結衣の顔。迷いがはっきりと出ている。
カメラが少しずれる。理沙と早苗が映る。2人が視線を交わす瞬間。カメラがそれを捉えている。理沙が眉をひそめる。早苗が小さく首を振る。何かを伝え合っている。
香織の気づき。あの時、2人は私に反対していた。でも言えなかった。言わせなかった。私が。
動画が終わる。香織はスマホを握りしめる。画面が消える。暗闇。
香織は自分のインスタグラムアプリを開く。プロフィール画面。投稿が並ぶ。時系列で確認する。
【8ヶ月前 8月10日】
式場下見の集合写真。4人が並んでいる。香織が中央。結衣がその右。理沙と早苗が両脇。キャプション「最高の仲間と最高の結婚式準備スタート! #親友 #ウェディング」。いいね! 123件。
写真をよく見る。4人の配置。香織だけが完全に正面を向いている。ピントも香織に合っている。結衣は少し横顔。理沙と早苗は端で、顔が小さく映っている。
【8ヶ月前 8月20日】
カフェでの打ち合わせ風景。テーブルに資料が広げられている。香織が中心。他の3人は周囲。キャプション「準備着々! みんなで力を合わせて💪 #チームワーク #結婚式準備」。いいね! 98件。
構図。香織が一番大きく映っている。他の3人は背景。
【6ヶ月前 10月15日】
ドレスショップでの写真。結衣がドレスを着ている。香織がその隣で笑顔。理沙と早苗は後ろ。キャプション「結衣のドレス選び! 私のセンスが光る瞬間✨ #ドレス選び #親友の結婚式」。いいね! 156件。
「私のセンスが光る」——結衣の結婚式なのに、主語は「私」。
【4ヶ月前 12月20日】
クリスマス会の写真。4人でケーキを囲む。香織が中央、他の3人は脇。キャプション「最高の仲間とクリスマス🎄 こんな友達がいて幸せ💕 #女子会 #クリスマス」。いいね! 201件。
コメント欄を見る。
「素敵な友達ですね!」
「羨ましい!」
「香織さん、いつも楽しそう!」
すべて香織に向けられたコメント。結衣、理沙、早苗へのコメントは、ない。
香織はさらにスクロールする。過去1年の投稿。すべて同じパターン。香織が中心。他の3人は引き立て役。配置も、構図も、キャプションも。すべて香織中心。
ある投稿を開く。【2ヶ月前 2月14日】バレンタインデーの写真。4人でチョコレートを交換。キャプション「バレンタインは女友達と💝 最高の一日! #バレンタイン #女子会」。いいね! 178件。
コメント欄。結衣が「楽しかったね💕」とコメントしている。理沙と早苗は、コメントしていない。無反応。
他の投稿も確認する。結衣はほぼすべての投稿にコメントしている。しかし理沙と早苗は、半分以上の投稿に無反応。
香織の推測。結衣は、義理でコメントしていた。理沙と早苗は、もう義理すら感じていなかった。
スマホを置く。天井を見上げる。部屋の照明は消えている。窓から差し込む街灯の光だけ。
私は、彼女たちを利用していた。承認欲求を満たすための道具として。友達ではなく、インスタグラムの「いいね!」を増やすための小道具として。
香織は横になる。枕に顔を埋める。声を殺して泣く。