次の土曜日。高級ドレスショップの前に、4人が集まった。
ガラス張りの外観。ショーウィンドウには白いドレスがマネキンに着せられている。
結衣が深呼吸をする。
「緊張する」
香織が結衣の背中を軽く押す。
「大丈夫。絶対似合うから」
自動ドアが開く。店内は明るく、シャンデリアが天井から下がっている。壁一面にドレスが並ぶ。白、オフホワイト、アイボリー。
スタッフが近づいてくる。40代の女性。落ち着いた笑顔。
「ご予約の藤崎様ですね」
「はい」
「どうぞこちらへ」
試着室の前。広いソファが置かれたスペース。スタッフが3着のドレスを用意してくれた。
「まずはこちらからお試しください」
結衣が試着室に消える。香織、理沙、早苗の3人がソファに座って待つ。
「楽しみだね」
理沙が言う。
「結衣、どれも似合いそう」
早苗も頷く。香織はスマホを見ている。インスタグラムの通知。いいね、が増えている。満足。
試着室のカーテンが開く。結衣が姿を現す。
1着目。シンプルなAラインのドレス。
「わあ……」
3人が同時に声を上げた。
「素敵」
結衣が恥ずかしそうに笑う。鏡の前に立つ。自分の姿を見つめる。表情が明るい。
「これ、いいかも」
スタッフが裾を直しながら説明する。
「シンプルですが、上品で飽きのこないデザインです」
結衣が頷く。
「うん、気に入った」
2着目。華やかなプリンセスライン。スカートが大きく広がる。結衣が試着室から出てくる。
「どう?」
理沙が首を傾げる。
「うーん、可愛いけど……」
早苗も同じ反応。
「ちょっと派手かも」
結衣自身も迷っている様子。鏡を見ても、さっきほど表情が明るくない。
「次、行ってみようか」
香織が言う。結衣は試着室に戻った。
3着目。試着室のカーテンが開く。豪華なマーメイドライン。体のラインを強調するデザイン。裾にはレースとビーズの装飾。
香織の目が輝く。
「これ!」
結衣が鏡の前に立つ。しかし表情が曇っている。
「どうかな……」
「すごく似合ってるよ!」
香織が立ち上がって近づく。
「このドレス、結衣に絶対合う」
結衣が鏡を見る。自分の姿。迷いが顔に出ている。
「でも、ちょっと……」
「何が?」
「派手すぎるかなって」
香織が首を振る。
「そんなことない。これが一番いい」
理沙と早苗が視線を交わす。一瞬の沈黙。香織は気づかない。
「スタッフさん、このドレスの詳細教えてもらえますか」
香織がスタッフに話しかける。
「こちらは当店で一番人気のデザインです。海外セレブも……」
スタッフの説明が続く。香織は真剣に聞いている。結衣は鏡の前で立ったまま。裾を少し持ち上げてみる。また下ろす。表情に迷いがある。
「結衣、どう思う?」
早苗が優しく聞く。
「うん……綺麗だとは思うんだけど」
「けど?」
「私には、ちょっと……」
「大丈夫、絶対似合ってるから」
香織が遮る。
「これで決まりだね!」
結衣の表情。一瞬、何かが過ぎる。躊躇。しかしすぐに笑顔になる。
「うん、これにする」
小さく頷く。
「本当にいいの?」
理沙が確認する。
「うん、大丈夫」
結衣の声は小さい。香織がスタッフに話しかける。
「じゃあこれでお願いします」
「かしこまりました。採寸させていただきますね」
スタッフが結衣を試着室へ案内する。理沙と早苗が残される。2人は顔を見合わせる。何も言わない。
香織はスマホを取り出した。さっきの式場の写真を見ている。
試着が終わり、4人は店を出る。
「お疲れ様」
「ドレス、決まって良かったね」
香織が満足そうに言う。結衣も笑顔。
「うん、ありがとう」
でも、目が笑っていない。一瞬だけ。
帰りの電車。香織は一人で座っている。窓の外を眺める。流れる景色。
結衣の表情を思い出す。あの、迷いの顔。
「あれで良かったのかな」
呟く。でもすぐに打ち消す。
「結衣は喜んでた。考えすぎだ」
スマホを取り出す。インスタグラムを開く。いいね、が増えている。コメントも来ている。
「素敵な友達ですね!」
「羨ましい!」
画面を見つめる。不安が消える。私は、必要とされている。そう思いたかった。
数日後。香織から理沙と早苗へ、個別にLINEが送られる。
香織「結衣抜きで集まりたいんだけど、空いてる?」
理沙「いいよ! 何かあった?」
香織「サプライズ企画、考えたくて」
早苗「いいですね! 私も参加します」
香織「じゃあ明日の夜、うちに来てくれる?」
理沙「OK👍」
早苗「伺います!」
次の日の夜。香織の部屋に、理沙と早苗が到着する。
「お邪魔します」
「どうぞ」
3人がリビングに座る。テーブルの上には、香織が用意した資料。企画案がプリントされている。
「見て、これ」
香織が資料を2人に配る。
「ムービー制作とか、フラッシュモブ風の演出とか」
理沙が資料を見る。
「すごいね、もう考えてたんだ」
「うん、結衣を驚かせたくて」
早苗も資料を見ている。
「どれも素敵ですね」
香織が説明を続ける。
「まずムービー。結衣との思い出の写真を集めて、音楽に乗せて流す」
「いいね」
「次にフラッシュモブ。披露宴の途中で、みんなで踊る」
理沙が首を傾げる。
「踊るの?」
「そう、サプライズで」
「でも、恥ずかしくない?」
「大丈夫、盛り上がるよ」
香織が断言する。早苗が控えめに手を挙げる。
「あの、結衣の好みも少し聞いた方が……」
香織が首を振る。
「大丈夫、結衣のこと一番わかってるから」
早苗の表情が一瞬、固まる。
「そう、ですね」
小さく頷く。
香織が次々と決定していく。
「じゃあムービーはこれで。曲はこれ。フラッシュモブの振り付けはこれ」
理沙と早苗は黙って聞いている。意見を言う隙がない。
「みんな、いい?」
「うん」
「大丈夫です」
2人の声は小さい。会議が終わり、理沙と早苗が帰る。
「じゃあまた連絡するね」
「うん、お疲れ様」
ドアが閉まる。香織は部屋に戻る。資料を片付ける。満足感。私が、この企画を動かしている。そう思った。
その夜。グループLINE「結衣's Wedding準備」に、理沙からメッセージ。
理沙「今日はありがとう! 企画楽しみ!💕」
早苗「素敵な案ですね! 頑張りましょう✨」
絵文字が多い。過剰に明るい文面。香織は気づかない。その明るさの裏に、何かが隠れていることに。
香織「みんなで最高のサプライズにしよう!」
送信。既読が2つ。理沙と早苗。ほぼ同時。タイムスタンプを見る。2秒差。まるで、相談してから返信したかのような。
香織は画面を見つめる。違和感。でもすぐに消える。考えすぎだ。そう思った。
窓の外、雨が降り始めていた。