動画を見て泣いてから、数時間が経った。
香織は涙を拭い、立ち上がる。窓のカーテンを開ける。外は曇り空。雨は降っていない。
部屋を見回す。床に散らばった段ボールの中身。グループ写真。プリクラ。手紙。式場下見の写真。ドレス選びの写真。すべて、過去の記録。
ゴミ袋を用意する。大きな黒い袋。
一枚ずつ、手に取る。
4人で撮った集合写真。笑顔。でも今見ると、作られた笑顔。香織だけが中心に映り、他の3人は脇役。
袋に入れる。
次の写真。カフェでの打ち合わせ風景。テーブルに資料が広げられている。香織が指を指している。理沙と早苗が聞いている。
袋に入れる。
インスタグラム用に撮った写真たち。おしゃれなカフェ。旅行先の景色。イベントの様子。すべて「見せるための記録」。いいね!を集めるための小道具。
次々と袋に入れる。
プリクラの束。「最高!」「ずっと友達」「大好き」——手書きの文字。当時は本心だったのか。それとも、すでに演技だったのか。
わからない。でも、もういい。
袋に入れる。
手紙。結衣からの手紙。「香織は私の親友だよ」——丁寧な文字。あの頃は、確かに親友だった。
でも、変わってしまった。
袋に入れる。
香織は袋を結ぶ。重い。思い出の重さ。
でも、手が止まる。
段ボールの底に、一枚だけ残っている写真。
大学1年。結衣と二人きり。屋上の夕焼け。デジカメで撮影。素の笑顔。作り物ではない。
裏を見る。結衣の手書き。
「香織へ。ずっと友達だよ。2015年10月28日」
香織はこの写真を見つめる。涙が一粒、写真に落ちる。慌てて拭う。
この写真だけは、違う。誰にも見せなかった。インスタグラムにも投稿しなかった。ただ、自分のために取っておいた。本当の思い出。
捨てられない。
香織は机の引き出しを開ける。写真をそっと入れる。大切に。引き出しを閉じる。
「これだけは、取っておく」
窓のカーテンを開ける。外は曇り空。雲の切れ間から、薄く光が差している。
香織はスマホを手に取る。カメラアプリを起動する。
いつもの自撮りモード。自分の顔を映す画面。
でも、切り替える。外カメラに。
窓の外を映す。曇り空。薄い光。遠くに見える街並み。
シャッターを押す。カシャ。
撮影された写真を確認する。特別な景色ではない。ただの曇り空。でも、今この瞬間の、本当の空。
インスタグラムのアイコンをタップしかける。でも、やめる。
投稿ボタンは押さない。ただ保存するだけ。
誰にも見せない。いいね!も求めない。ただ自分のための記録。
「これが、本当の私の記録」
香織はLINEを開く。結衣とのトーク画面。
動画ファイルの下に、結衣のメッセージ。
「もう一度、ちゃんと話そう。今度は、本音で。お願い」
返信欄。カーソルが点滅している。
何を書けばいいのか。
香織は打ち始める。
「結衣、ごめん。私は本当に最低で、あなたたちを傷つけて、利用して——」
読み返す。
違う。また謝罪ばかり。
削除。
再度。
「動画見た。ありがとう。でも私にはまだわからない。どうやって関係を修復すればいいのか。本音で話すって、どういうことなのか——」
読み返す。
長い。重い。
削除。
再度。
「もう一度話したい。でも怖い。また同じことを繰り返すんじゃないかって。でも話さなきゃ何も始まらないよね。どこで会える? いつがいい? 私は——」
読み返す。
焦りすぎている。
削除。
香織は何度も何度も、文章を打っては消す。長文を書いては削除する。どの言葉も、しっくりこない。
時計を見る。すでに30分経っている。
香織は考えることをやめる。
深呼吸。
シンプルに。正直に。
ひらがな二文字だけ、打つ。
「うん」
それだけ。
短すぎる? 冷たい? でも、これ以上の言葉が見つからない。
「うん」——同意。「もう一度、ちゃんと話そう」という結衣の言葉への、返事。
送信ボタン。指を置く。
押すべきか。
押せば、また始まる。でも、同じ関係には戻れない。新しい関係。本音で話す関係。それが築けるのか。
わからない。
でも——。
押さなければ、何も変わらない。孤独なまま。また同じことを繰り返す。
香織の指が、ゆっくりと送信ボタンを押し込んでいく。
ほんの数ミリ。
画面が変わる。
「送信しました」
メッセージが送られた。
既読がつく。すぐに。
結衣は、待っていた。
香織はスマホを置く。窓の外を見る。
雨が降り始めている。小雨。静かに降る雨。
でも、雨は止みつつある。雲が薄くなっている。遠くに、青空が見える。
香織は窓を開ける。雨の匂い。湿った空気。冷たい風。
深呼吸。
スマホが振動する。通知音。
結衣からの返信。
香織は、スマホを手に取る——。
そこで、物語は終わる。
結衣が何と返信したのか。二人はこれから会うのか。関係は修復されるのか。
それは、誰にもわからない。
でも、少なくとも。
香織は、嘘の自分を脱ぎ捨てた。本音を言う勇気を、わずかに持ち始めた。
記録に残された不和は、新しい誠実さへの出発点となる——かもしれない。
窓の外。曇り空に青空が広がっていく。
香織は涙を拭い、立ち上がる。窓のカーテンを開ける。外は曇り空。雨は降っていない。
部屋を見回す。床に散らばった段ボールの中身。グループ写真。プリクラ。手紙。式場下見の写真。ドレス選びの写真。すべて、過去の記録。
ゴミ袋を用意する。大きな黒い袋。
一枚ずつ、手に取る。
4人で撮った集合写真。笑顔。でも今見ると、作られた笑顔。香織だけが中心に映り、他の3人は脇役。
袋に入れる。
次の写真。カフェでの打ち合わせ風景。テーブルに資料が広げられている。香織が指を指している。理沙と早苗が聞いている。
袋に入れる。
インスタグラム用に撮った写真たち。おしゃれなカフェ。旅行先の景色。イベントの様子。すべて「見せるための記録」。いいね!を集めるための小道具。
次々と袋に入れる。
プリクラの束。「最高!」「ずっと友達」「大好き」——手書きの文字。当時は本心だったのか。それとも、すでに演技だったのか。
わからない。でも、もういい。
袋に入れる。
手紙。結衣からの手紙。「香織は私の親友だよ」——丁寧な文字。あの頃は、確かに親友だった。
でも、変わってしまった。
袋に入れる。
香織は袋を結ぶ。重い。思い出の重さ。
でも、手が止まる。
段ボールの底に、一枚だけ残っている写真。
大学1年。結衣と二人きり。屋上の夕焼け。デジカメで撮影。素の笑顔。作り物ではない。
裏を見る。結衣の手書き。
「香織へ。ずっと友達だよ。2015年10月28日」
香織はこの写真を見つめる。涙が一粒、写真に落ちる。慌てて拭う。
この写真だけは、違う。誰にも見せなかった。インスタグラムにも投稿しなかった。ただ、自分のために取っておいた。本当の思い出。
捨てられない。
香織は机の引き出しを開ける。写真をそっと入れる。大切に。引き出しを閉じる。
「これだけは、取っておく」
窓のカーテンを開ける。外は曇り空。雲の切れ間から、薄く光が差している。
香織はスマホを手に取る。カメラアプリを起動する。
いつもの自撮りモード。自分の顔を映す画面。
でも、切り替える。外カメラに。
窓の外を映す。曇り空。薄い光。遠くに見える街並み。
シャッターを押す。カシャ。
撮影された写真を確認する。特別な景色ではない。ただの曇り空。でも、今この瞬間の、本当の空。
インスタグラムのアイコンをタップしかける。でも、やめる。
投稿ボタンは押さない。ただ保存するだけ。
誰にも見せない。いいね!も求めない。ただ自分のための記録。
「これが、本当の私の記録」
香織はLINEを開く。結衣とのトーク画面。
動画ファイルの下に、結衣のメッセージ。
「もう一度、ちゃんと話そう。今度は、本音で。お願い」
返信欄。カーソルが点滅している。
何を書けばいいのか。
香織は打ち始める。
「結衣、ごめん。私は本当に最低で、あなたたちを傷つけて、利用して——」
読み返す。
違う。また謝罪ばかり。
削除。
再度。
「動画見た。ありがとう。でも私にはまだわからない。どうやって関係を修復すればいいのか。本音で話すって、どういうことなのか——」
読み返す。
長い。重い。
削除。
再度。
「もう一度話したい。でも怖い。また同じことを繰り返すんじゃないかって。でも話さなきゃ何も始まらないよね。どこで会える? いつがいい? 私は——」
読み返す。
焦りすぎている。
削除。
香織は何度も何度も、文章を打っては消す。長文を書いては削除する。どの言葉も、しっくりこない。
時計を見る。すでに30分経っている。
香織は考えることをやめる。
深呼吸。
シンプルに。正直に。
ひらがな二文字だけ、打つ。
「うん」
それだけ。
短すぎる? 冷たい? でも、これ以上の言葉が見つからない。
「うん」——同意。「もう一度、ちゃんと話そう」という結衣の言葉への、返事。
送信ボタン。指を置く。
押すべきか。
押せば、また始まる。でも、同じ関係には戻れない。新しい関係。本音で話す関係。それが築けるのか。
わからない。
でも——。
押さなければ、何も変わらない。孤独なまま。また同じことを繰り返す。
香織の指が、ゆっくりと送信ボタンを押し込んでいく。
ほんの数ミリ。
画面が変わる。
「送信しました」
メッセージが送られた。
既読がつく。すぐに。
結衣は、待っていた。
香織はスマホを置く。窓の外を見る。
雨が降り始めている。小雨。静かに降る雨。
でも、雨は止みつつある。雲が薄くなっている。遠くに、青空が見える。
香織は窓を開ける。雨の匂い。湿った空気。冷たい風。
深呼吸。
スマホが振動する。通知音。
結衣からの返信。
香織は、スマホを手に取る——。
そこで、物語は終わる。
結衣が何と返信したのか。二人はこれから会うのか。関係は修復されるのか。
それは、誰にもわからない。
でも、少なくとも。
香織は、嘘の自分を脱ぎ捨てた。本音を言う勇気を、わずかに持ち始めた。
記録に残された不和は、新しい誠実さへの出発点となる——かもしれない。
窓の外。曇り空に青空が広がっていく。

