神様や目に見えぬものの存在を、どれだけの人が信じているだろうか。
信じようが信じまいが、どちらにせよ自分の力ではどうにもならない壁に直面した時……人は拠り所を探して見えない力でも頼ろうとしてしまう。
例えば、人生の岐路に立った転換期を想起してみてほしい。
神社に赴いて諸願成就のために参拝した経験を誰しもが持っているはず。
神仏の存在を信じきっていない私でも、大事な局面では都合よくあやかろうと神様に成就を祈願した記憶が鮮明に残っている。
それは、受験を間もなく控えた中学3年生の秋だった。
もちろん、未来のビジョンに思いを馳せていたのは私だけではない。
何かが変わると信じていたのは、ほかの同級生も同じだった。
中学卒業まで6ヶ月をきった2019年10月某日。
教師がタイムカプセルを持ってくるのと同時に1枚のプリントが配布された。

タイトル欄には、印刷文字で大きく『君が□になるまでの計画書』と題されていた。
プリントを見て不思議がる生徒たちを前に、担任の教師から「成人を迎えるまでにやりたいことを書き出しましょう」と課題が提示される。
計画書の狙いには、各々が未来に描く夢をタイトルに当てはめて、その夢を実現させるまでの道のりを明確化することで、日々の充実を促す目的があった。
制作した計画書はタイムカプセルの中に保管し、神社で清めてから校庭の楠に埋めて5年後に開けるとのこと。
神社は学校の裏手に長きにわたりその地の守り神として鎮座している。
後に中学校が建設されると、学内神社へと変わったそうだが、今でも地域の人の信仰を集める神聖な場所として知られている。校庭に楠が聳えたっているのも、神社の敷地内であった証だ。
楠は長寿なことから、「延命」や「健康」の象徴とされ、神が宿る木として古来より崇められている。
その縁起にあやかって、参拝後は楠の木の根もとにタイムカプセルを埋める流れが組み込まれたのだった。
保管した計画書は、5年後にいくつ叶えられたか達成率をみるまでは実行役員が責任をもって管理する約束がなされた。
5年後にはクラスの皆が成人を迎える。
その年始めに、母校で「二十歳の集い」というクラス同窓会を開く話は既にあがっており、役員も予め決められていた。
メンバーには、仕切りが上手い直井君やイベント好きな水野さんが名乗りを上げて……その中になぜか私もいる。
選出といっても、要は面倒事の押し付け合いだ。
率先してやりたがっていたのは二人だけで、実行役員の定員数が余ったために「真面目そうだから」という理由だけで私が槍玉にあげられたといっても過言ではない。
イベントと無縁な私はメンツから浮いていたが、唯一の救いは隣の席の佐藤君も役員に名乗り出てくれたことだった。
「くっだらねぇー!」などと冷やかしの言葉があがる一方で、思考を現実化する良い機会だと誰かが反発してくれたのを私は内心でひっそりと喜んでいた。
というのも、この企画案は役員である私が佐藤君と共同で考えたものだからだ。
母校の特色を生かした企画を何かできないかと考えていたところ、スピリチュアル好きな佐藤君から出された案をヒントに作り出した企画書は、企画会議ですんなりと通り、すぐに実行に移された。
「なに書いたの?」
「ナイショ」
計画書の作成のため、1時間の特別授業が設けられる。
教室の至る所で似たような会話が交わされ賑わう中、隣の席にいる同じく役員の佐藤君が書き終わるのを見て、私も軽い気持ちで訊ねてみた。
佐藤君が黙って私に用紙を向けると、タイトルの四角で囲われた空欄部分には『健康』という二文字が埋められていて、不意の笑いが発生する。
笑ったのは私ではない。声は後方から聞こえていた。
「君が健康になるまでの計画書って、お前いくつだよ。年寄りじゃあるまいし、病院の治療プログラムか何かか?」
振り返ってみると、用紙を盗み見たクラスメートがからかうように笑っている。
その姿を尻目に、私は「気にすんな」と佐藤君に声をかけた。
私は佐藤君と同じ小学校に通っていたので、相手のことをよく知っている。
だから、事情を知らないままイジられている佐藤君の姿が気の毒に思えてならなかった。
佐藤君は幼少期から喘息を患っていて、元から体が弱く、体育の授業はほとんどを見学していた。
しかし子供というのは経験乏しく共感力がまだ成熟していない残酷な生き物である。
ある日、事情を知った一部の生徒が佐藤君をからかい始めたのだ。
「佐藤君と喋ったら菌がうつる!」
「病原菌は学校に来るな!」
心ない言葉を本人にぶつけては、佐藤君の持っていた吸入薬を隠したり、仲間外れにしていた悪ガキ連中を私は苦々しく思っていた。
辛抱ばかりの毎日から佐藤君が解放されたのは、中学になってからのこと。
連中と進学先は被っていたが、幸いにも別のクラスに振り分けられたこともあって暫しの間は有意義な時間を過ごせていた。
連中との再会はそれから2年後。斯くして中学3年の今に至る。
一部の連中が茶化しながら、白紙の計画書を一番乗りで提出する。
「後でどうなっても知らないぞ」と教師から忠告を受ける5人を他所に、用紙を回収する役目は佐藤君が担っていた。
「神頼みなんて馬鹿らしい」と言って、企画にまともに参加しない連中に対し「バチでもあたってしまえ」と私の先に誰かが呟く声が聞こえた。
あれから、早3年。
タイムカプセルの開封まであと2年のタイミングで役員の一人から通知を受けると、クラス同窓会を2年早めるべきとの話の内容だった。
理由は、2022年の民法第4条改正による事情が絡んでいた。
※
(法務省HPより引用)
平成30年6月13日、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げること等を内容とする民法の一部を改正する法律が成立し、令和4年4月1日から施行されました。
※
突然の知らせに動揺した私は、他の役員たちに連絡するべく急いでアプリを開く。
中学を卒業する前日、同窓会を踏まえて役員たちだけで構成されたグループLINEが前もって作られていた。
グループトークを見ると、この時が来たと言わんばかりに既に賑わいを見せていたチャット欄に、私は落ち着いた頃を見計らって挨拶文を送る。
よりにもよってこのタイミングかと内心で残念に思っていたのは私だけかもしれない。
実行役員の中で高校卒業後の進路は、私だけしか社会人になる者がいなかったからだ。
他の役員たちはAO入試で夏に受験を終えていると聞き、十分な余暇があるのに対し、これが学生生活最後の貴重な長期休みとなるはずだった私の冬休みはほとんどがクラス同窓会の事前準備で潰れることが目に見え……この時ばかりは、やり場のない憤りを社会に向ける他なかった。
久しぶりの再会に向けて同窓会の準備が急ピッチで練られる中、開催の案内を作成したのは私である。
大学受験を控えた高校3年という時期を配慮し、開催日は大学入学共通テストが終わった後の落ち着いた頃に日程が組まれた。
※

※
毎日のように繰り広げられる会議で重要視された話題は、タイムカプセルの開封式をどう行うかだった。
掘り起こす作業は体力がいるし、服を汚すリスクもあると主張する反対派と作業は皆でやった方が盛り上がるとの賛成意見で割れたが、結果前者の意見が多数派になると、私はため息をこぼした。
それもそのはず。
そのしわ寄せがくる先は一つしかないからだ。
嫌な予感は的中し、事前の掘り起こし作業に役員たちが駆り出される羽目になった。
2022年11月26日作業当日。
学校へ向かうと役員が数名、既にスコップを持って楠の下に終結していた。
久しぶりの再会に、それぞれ積もる話があるだろうが、まずはやるべきことを優先して掘り起こしの作業に取りかかる。
3年という歳月は懐かしむにはまだ気が早く、ステンレス鋼の球体が地面から露になってゆく様に趣を感じないまま淡々と土を掘り進めてゆく。
作業すること数十分。
やっとの思いでタイムカプセルが取り出されると拍手が沸き起こったが、喜ぶのも束の間、今度は土を埋め直す作業に取りかからねばならない。
休憩なしの立て続けの作業に体力が持たなかったのか、佐藤君が途中で離脱したかと思うと作業場の端くれに座り込んでしまった。
すると程なくして「外側に異常なし」との声が響く。
作業に集中している傍らでは、いつの間にか佐藤君の一人開封式が始まっていた。
雨水の侵食から免れていた報告に安堵しながら作業の手を進めていると、ガサガサとビニールから紙を取り出す音がきこえてくる。
「うわぁっ!?」
すると突然、佐藤君が叫び声を上げた。
何事かと思い顔を上げると、佐藤君が紙の束を凝視しながら固まっている。
「……中身に異常あり」
張り詰めた声に、誰もが作業の手を止めた。
紙をめくる音が響くと同時に、佐藤君の独り言がこちらにまで聞こえてくる。
「なんだよ……これ……」
保管されていたプリントをめくる度に、佐藤君の表情から徐々に明るさが消えてゆく。
その様子に、私は作業を一旦中止して彼のもとへ駆け寄った。
「どうかしたか?」
「これ、みてみろよ」
言われるがまま、佐藤君から渡された用紙の束をめくってみる。
伏せられた紙を一枚めくると、タイトルの印刷文字がべったりと次の用紙の裏側に裏移りしていた。
いち、に、さん……と、用紙をめくりながら裏移りしている枚数を数えてみる。
結果、上の用紙と底の5枚以外に裏移りが確認された。
30枚のうち24枚を占めていた裏移りであったが、裏であれば何ら影響はないだろうと誰もが口を揃える中、佐藤君だけがどことなく不安な素振りを見せていた。
トナーがまだ乾ききっていないにも関わらず紙を重ねたせいだろう。
たかが裏移りごときで騒ぎ立てるなと、佐藤君を嗜める余裕が、まだこの時まではあった。
タイムカプセルの管理を佐藤君に預けて1ヶ月後、ある相談メールを受け取るまでは。
『マジで悪い。タイムカプセルなんだけど代わりに預かってくれないか?』
新年早々から、何の連絡かと訊いてみれば、思いもよらぬ返信を受けて更に戸惑う。
『裏移りの枚数が増えている』
印刷から3年も経過しているのにそんな訳あるかとツッコミの文を打ち込んでいると、後から動画が送られてきた。ファイルを開いてみると……否定しきれない証拠の動画に、返信の指が止まる。
※
(2022/01/04 08:40 佐藤君からの動画ファイル 書き起こし)
「預かってから定期的に中を確認してたんだけど、侵食がまたおこってる」
画面に片手が映し出されると、動作に合わせて紙が数えられる。
「底から5枚目に裏移りが起こってたのは掘り起こしてから10日後。そこから記録をつけてたんだけど12月20日、12月26日……それから、今日にも確認がとれた」

※
明らかに以前と比べると増えている裏移りの枚数。
奇妙な過程を経て印刷の裏移りは底にある1枚を残して全てに侵食していた。
明らかにおかしな現象に、気味悪く感じたが管理している当人が一番戸惑っているに違いない。
かといって、映像を見せられてから実物を預かるほど、私もお人好しではない。
佐藤君の頼みを断る代わりに、私は一つの代案を提示してみることにした。
『表の面だけを新しく印刷すればいいんじゃないか?』
幸い、裏移りの文字が表の面にまで滲み出してはいなかった。
得体の知れないタイムカプセルの中身を直に配るのはあまり良い気がしない。
であれば、複写をつくって原本を破棄すれば良い。
私が考えた案に、佐藤君はすぐに乗り気になって行動に出ていた。
しかし、問題はすぐには解決されず……いや、状況はかえって悪化の一途を辿ることになる。
その後佐藤君から連絡がくると、複写した紙にも裏移りが発生しているとの報告があり「実物を確認してほしい」と懇願されたので佐藤君の自宅まで向かうことになった。
家に迎え入れてもらうと、例のタイムカプセルは部屋の隅に置かれていた。
中身を確認すると、新しく複写した紙には確かに裏移りしていた。
だが、それ以上におかしな点を見つけてしまい、指摘しようかどうかと迷う。
「文字がズレていってる。気づいてないとでも思ったか?」
迷っているうちに佐藤君から先に指摘を受けたので、私だけに見えている異常ではないと判り……少しの安堵を覚えた。
佐藤君の言った通りである。用紙をめくるに連れて、印刷の反転した文字が左に数センチずつ、ズレを生じさせているのだ。
パラパラ漫画のように連続で素早くめくれば、残像効果でその異常は更に顕著に見てとれた。
本人曰く、昨日の時点では、複写した紙の裏側はまっさらな状態だったという。
なのに、タイムカプセルに入れた翌日に確認してみたら、重ねた紙は底の1枚を除いて全てに裏移りが発生していたらしい。
「じゃあ重ねなければいい」と助言してみると、その方法も試したと言われて益々困惑する。
用紙の裏側に勝手に文字が浮かび上がっては、何らかの意志を持って文字自体が独りでに移動しているなんて、現実的な話ではない。
私の中で、嫌な想像が膨らみつつあった。
裏移りの文字は、コピー機でも保管の仕方でもないとするなら……問題は一つに絞られる。
実態のない何らかの力による現象、だと。
「これ、印刷トラブルじゃないよなぁ……まさか呪い?誰かの念写だったりして」
「まさか念写なんて、そんなのある訳な……」
冗談まじりの声と反して、佐藤君が真剣な眼差しで見つめてくる。
その裏腹な表情に、私が紡いだ言葉は途切れた。
己が安心したいがために、否定的な意見を期待していたのかもしれない。
佐藤君の心中を察して、頷くことも首を横にふることもできなくなった私は黙り込むしかなかった。
不可解な現象に私も不安を覚えていたが、認めることで信じていた自分の世界が崩れるような気がして怖かったからだ。
すると、私の様子を見た佐藤君は、徐に紙の束から一番上の用紙だけを取りあげる。
そして、一人の名前を読み上げた。
「■■■■■」
ここでは、プライバシーに考慮して神部君と仮称で呼ぶことにする。
タイムカプセルの開封時に一番上に伏せられてあったそうで、裏移りのリスクから唯一免れていた用紙だという。
「まさかだけど、こいつが元凶ってことないよな……?」
クラスメートの名前に朧気な記憶を辿ると、中学時代に同じクラスだったがまともに話した記憶のない男子生徒を思い出す。
話す機会がなかったというよりも、避けていたと表現した方が正しいかもしれない。
話は、中学時代まで遡る。
子供の頃から外で遊ぶよりも室内で大人しくしている方が好きだった私は、休み時間に大半の時間を図書室に費やしていた。
学校とは不思議なもので、一人でいる空間を許容しない雰囲気を漂わせている。
誰かといるのが当たり前。
友達と常に群れていなければ、自分が浮いてしまう。
そんな同調圧力が、狭い教室をさらに抑圧しているようで嫌で嫌で仕方なかった。
私が図書室に通うようになったきっかけは、ありのままでいられる空間を探し求めた結果、辿り着いた先がその場所しかなかったからであった。
しかし、限られた空間で出来ることを積み重ねているうちに人は変わるのかもしれない。
始めのうちは何気なく読んでいた本だったが「活字を読む」行為が習慣に加わると、いつしか読書が何よりも楽しみな時間になり、図書室そのものが特別な空間となっていた。
日々欠かさず図書室に通う私であったが、それ以上に図書室で時間を費やしていた同級生がいる。
その人物こそ、先ほど名前が挙がった神部君だった。
同じクラスの神部君は、私が図書室に訪れると、いつも先に窓際の席で本を読んでいた姿を今でもよく覚えている。
彼もまた図書室に居場所を求めていた一人だった。
中学3年の春。
クラスの一部から嫌がらせを受けていた神部君はいつも一人でいた。
事の発端は、朝の読書活動中に起きた盗難事件にある。
クラスメートの持参した本が次々に盗難被害に合い、後にすべての本が神部君のロッカーや机から見つかったのだ。
その一件から誰もが神部君との関わりを避けていたが、仲間外れにされても飄々としている彼の態度はむしろその状況を快く受け入れていたようにも思えた。
それが余計癪に障ったのか、エスカレートするいじめの状況を、周囲も傍観するだけだったのも今思えば異常に思う。
受験シーズンという大事な時期で、誰もが自分のことしか考えていなかったのが一因にあったのかもしれない。
表面上はいつも通りの学校生活を送っていたクラスメートたちだったが、季節が涼しくなるに連れてピリつく教室の雰囲気を感じると、皆が志望の高校に合格するために裏で必死に努力しているのだと悟った。
神部君はきっと、受験のストレスから捌け口にされていたんだと思う。
半年が経過しても状況は相変わらずのままで、やがて神部君は教室にも来なくなってしまった。
担任教師にきいてみると、特別教室で授業を受けているときき、少し羨ましいと思ってしまう自分がいた。
やがて季節は秋を迎えると、イベントを催す役員に選ばれた私は、企画会議で未来の計画書と題したプリントをつくって提案した。
将来に不安があるクラスメートたちに、少しでもモチベーションに繋がるような想像をしてもらいたくて捻り出したアイデアだった。
皆が思い思いに未来をより良くするための計画を紙に書いて提出する中で、神部君だけはいつまでたっても用紙を出してくれず、結局未提出のまま放課後に。
やがてしびれを切らした役員たちは、いつまでも待てないと腹を据えかえてタイムカプセルを持って教室を出て行ってしまった。
教室には私だけが残り、一人で待つことを余儀なくされたが、いくら待てども特別教室から用紙が回収される気配はない。
仕方なく特別教室に足を運んだが、此処でも神部君の姿は見当たらず。
待ちぼうけをくらった私を知らずして未提出のまま帰ってしまったのだと思った。
経過した時間を考えると他の役員たちに追いつける距離でもなかったため、私は校門前で皆の帰りを待つことにした。
……企画を提案した自分が言うのも難だが、神部君の提出を待つことにより、行かずに済んだことを心の底では安堵している自分がいた。
なぜなら、神社の手前には急勾配の大階段が待ち構え、百段の段差を越えなければ本殿に辿りつかないからだ。
他の役員たちには申し訳ないが、私の願いも代理参拝で清められるのならそれに越したことはない。
不覚にもラッキーと思ってしまった自分を律するべく、皆を労うために自販機で飲み物を買いに昇降口に向かう。
するとそこで、想定外のことが起きた。
神部君がどこからか帰ってきて、昇降口で上履きに履き変えている姿を見つけたのだ。
手に例の計画書が握られているのに気付き、神部君に話しかけてみると神社に参拝してきたというので詳しい理由を聞く。
その内容に、神仏を信じきれていない私は感銘を受けるばかりだった。
「代理参拝してもらうより、自ら神様のもとに出向いて祈願しないと効力が足りないと思ったから」
軽い気持ちで行った企画だったが、ここまで真剣に取り組んでくれる人がいるとは思ってもいなかった。
こんなに真面目に参加してくれた人が他にいただろうか。
役員たちでさえ、佐藤君以外は代理参拝に行く直前になると、やれ行きたくないだ、面倒などとぼやいていたのに。
神部君がそこまでの労力を要するような、切実な願いがあったのかと、計画書の内容が随分と気になった。
神部君の境遇を鑑みると、願いよりも呪いに近い祈りを捧げていたのでは……そんな勘ぐった思考にさえ陥ってしまう。
伏せられたままの用紙が私のもとに預けられると、見たい衝動に駆られる。
本人を目の前に中身をのぞくのは失礼だとわかっていても、それでも気になりだすと止まらない性分の私は、恐る恐る神部君にきいた。
「まさか、悪いこと書いてないよね……?」
「どうしてそんなこと訊くの?」
「だって、内容によってはバチがあたるかも知れないし」
「さっき役員の人たちとすれ違ったよ。でも、同行してない人にそんなこと言われたくないな」
「それとこれとは話は別だろ。だって、君は……」
いじめられているから。
その言葉を口にしてしまう手前、神部君の傷ついた顔が目に浮かんで押し黙った。
私の異変に神部君が何かを察すると、静かに口を開いた。
「バチがあたったらそれまでさ。願いに代償は付き物だから。でもね、たとえどんな願いでも邪念は濾されて純粋な雫になって必ず届くと思ってる」
突然意味のわからない理屈を述べられて困惑したが、神部君の達観した表情が言葉に妙な深みを持たせた。
己の意志が揺らぎ、このままではいけないような気がして、その後私は突き動かされるようにして本殿に向かったのを覚えている。
その道すがら、役員たちに遭遇すると神部君から預かった未来の計画書は、結局中身を見ることなくタイムカプセルへと収めたのであった。
神部君が残した言葉の意味は、卒業文集にも掲載されている。
※
( ■■■中学校 2019年度 卒業文集より 神部君の作文「未来」から一部を抜粋)
タイムカプセルに入れた計画書を、私は絶対に叶えられると信じている。
信仰とは、多くの人に望まれるものが集約し、浄化されて必ず叶うものだと私は昔から思っている。
もっとも、邪念が濾されて天から落ちてきた願いに、私が気付けるかはわからない。
現実は、全てが自分の思い通りにいくとは限らないから。
それでも私は、結果は恐れるものではないと思っている。
邪念が濾された状態とは、様々な私利私欲を取っ払った本質部分を指す。
その本質こそ見失わなければ、たとえ自分が思い描いた形とはズレて願いが現実に返ってきたとしても、私はそれを受けとめて前に進んでゆけると思う。
※
卒業時に配布された卒業文集を参考に、私は今になって神部君の作り出した持論が腑に落ちていた。
というのも、その後に起きた出来事で一気に信憑性を帯びたからだ。
記憶は引き金となり、その後に起きた不思議な出来事に違和感を抱いていたのを思い出す。
あれから、クラスを取り巻く環境は大きく変化していた。
神部君をいじめていた加害者たちが11月中旬から学校に来なくなったのだ。
生徒から質問責めにされるも、その理由は教師の口から最後まで語られることはなかった。
教室では様々な憶測が立てられていたが、その中でも有力な情報として信じられていた説があった。
噂を振り撒いたのはクラスメートの高野君だ。
『いじめを誰かが告発して加害者たちは自粛している最中に事件を起こした』と話す彼の話を周りは疑いもせず、すぐに鵜呑みにしていたのには訳がある。
当時高野君は、SNSで神部君をいじめていた加害者のうちの一人の鍵アカウントをフォローして繋がっていたため、タイムライン上で会話が閲覧できたそうだ。
その会話内容からして、事件性を疑うしかなかったと高野君は話していた。
※
(加害者のSNSアカウントよりメッセージを抜粋)
みなみ@yuna.xoxo
どっか遊びにいきたい~ん
2019年11月16日 16:40
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
出かけられないとかざけんな?もう無視してどっかいこ?
2019年11月22日 15:45
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
聞き取り調査とかだるいって
2019年11月23日 18:53
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@hiro_k
電話シカトしちゃえば?笑
2019年11月23日 18:55
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@hiro_k
ヒロおめでと~!ホントは直で言いたかったよ
2019年11月26日 0:00
みなみ@yuna.xoxo
またかよ
2019年11月26日 18:00
みなみ@yuna.xoxo
この日なにしてたとかマジしつこかったし受験勉強ばっかりじゃボケ
2019年11月26日 18:34
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05 @koji_0116 他2人
なにきかれたー?
2019年11月26日 18:49
みなみ@yuna.xoxo
ヒロセどしたの、なんでずっと無視?
2019年11月26日 18:57
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
いや知らんしわからん
2019年11月26日 19:05
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@koji_0116
なんか知ってる?
2019年11月27日 19:20
みなみ@yuna.xoxo
LINEずっと既読つかんのだけど
2019年11月30日 09:00
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
うそでしょ、、
2019年12月04日 11:02
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@koji_0116
ニュースで実名流れるとかないよね?
2019年12月04日 13:11
みなみ@yuna.xoxo
色々ヤバい、、これって何かのばち??
2019年12月06日 09:09
(返信先は鍵アカウントの都合上閲覧不可 投稿は2019年12月6日以降途絶えている)
※
加害者連中がいなくなったおかげでクラスに平穏が戻ると、神部君が教室に通うようになったのをなによりも喜んでいたのはこの私だと思う。
一方で佐藤君は、戻って来た神部君を脅威のように扱っては影で怯えていた。
いや、佐藤君だけではない。
他の生徒たちも起きた出来事を、そのまま偶然として受け止めきれずにいたのだ。
そして私も、神部君への疑念が沸き上がると、余計に彼が望み描いた未来の計画書が気になっていた。
一体何を書いて、何を願っていたのだろう。
記憶を辿る中で、いつしかの自分の好奇心が甦る。
過去を辿るも、結局解決の糸口は見つからず1ヶ月が経過。クラス同窓会を迎えた2月5日……思いもよらぬ事態が巻き起こる。
当日は午後から始まる同窓会のため、午前から予定が詰まっていて忙しい。
集合時間よりも少し早めに出ると、様子を伺いに佐藤君の自宅に立ち寄るが既に家を出ているとの連絡を受けた。
『そんな早くにどうしたんだ』と返信をすると『濾過の作業中』との意味のわからない文面が送られてきた。
同窓会の準備でコーヒーでも淹れてるのかと思っていたが、クラス同窓会を行う予定の多目的ホールに佐藤君の姿はない。
あれこれ探し回り、やっとの思いで佐藤君を見つけた先は図書室だった。
なにやらコピー機の前を陣取り、周辺には紙が散らばっている。
傍らには、タイムカプセルと紙の束が置かれているので、奇行のような行動の意味も私には瞬時に理解できた。
「解決策を見つけたんだ。これを見てくれよ」
入室した私に気付くなり、佐藤君が今までに刷った産物を床から拾い上げて次々に見せてくる。
とある1枚の計画書を10回刷ったといい、10枚の用紙を流して見てみると、裏移りの文字が一文字ずつ消えていることに気づいた。
「不思議だろう?」
「これ、どういうこと?」
「偶然見つけたんだよ」
そう言うと、まだ印刷されていない紙の束に佐藤君が目を向けた。
伏せられた紙の束には無数の付箋が貼られていて、上から下まで順序よく番号がメモされている。
てっきり、元の順番を崩さないためのメモかと思ったが、それは実際の作業を見せられて理解できた。
佐藤君が紙の束から一番上の用紙を取ると、付箋には「11」の数字を確認する。
裏移りしている用紙をセットし、設定を片面からあえて両面印刷に変えると、目の前には不可思議な現象が広がった。
それは、佐藤君が形容した『濾過』という言葉が最も近い表現といえるだろう。
両面印刷した用紙がコピー機から出てくる度に文字が一文字ずつ薄れて消えてゆく様は、フィルターで不純物を取り除いてゆく行為そのもの。
印刷するごとに着実に薄まってゆく文字に、佐藤君と私は顔を見合わせた。
「上に重なっていた用紙の枚数分に合わせて印刷すると、文字がきれいになくなるんだ。だからこれは12枚目の計画書ってこと。付箋のメモは印刷に必要な回数ってワケ」
「よく見つけたね、こんな方法」
「こんな不気味な文字、そのままにしておけないだろう?どうにかして消さないと……ってずっと模索してたんだ」
呟いた佐藤君の表情には、明るさが戻りかけていた。
なぜ、彼がここまで裏移りを消そうと躍起になっているのかわからなかったが、何かが秘められた用紙をこのままにしておけない気持ちは共通していたので、私も作業に参加する。
不穏な雲行きに一筋の光が差すと、作業する手も捗ったのか、一時間足らずで全ての用紙から痕跡を消し去ることに成功した。
伏せられた紙の束を入念にチェックしても、計画書の裏面は全てまっさらな状態を保てている。
あの現象は悪い幻だったのだと、お互いに言い聞かせては、紙の束を抱えたまま図書室を飛び出してホールまで走った。
戻るなり他の役員から非難を浴びた分、残りの作業は誰よりも勤しんで準備に取り組んだ。
手を動かしている方が余計な思案が浮かばなくて済む。
あの奇妙な現象を一刻も早く忘れ去るためにも、忙しなくしている方が私にとって都合が良かった。
そして、いよいよ「二十歳の集い」改め「十八歳の集い」の幕が開く。
クラス同窓会で母校を訪れたクラスメートは30名のうち24名。
雨天という悪天候の中、受験シーズンの忙しい合間を縫ってわざわざ来てくれた生徒もいたり、開催日を変更したわりにはよく集まった方だと思う。
タイムカプセルの開封式はやむを得ずカットになったので、受付を済ませたタイミングで手渡す段取りに変更された。
良い思い出を皆が持って帰れるように、様々なレクリエーションを用意し、クラス同窓会は予定どおり順調に進められてゆく。
クイズ大会やビンゴゲームではひたすらに盛り上がり、恩師からのメッセージ動画では皆が感慨に耽っていた。
会食の時間にはそれぞれが今までにどんな道を歩んでいたのか、計画書を話の種にしてそれぞれが語り合っていたので、企画自体やってみて良かったと実感する。
同窓会は成功に終わり、参加者が帰りの支度をはじめていると、役員の水野さんが紙袋を引き下げて教室に戻ってきた。
「これ、差し入れ。クラスのみんなに配って」
水野さんの粋な計らいに、周囲が歓声の声を上げる。「早く見せて」と急かす声に煽られながら、包装紙で包まれた箱を紙袋から取り出すと中身が開けられた。
上等な菓子折りが見送りの中で1人1個ずつ配られてゆき、ホールにいる全員に一通り配り終えると欠席者がいたにも関わらず……何故か余りがでなかった。
無事に終わった同窓会を、残された役員たちが互いに声を掛け合って労う。その中に佐藤君の姿がなぜか見当たらない。
役員の直井君から「トイレに行ったきり」と報告を受けたが、片付け作業に入っても佐藤君はホールに一向に戻ってこなかった。
心配する私を他所に、他の役員はそれどころか、姿を見せない佐藤君に対して「片付けが嫌で先に帰ったんだ」と言い張り憤っていた。
その晩にも、私は詳しい話を訊こうとグループLINEで連絡をしたのだが、いつになっても既読はつかず、返信はこないままだった。
理由もなく帰ってしまった佐藤君とは、それっきり梨の礫に。
頑張りすぎて熱でも出しているのだろう……と、募る不安から逃れるような理由を探し出しては自分に言い聞かせていた。
音沙汰のない佐藤君をようやく周囲も気にかけはじめたのは、それから3日後のこと。
同窓会後に機能していなかったグループLINEの中で、佐藤君と連絡がとれた者はいないかと各々が捜してまわっていたが、誰も連絡は無いと口を揃える。
すると、最後に佐藤君の姿を見かけたという水野さんから同窓会の裏で起きていた一部始終が明らかにされた。
※
(グループLINEより 実行役員とのトーク履歴)
保存日時:2023/02/08 22:30
2023/02/08 (水)
22:05 水野 もしかしたら何かトラブってたのかも
22:10 直井 トラブルってなに
22:11 水野 覚えてる?神部君って子。同窓会の日、実は来てくれてたんだよ
22:11 直井 あの神部が?
22:11 水野 なんか意外だよね。あんなこともあったし
22:12 武田 でもホールに神部君はこなかったよ
22:13 水野 それが、自分は中に入れないからせめて差し入れだけでもとか言ってすぐに帰っちゃったみたい
22:14 直井 あの差し入れはお前のじゃなかったんかい!
22:15 水野 あの時は言えなかったんだよ。神部君の名前出したら場の雰囲気が崩れるかなと思って
22:15 武田 それで神部君はいつ来ていたの
22:16 水野 お開きになる前。戻ってこない佐藤君が気になって廊下に出てみたら、トイレから戻った佐藤君が受付してた
22:16 直井 その受付相手が神部君だったってこと?
22:17 水野 うん。その時に佐藤君から間接的に差し入れを貰ったんだけど、神部君も佐藤君もホールに中々入ってこないからまた様子を見に行ってみたら、なんか揉めてた
22:17 直井 どうして
22:19 水野 さぁ?直接本人に聞いてみないとわからないよ。次に様子を見にいった時には佐藤君の姿がなくなってて、あまった欠席者の計画書と出席の確認名簿だけが受付に残されてた
22:20 直井 意味不だな
22:20 武田 本当に神部君だったの?見間違いじゃなくて?
22:21 直井 それな。受付にあった欠席者の計画書、今俺が預かってるけど神部君の名前があるぞ
22:23 水野 受付にあった名簿にチェックマークが入ってたから見間違いじゃないよ。渡しそびれただけじゃない?
22:24 武田 ちなみにですけど、渡せてない用紙はあとで郵送お願いします
22:24 水野 [スタンプ]
22:25 直井 了解でーす
※
神部君が何の思いを抱えて来たのか、佐藤君から事情を知ろうにも、連絡がつかないまま更に一週間が経過。
相変わらずの状況に、流石におかしいと思ったので佐藤君の実家に電話をかけてみる。
しかし、呼び出し音が鳴るだけで一向に出る気配のない電話に不安が募る。
定期的にかけること5回目。電話は夜になってようやく繋がった。
※
(2023/02/15 20:02 佐藤君宅との通話録音音声 書き起こし)
「あぁ、武田君!ごめんね。履歴見て驚いたわよ。ずっとかけてくれてたのね」
「すみません、あの、今ってお忙しいですか?できれば佐藤君とお話したいんですけど」
「あぁ、それなら今はちょっと厳しいわね。あの子ね、今日入院が決まったのよ」
「えっ?入院ですか……?」
「そうなのよ。持病が悪化したから緊急入院になってね、本人は入院に後ろ向きだったから説得するのに時間がかかって。ほらあれよ、インなんとかってやつ」
「インフォームドコンセントですか」
「そう、それよ。もうあの子ったら変でね、搬送先がきまった途端に嫌だって叫び出したのよ。まぁ本人を説得できて■■病院に入院が決まったのは良かったんだけど、まだ問題が残っていて」
「大変、そうですね……」
「そうなのよ〜。それでね、問題は荷物が届けられないことなの。看護師さんから言われたのよ。家族は病棟に入れませんって。なかなか融通も効かなくてね」
「あぁ……それじゃあ、僕が変わりに届けましょうか?」
「えっ?そんな、悪いわよ~」
「大丈夫ですよ。■■病院ですよね?病棟と部屋番号は?」
「えっと、3階西病棟の2号室だけど……本当に頼んでもいいのかしら?」
「はい。こちらもずっと心配していたので」
「そう?じゃあお願いしちゃおうかしら。今から荷物を届けるから待っててちょうだい」
※
通話を終えると、待っている間に佐藤君の入院先の病院を検索欄に打ち込む。すると地図とはまた別に、サジェストに関連するワードが現れた。
ピンポイントのワードに、まるで私のこれからの行動が見透かされているようで……少し怖くなった。
『■■病院 ■■■中学 西病棟2号室』
サジェストに現れた学校名は私の母校に該当する。
検索のトップにヒットしたサイトにとぶと、誰かのブログサイトに繋がった。
※
(Amebaブログ「スピ女子のミラクルな日常」より)
大学入学共通テストまであと少し…!
2023-01-05 19:24
いよいよ迫ってまいりました。
勉強も追い込みに入って1日に10時間は机にかじりついています…が、時には息抜きも大事。
ってなワケで、つい先日初詣を兼ねて受験の合格祈願に近所の氏神様まで行ってきました!
■■■中学の裏手にある神社なのですが、知る人ぞ知る穴場パワースポットなんです。
ただしご利益を頂けるまでの道のりが大変で階段が修行みたいに辛い…(汗)
まぁ穴場というのは、道のりのハードルの高さから参拝客が少ないって意味で私が勝手に言っているんですけどね!
本殿前には絵馬が何枚もぶら下がっていたのでちょっとびっくり。
しかも同じことが書いてあったので興味深かったです。
(写真削除済み)
「●●が■■病院の西病棟2号室に現在入院しています。どうかお力添えください」
まさか抜け出してここまで納めにやって来たとかじゃないですよね。
ご家族の方でしょうか?
それぞれの絵馬に入院されている方の名前が書かれてあるんですけど、同じ病室の人同士で誰かに代参でもお願いしたのかな?
でも日付にばらつきがあるから違うかも?
とにかく早く良くなればいいですね。
私も絵馬を納めて帰ってきたのでご利益パワーでこのまま突っ走りたいと思います!
この記事についたコメント(3件)
●haru
信じる者は救われるといいます。祈願のご利益があるといいですね!受験勉強ファイトです!
2023/01/05 21:15
haruさんへの返信 >>
ですよね!何事も信じてからでないと前向きにはいきませんよね!励みになります!
2023/01/06 19:22
●まい
病室の場所知ってます!何年か前に親戚の見舞いに行った時に入りました。
でも、ここは確か個室だったはず……?
2023/01/05 23:00
まいさんへの返信 >>
個室?ということは患者が入れ替わってたんですかね?
偶然にも同じ神社にお参りしていたのでしょうか?
日付から予想するに約1ヶ月の間でかなりハイペースな入れ替わりだと思いますが、祈願が無事成就して退院されたんですかね。
だとしたら氏神様はものすごいパワースポットかも知れないです!
2023/01/06 19:25
●切り餅
はじめまして、コメント失礼します。
絵馬の裏側は見ましたか?
これ、代参にしてはおかしいと思います。筆跡があまりにも似ているので。
2023/02/05 01:02
切り餅さんへの返信 >>
コメントありがとうございます!
確かに!と思ってこの前行ってみました。世の中には人のために尽くせる善人な方がいらっしゃるんですね。写真は最新記事に掲載しました!
2023/02/12 19:19
※
(Amebaブログ「スピ女子のミラクルな日常」より)
1月5日追記記事
2023-02-12 19:12
非公開または削除されました。
※
もしかしたら、佐藤君はこのサイトを閲覧したから入院拒否をしたのかもしれない。
暫くして家の前に一台の車が駐車されて中から母親が出てきた。
私を見て安堵した表情を浮かべる佐藤君の母親から荷物を受けとると、念のためにと入院先の病院と病棟の部屋の番号が記載されたメモを渡される。
西病棟は循環器疾患を扱う病棟だと説明され、嫌な胸騒ぎを覚えた私は、それから自転車を飛ばすように漕いで病院まで向かう。
受付を済ませて病棟に移動すると、やけに多い注意喚起の張り紙が付いてまわった。
それは病院の入り口からエントランス、エレベーターの中、病棟の入り口とありとあらゆる所に貼られていて、警告というよりもはや洗脳のように掲示されていた。
※
(■■病院 張り紙の概要より抜粋)
ご来院の皆様へ
当院でカスタマーハラスメントが多数発生しております。
解決しがたい要求を繰り返し、職員の業務に支障をきたす行為はご遠慮願います。
詳しくは以下をご参照ください。
(QRコード省略) ■■病院 基本方針 (PDF:120.60KB)
※当院ではWi-Fiが使用できません。
予めご了承の上、ご一読をお願いいたします。
※
見舞いの許可が中々下りなかったので、待っている間の手持ち無沙汰な時間をそこらにあった張り紙からQRコードを読み込んで時間を潰した。
※
(PDFファイル 「■■病院 基本方針」より一部抜粋)
カスタマーハラスメント対策として、ご来院いただいた皆さまには当院の対応をご理解いただけるよう以下の内容を提示しております。
【入院時の対応について】
ペイシェントハラスメントに該当する行為が認められた場合は、以下のとおり対応するものとする。
1.一人で対応せずに必ず複数人で対応する。
2.情報共有するため、必ず記録を作成し、報告する。
3.悪質な行為がみられた場合、ただちに警察に通報するとともに、必要に応じて診療の拒否、退去要求、出入り禁止等の措置を講ずる。
附則
この基本方針は、令和4年12月15日から施行する。
※
院内で対策が組まれる程、よほどの何かがあったのだろう。
私は資料を最後まで読み終えると、とても他人事のようには思えず、今の精神状態なら自分もやりかねない……と、心理的なブレーキをかけられた状態に陥ったことで逆に平静を保てていた。
本当は本人の姿を一目でも見て安心したかったが、看護師から「今は会えない」と告げられると、これ以上無理強いはできず、大人しく引き下がるしかなかった。
病室手前のナースステーションで待機命令が出されると『コウノ』というネームプレートを下げた看護師がやって来て荷物だけが要求される。
目の前で看護師らが荷物の中身をチェックすると、お菓子やドリンクが私の元に返却されてはお叱りの言葉を受けていたのは理不尽にもこの私だった。
腹いせで代わりに食べてやろうとお菓子の袋に一度は手をかけたが、寸前に袋の裏側が視界にとまり、途端にそんな邪心も失せてしまった。
『2.15 誕生日おめでとう』
包装紙の裏にメッセージが添えられてあるのを見て、今日が佐藤君の18歳の誕生日だと気付かされる。
お菓子はせめてもの誕生日祝いで差し入れされたものだと分かり、あまりの気の毒さに同情心が芽生える程だった。
そんな中、確認が終わった荷物が部屋へと運ばれる様子を眺めていると、看護師が手に何かを持って再び戻ってきた。
また怒られると気構えていたが、渡されたものは私の予想と反していた。
「荷物に紛れていましたけど、これって入院に必要なものですか?」
そう言われながら渡されたものは、一枚の茶封筒だった。
家族でもない私に答える義理はなかったが、封書に神部君の名前と、速達の赤文字が記載されてあり、同窓会の帰りにうっかり持ち帰ってしまったのだと悟る。
欠席者の用紙は、後に実行役員が郵送するものと決められていて、本来は佐藤君が請け負う役のはずだった。
恐らく佐藤君は神部君の用紙だけを持ち帰ってしまい、郵送準備の途中で入院が決まると投函できぬまま搬送されてしまったのだろう。
……しかし、そう思うにしてもある矛盾点が私の中で説明をつかなくさせた。
グループLINEでの直井君の発言を思い出したからだ。
受付の机上に残された欠席者の計画書には、神部君の名前があったと直井君は話していた上に、実物も彼が預かっている。
計画書でないとしたら……佐藤君は何を急いで送ろうとしていたのか、私にはわからなかった。
行き違いのミスを防ぐため、役員の直井君に念のため確認用のLINEを送る。
思考を巡らしてもわからないのだったら、見て確かめる他にない。
佐藤君の思考に少しでも近づくために、私は病院を出ると神社を目指した。
先ほど閲覧したブログにあった削除済みの写真に佐藤君の行動原理があるような気がしたからだ。
ほぼ直感頼りの行動だったが、今は動いていないと気が収まらないくらい心の中がざわめいていた。
ある程度の時間を要して目的地に到着すと、タイミング良くスマホから通知音が鳴ったので自転車を停めてLINEを立ち上げる。
※
(LINEより 実行役員直井君とのトーク履歴)
保存日時:2023/02/15 21:50
2023/02/15(日)
21:10 武田 おつかれさま。頼んでいた郵送の件なんだけど、欠席者の計画書ってまだ手元にある?
21:41 直井 あるよ
21:42 武田 そこに神部君の計画書はある?
21:42 直井 あるよ。前にも言わなかったっけ?
21:42 武田 心配だったから、ちょっと確認したくて
21:42 直井 まだ手元に6枚残ってる。でもこれ、本当に郵送しないといけない?
21:43 武田 もしかして作業がめんどくさくなった?
21:43 直井 そういう訳じゃない。でも迷ってる
21:43 武田 他の5人は白紙だからいいとして、神部君の計画書は届けないといけないよ
21:43 直井 でも、これは破棄した方が良いかと
21:44 武田 真剣に参拝するほど大事な何かを未来に託していた訳だし、個人のものをぞんざいには扱えないでしょ
21:45 直井 捨てるのが駄目ならこれはもうお焚き上げするしかないよ
21:45 武田 なんて書いてあるの
21:46 直井 シャレにならないこと。あと白紙の紙なんて一枚もないけど
21:47 武田 どういうこと?
21:48 直井 計画書のタイトルに全部同じ文字(?)が埋められてあるから
※
深刻さが窺える返信に、事態がのみこめず頭が混乱しては嫌な想像が膨らむ。
まだ何かが送られてきそうな気がして、黙って連絡を待つ……すると、相手から動画つきのメールが送られてきた。
『これ、誰かのいたずらか?』
一言だけ添えられたメールのファイル。再生すると、伏せられたまま重なる計画書を上から順番に提示される。
計画書は5枚とも当時神部君をいじめていた加害者たちのものだと聞かされたが、連中は白紙で提出していたので、表にはなにも書かれていないはずだと指摘しようとする寸前、嫌な予感がした。
私は、あの時5人の用紙の表だけ確認を怠っていたからだ。
目視で裏面に何もない以上、もともと白紙で提出していたのだから、表側を注視していなかったのが間違いであったと今更ながら気付かされる。
紙をめくると、表にはタイトルの冒頭の一文字が空欄に抜粋されて『君が君になるまでの計画書』と題された文字が。
複写する度にタイトルの文面は横に大きくズレていたので、とある一文字が正常な位置からかけ離れ、タイトル空欄の枠内にまで達すると、今度は表に裏抜けをひきおこしていたのだ。
※
(2023/02/15 21:55 直井君から送られた動画ファイルより スクリーンショット抜粋)
1枚目

2枚目

3枚目

4枚目

5枚目

※
浮かび上がった文字は、文章を作り出しているようで、意味はよくわからない。
けれど、神部君をいじめる加害者5人に共通して同じ文章が浮かび上がっている事実に、なんとも言い難い不気味さを残した。
「でさ、もう一枚の紙なんだけど……」
動画はまだ終わってくれず、画面に一枚の紙が映し出される。
白紙の用紙は裏移りを免れた最後の1枚なのだろう。
恐怖の感情がとうに興味を越えていた私は、もうこれ以上深入りしたくないと、一時停止のボタンを反射的に押していた。
その一枚が神部君のものであることはわかっていたからだ。
だからこそ、用紙を見るのが、怖い。
あんなに、興味をそそられていたはずなのに、神部君の計画書が今になって恐ろしくなっていた。
実は、クラス同窓会を行うにあたって事前に恩師からのメッセージ映像を撮影するために、当時3年のクラスを受け持っていた教師と会っていた。
その撮影の最中に加害者たちの欠席理由を、私は教師から聞き出していたのだ。
最初は渋りはしたものの、もう時効だろうと呟くと5人全員の事情が教師から明かされた内容は、編集前のビデオデータに収められている。
※
(2022/12/09 18:30 「恩師からのメッセージ」.mp4 動画ファイルより 書き起こし)
「お願いします」
「そんな改まるなよ。わかったから。……匿名で生徒はわからなかったが、うちのクラスでいじめが起きているって内容の手紙が教卓の中に入っていたんだよ。いじめの実態が詳細に書かれていて、加害者5人の名前も記載されていた。
これは反省させるしかないと思って、その5人には3週間の謹慎期間を設けて自宅に留まるように命令していたんだ。
謹慎中は絶対に外出するなと釘を打って、彼らの位置情報は常にスマホで監視していたんだが、予想に反してあいつらはちゃんと言いつけを守っていて感心したよ。電話で確認をとっても受験勉強を大人しくしてるって答えてた。でも日ごとに我慢ならなくなったのか、謹慎中に5人のうち2人がルールを破ってな。11月26日に一人が外出したところをスマホで確認したんだ。でも目的地からずっと動かないままで様子がおかしかったから、家族に連絡を入れてみたら……病院に搬送されてたんだよ」
「それって……何が原因で?」
「事故や怪我じゃなかった」
「あぁ。じゃあ今流行りの……」
「家族が言うにはインフルエンザだって聞いたな。こじらせて肺炎になっていたらしい。色々な検査の末に医者から診断されたって言ってたよ。それから10日後にもう一人もインフルで入院したって聞いた時は耳を疑ったけどな」
「つまり5人中2人は本当の病欠だった、と」
「不運だよな。入院がえらい長引いて受験にも出られなかったんだから」
「そうだったんですか……それで、他の3人は?」
「それがよくわからないんだよ。謹慎明けに無断欠席が続いて、電話で事情を訊いたら学校にいきたくないの一点張りで。ただ、似たようなことを言っていたのは覚えてる。自分がウイルス扱いされたくないとか、魔女狩りにされるのが恐いとか」
「でも、3人はインフルにかかってなかったんですよね?」
「ああ、それなのにずっと登校拒否し続けてな……3人とも精神的に不安定に思えた。仲間の入院がきっかけだったのかわからないが、それから各々が志望していた高校に受験したんだが、思うような結果を出せなくてな……3人とも落ち込んでいたよ。勿論、先生は生徒のことを想っていたし応援していたさ。でも、こればかりは何らかのバチが……それぞれに当たったのかもしれないな」
※
加害者たちの不幸を知るも、偶然にしては妙だと思った私は……ふと、神部君が残した言葉が頭を過った。
『たとえどんな願いでも、邪念は濾されて純粋な雫になって届くと思ってる』
私は、一連の出来事がずっと続いているような気がしてならなかった。
なぜなら今回の同窓会で、加害者の全員が欠席していたからだ。
中学卒業後は、彼らが今何をしてどう生きているのかを知る同級生はおらず、頼みの綱は加害者のSNSを知る高野君しかいなかった。
気になった私は同窓会の最中に、更新がずっと途絶えていたSNSについて訊ねてみたのだが、高野君は「フォローを外したからわからない」と言い、現状は不明のままで終わっていた。
得体の知れない不安感が増してゆき、私は佐藤君の容態が今どうなっているのか、急に不安に駆られて病院に連絡を入れた。
相手は面会謝絶。友達だと名乗れば問い合わせ時間外だったため、ナースステーションまですぐには繋いでもらえなかった。
※
(2023/02/15 22:20 ■■病院との通話録音音声 書き起こし)
「急ぎなんです……お願いします」
「当病院では現在、カスタマーハラスメントへの対策を強化しています。院内にも掲示されてありますので、確認のもと今後はご協力をお願いいたします。時間外ですが、今回は例外で対応させていただきます」
「ありがとうございます」
「では、お繋ぎするので今暫くお待ちください」
(保留音)
「あまり長くは話せませんので」
事前に通話時間が設けられると、オルゴールの保留音が鳴り響く。
数秒後、途切れたかと思えばしばらくの沈黙が続き、遠くから声が聞こえ始める。
低くしゃがれた声に、電話越しの声が本人かを疑った。
「もしもし?」
「……」
「入院したって聞いて驚いたよ。大丈夫……じゃないよね。連絡もつかないから心配してたんだよ」
「……」
「もしもし?佐藤君、聞こえる?」
「……あたったんだ」
「えっ?」
「……バチが、あたったんだ」
電話口から聞こえる小さな声。ゼェ、ゼェと続く荒い息遣いに、喋るのも必死なくらい容態が悪いことが窺えた。
「バチがあたったんだ……バチがあたったんだ」
うわ言のように繰り返される言葉と怯えた声色。姿は見えずとも尋常ではない精神状態の佐藤君が目に浮かび、正気に戻そうと相手の名前を呼び続けた。
平静を取り戻したのか、ようやく静かになった佐藤君に何があったのかと問いただす。
すると沈黙の末、佐藤君が話を始めた。
「代参に行った日、喘息のせいで階段を登れなかったんだ……みんなも面倒くさがって、誰も本殿まで行ってくれなくて……でも、僕はどうしても叶えたかったから」
ゴホッ、ゴホッという咳と乱れた息が聞こえる。私は黙って耳を傾け続けた。
「神部君は神社に行ってたから、あの用紙に書けば何かが変わるかも知れないと思って……つい魔が差して、君が神社に行ってる隙に、神部君の計画書を消して……上書きしたんだ」
「えっ?じゃあ、佐藤君の計画書は2枚あるの?」
「そう。念のために神部君の氏名だけは残しておいて後で二枚とも回収するつもりだった。同窓会にどうせこないと思ってたから……」
「でも本人が来たから、計画が狂ったんだね」
「いや、狂ってたのはもっと前からだよ……タイムカプセルに僕と神部君の計画書を二枚重ねて入れたんだ。神部君の名前を残した一枚を、隠すようにして一番底に入れたのを覚えてる……でも、3年後に掘り返してみたら、なぜか底の紙だけが一番上になってた」
「それって、どういうこと?」
「わからない。記憶違いも疑ったけど、複写した計画書を受付で見返した時にそうじゃないって気がついたんだ。表の面にトナーが侵食してる紙が5枚みつかって、それだけが残って、事の全容がわかった気がして……もう神部君に謝るしかないと思って……でも本人からもう遅いって言われて……!」
「待って、佐藤君落ち着いて。同窓会で神部君と会ったんだよね?ゆっくりでいいから順を追って教えてほしい」
「少し話しただけさ。出席者の人数を確認しに来たとか言って名簿を要求されて……それを見て、笑ってた」
「笑ってた?」
「うん……それから、僕の方も見て笑ってた」
「……佐藤君、教えてほしい。神部君の計画書には元々何が書かれてあったの」
「そんなの、覚えてないよ。すぐに消して上書きしたんだから」
「なんでもいいから思い出せない?」
「あっ、でも……」
「でも?」
「……タイトルの空欄に『自由』って言葉が、書いてあった、気が……する」
咳がしばらく続き、徐々に激しさが増す。すると、電話越しにノイズ混じりに低い声が響く。
「タイムリミットです」
※
何者かの声が混線して割り込んだかのように思えたが、次の瞬間遮断するかのように電話が切られる。
その声は、看護師でも佐藤君の声でもなかった。
まだまだ話したいことは山ほどあるというのに、苦しむ佐藤君を前にして思うように会話運びができなかった後悔が胸にしこりを残す。
家族から託された誕生日の祝福メッセージなんて、とてもじゃないが私には伝える勇気が出なかった。
状況的にとても祝える雰囲気でなかったのだから、こればかりは仕方がない。
言葉を慎んだ代わりに、後に盛大に祝ってやろうと考えながら1日も早い佐藤君の退院を願うしかなかった。
そして切迫している佐藤君の様子から、プライバシーなどを気にしている場合ではないと思った私は、手元の封書を開けて中身を取り出しにかかる。
封書の中にある紙が佐藤君の話した通りであれば、本来は神部君の計画が書かれていたはずの用紙だ。
案の定計画書は消されて白紙だったが、添付してある別の紙に、とあるメッセージが書き残されてあった。
以下の内容は、佐藤君が書いたと思わしき手紙の全文である。
※
拝啓
この苦しみから解放してくださるよう、神様に取り次いでもらいたく手紙をお送りました。
ごめんなさい。
貴方に最初に嫌がらせをしたのは私です。
過去にいじめをうけた同級生と同じクラスになってしまい、再び標的にされるのが怖かったから貴方にわざと仕向けました。
今さら謝るのは遅いと重々承知の上ですが、これ以上助かる方法が見つからないのです。
計画書の内容は消してしまいましたが、用紙はお返しするので、どうかお許しください。
敬具
令和五年 二月十五日
佐藤■■
■■■■■様
※
謝罪と懇願のメッセージは、ミミズが這ったような走り書きの文字で書かれており、体調が優れない中で必死に書いたと思われる筆跡が生々しさを残していた。
同封された用紙によって、佐藤君の言葉に信憑性が増すと、私はスマホから動画を起動させた。
佐藤君が神部君の計画書に上書きしていたのなら、動画に映る用紙は本来の佐藤君のものだと推測できる。
そこに書かれている内容を学生時代に見て知っている以上、もう臆する理由はないと思い立ち、再び再生ボタンを押す。
「でさ、もう一枚の紙なんだけど……この内容って佐藤君のだよな?斜め後ろの席から見えてたからなんとなく覚えてるんだけど……おかしな箇所があるんだよ」
タイトルの空欄を埋めていたのは、記憶にあった通り『健康』という二文字。
しかし、見せられた用紙には私の想定を遥かに越えたものが映し出されていた。
「トナーの汚れが、紙の表に滲み出てたんだ。昨日まではなかったのに……」
目に飛び込んできたそれは、佐藤君の書いた文字に覆い被さるようにして裏面からトナーが侵食してできたものだった。
あの5人の計画書と同じように。
しかし、タイトルの一文字が裏抜きして浮き出ている訳ではなく、似て非なる部分があった。
文字は他の五枚と同じく、君という漢字だけが裏抜けして空欄に当てはまっている。
問題は、その文字が別の文字として認識できるほどに異変を生じていることにある。
それはまるで神部君の願いに作用するかの如く、君の一文字が断層構造のように三重に大きくぶれていた。
ぶれた文字はそれぞれに独立し、三種類のカタカナにバラしたかのようにはっきりと文字が読めた。
佐藤君の未来の計画書──。
空欄に書かれていた『健康』の文字に上書きされた言葉を通して読む。
そこに『自由』の意味を指す正体を知り……一連の流れが神部君の企みのように思えて戦慄が走る。
※
(2023/02/15 21:55 直井君から送られた動画ファイルよりスクリーンショット抜粋)
6枚目

「君がコロナになるまでの計画書って書かれてあるように見えるんだけど、見間違いじゃないよなぁ……?」
※
直井君の震えた声を最後に、動画は終了した。
願いの意味が判ってしまい、嫌な予感が頭を過る。
夜の神社は薄気味悪かったが、本殿までのぼり例の絵馬を探して確認してみたところ、裏側の全てに佐藤君の名前が書かれていた。
ここまで来れるはずのない佐藤君の名前を見た瞬間、絵馬に託した願いの意味も、代理参拝を逆手に取って悪用した人物が誰なのかもすぐに検討はついた。
佐藤君の容態を今すぐ確認しに行きたかったが、私が行ったところで何もできないことはわかっていた。
私に残されたできることはただ一つ。
今すぐにでも封書を神部君の元へ送り届ける……それだけだった。
それからというもの、速達で送った封書が神部君の元に届いたことすら不明のまま数ヶ月が経過。
肝心の佐藤君とは、あの日の電話を最後に連絡はついていない。
現状を知りたくても同級生たちも誰一人として会っていないと聞かされたので、病院をあたるしかなかった。
しかし、病院も今では身内の証明がないと病棟にも入れなくなっていた。
苦肉の策で病棟で会った看護師の名前を検索するも、何一つヒットせずもうコンタクトの取りようがなかった。
佐藤君の実家に訪ねる手もあったが、同窓会以降は何かと忙しく、就職で地元を離れてしまったため確認はできていない。何より……直接訊く勇気も出なかった。
繋がっているのか、はたまた既に切れているのかも分からぬ縁を私は諦めきれず、度々神社に赴いては神様に事態の収束を祈願すること2年。
2025年を迎えた1月。
個人の主催で行われた二十歳を記念する同窓会に参加した時の話である。
アクリルのパーテーションで区切られた居酒屋で粛々と祝っていると、慣れない酒で酔い潰れた同級生の中に高野君がいた。
ふいに彼からスマホを渡され、SNSが映る画面を見せられる。
「そういえば、前の同窓会で訊かれたアカウント覚えてる?フォローし直したんだけど、新しく更新されててさ、いつか話題にしようと思ってとっておいてたんだよね」
※
(加害者のSNSアカウントよりメッセージを抜粋)
みなみ@yuna.xoxo
娘の母親です。
3年間の闘病生活の末、娘が12月6日9時9分に他界いたしました。
生前親しくしていただいた方々には心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
2022年12月06日 22:01
みなみ@yuna.xoxo
アカウントにつきましては考え中でしたが、一旦このままにしておこうと思います。
娘が亡くなってから度重なるご不幸のお知らせが届いておりますため、不安を抱えた方の支えになれればと思った次第です。
何かありましたら、いつでもこちらまでご相談ください。
2023年1月04日 23:44
(2025年1月時点 アカウント削除確認済み)
※
同級生の訃報に、頭の整理が追いつかなかった。
「これ、冗談じゃなくて?」
「そう思ったよ。それでね、冷やか……じゃなくて、同情のつもりでDM送ってみたんだ」
※
(高野君のSNSアカウントより ダイレクトメッセージ履歴)
●高野 2023/01/05 13:00
ご無沙汰しております。
生前仲良くしていただいた高野です。
この度はお悔やみ申し上げます。
●みなみ 2023/01/05 13:20
その節は、大変お世話になりました。忙しい業務以外にプライベートでも親身にしてくださったことに、たいへん感謝しております。娘もさぞ励まされたことでしょう。
この場を借りてお礼申し上げます。
●高野 2023/01/05 13:27
とんでもないです。娘さんのためでしたので。それより、この先何かと大変だと思いますのでお身体ご自愛ください。
●みなみ 2023/01/05 13:31
お気遣いいただきありがとうございます。看護師の方々が抱く無念には及びません。
未だに眠れぬ日々が続いているのはお互い様かと思います。
発症からちょうど3年。命日は誕生の時間と重なった時でした。複雑な思いで迎えた12月6日でしたが、娘が天国でお友達と再会できればと心から祈っております。
今になって思えば、仲が良い5人でしたから娘が他の3人も呼んでしまったのでしょうか。
●高野 2023/01/05 13:34
娘さんを責めないであげてください。
こればかりは運命としか言いようがありませんし。
●みなみ 2023/01/05 13:40
運命ですか。娘も似たようなことを言っていました。
二年前に亡くしたお友達も2号室で息を引き取ったそうなので。
娘は神様に早く呼ばれてしまったのかもしれませんね。
※
「誰かと勘違いしてるっぽい返信が最初にきてさ、まぁ変に好かれて仕方なく上っ面の関係続けてただけだし。慈善活動みたいなもんだと思って、否定せずにそれっぽく会話続けてたら意外な情報が飛び出してきてさ。びっくりしたろ?」
SNSは回し読みされ、同窓会は通夜のような雰囲気になるかと思ったが、全くの逆だった。
酒が理性のブレーキを緩ませたからかもしれない。
「ザマーみろだよな。ずっと思ってたんだよ。アイツらなんて早くいなくなればいいのにって」
「マジで?だったら仲間じゃん。私なんて南さんのブランド私物自慢ウザすぎて関係ないことまで計画書に書いてたわ。なんか金に困ること起きろって」
「ほんとに?実は私も。あの計画書にもこっそり書いてたんだよね。廣瀬さんと志望高が被ってたから」
「……実は僕も。ずっと目障りだったし、同窓会で再会したくないから似たようなこと書いてた」
「あたしも!あの時は同調圧力で言えなかったけど、今なら言える。群れてイキがってるだけでマジで嫌いだった」
悪口で盛り上がる周囲をそっちのけに、私はスマホで検索エンジンに名前を打ち出しにかかった。
どうやら加害者の母親は、高野君をある看護師と勘違いしていたようだが、私にはなんとなくその理由がわかっていた。
なぜなら、私自身が同じ間違いを過去にしていたからだ。
佐藤君のために病棟まで伺った日、ネームプレートに『コウノ』と書かれた看護師から対応を受けていた。
身近に同じ呼び方をする同級生がいたのも訳あって、先入観から「コウノ」を「高野」と勝手に変換して、私は以前に名前を検索にかけていたのだ。
期待値を上げて再びヒットしないかと、検索欄に「河野」という漢字と病院名を組み合わせて打ち込む。
すると同一人物と思われるFacebookが見つかり、プロフィールに個人のウェブサイトが貼られていたのでリンクを踏んだ。
過去から遡って閲覧してゆくと、そこである事実を知ることとなる。
※
(個人ブログサイトより「明日をもっと良い日に」から一部記事を抜粋)
私を呼ばないで
2022-12-12 10:22
西病棟に若い男の子が入院してきた。
ため口で馴れ馴れしい上に最初からナンパしてきた問題児。一応既婚者だっつの。
ナースコールもしつこくてウンザリ。ここはキャバクラじゃありません。
私を呼ばないで2
2022-12-16 10:25
上に報告してちょっとは大人しくなったかと思ったら逆に悪化している(怒)
とくに夜間。しつこすぎ。
いたずらにしても度が過ぎている。
ナースコールで呼ばれて行ってみたら「呼んでない」としらばっくれるばかり。
悪びれる様子もなく「そんなに会いたかった?」と茶化すだけの問題児。勘弁してほしい。
私を呼ばないで3
2022-12-18 10:19
夜のナースコールが日を追うごとにひどくなっている。
ノイローゼになりそうと看護師たちも限界寸前。
夜勤を担当した後輩の話ではナースコールは深夜だけで20回あったと聞き絶句。
「呼びましたか」と聞いたら相手もおうむ返しを繰り返すいたずらの内容に呆れています。
これはいつ終わるんでしょうか。呼びたいのは警察ですよ。
これで何度目か
2022-12-25 10:17
新しい患者さんが弟の同級生だったので本人に知らせてみたところ、また代理参拝に行ってくれたようです。相変わらず優しいね。
患者さんのご家族にお伝えしたら、とても喜んでおいででした。お礼のお言葉は本人に伝えておきました。
新年
2023-01-01 16:20
あけましておめでとうございます…とも言えない状況です。
例の部屋にまた患者が入り、ナースの間では既に悲観されていて気の毒に思っています。
今が楽しい時期なのに、何処にも行けず新年に家族と過ごせない辛さは共感しかない。
何事もなく退院できればいいけれど。
これから夜勤頑張ります。
想いよ届け
2023-02-16 15:58
昨夜は不思議なことが起きた。
患者さんの荷物から出てきた封筒を代わりに受理しようとしたら、本人からまさかの拒否。
「届くまでにもう間に合わないから」と言って諦める様子は、死期を悟った今までの患者さんの顔と重なって見えて、私自身も諦めてしまい何もできなかった。
「私だったら、速達よりも早く今日中に届けられます」くらい気を利かせて言ってあげれば良かったと今さらながら後悔。
思うだけでは伝わらないのだから、後悔するくらいならやっておくべきですよね。ちょっとの行動で結果を覆せることもあるだろうから。
ドタバタの夜勤が終わって家に帰ると、一方では「届いた」と喜びの声をあげる弟の姿が。
喜びようからして恐らく、大学試験の自己採点で合格点に到達しているのを確信したんだと思います。
患者さんには申し訳ないけど、今日はケーキとお寿司でお祝いするかな。
個人的なご報告
2024-11-22 19:00
同居していた義理の母が基礎疾患があったので、別居状態が長く続いたのがいけなかったのでしょうね。
夫ともギクシャクしてしまい、とうとう河野から神部に戻ってしまいました。
よりにもよっていい夫婦の日にですよ。皮肉なものです。
まぁ、職業上の理由で一緒に過ごせる時間が元から少なかったせいもあったのかな。
これから独り身。強く生きていかないと。
※
河野さんの旧姓が判明し、脳裏で過ったのはあの夜に目撃した代理参拝の絵馬たちだった。
調べれば調べれるほど嫌な予感が増してゆき、火照った体からは冷や汗が流れ出る。
その時、同級生の言葉が私に追い討ちをかけた。
「結局、俺たちコロナでやりたいことは叶えられなかったけど、アイツらがいなくなったことだけは共通して叶えられたな」
……それからのことは、あまり覚えていない。
慣れない酒で悪酔いに陥っていた私は、急な気持ち悪さからトイレに駆け込むと、悪化するよりも先に店を出たからであった。
否……本当は悪酔いではなく、人の奥底に隠れた本性をいっぺんに目の当たりにしたからだと思う。
いなくなった加害者たちの悪口大会に成り代わっていた同窓会は、ある意味忘れられない集まりとなったが……その後舞い込んだ偶然が今日の出来事を上書きにする。
それは、店をあとにした帰り道のこと。
帰省中の人で賑わう地元の駅に向かうと、近くで神部君とよく似た人物に出くわしたのだ。
またとない偶然を幸運に思った。だが私にはもう声をかけることはできなかった。
マスク姿に自信がなかったのも理由にある。
しかしそれ以上に、かかりすぎた再会までの時間が私を諦めの境地に至らしめていた。
声をかけたところで抱えた疑問が晴れることはないだろうし、全てはあとの祭りだと考えるようになっていた私にとって、もう神部君は会う意義のない人だと見切っていたのだ。
後になってみれば、自分の行動を悔やむ気持ちが僅かに浮かんだので、やはり話しておくべきだったと思っている。……それでも以前よりも明るい彼の雰囲気から、自ずと知れたものがあった。
神部君が何をもってして『自由』を得たいと夢みていたのか……その理由を。
計画書が白紙になってしまった以上、その内容を知るのは本人だけだ。私には知る由もない。
しかし、佐藤君が唯一覚えていた『自由』という言葉を通して垣間見えたものがある。
同じ年にうまれたから。
たったそれだけの理由で、狭い空間に押し込められる理不尽から逃れては、いつも一人になれる空間を求めていた私にとって神部君は、他者を通して自分を見つめる鏡のような存在だった。
それは、計画書にも色濃く反映されている。
用紙に記述した内容の中に、社会人になって息詰まった空間から早く解放されたい……と、神部君と同じような願いを、私は神様に祈願していた。
こんな私だからこそ、彼の気持ちは手に取るように推し量れた。
それはきっと、パンデミックという世間の大きな変化と相反して、自分らしさを手に入れた彼自身が生きづらさから解放されたからだと思っている。
孤独を許容する社会こそが「自由」を願った彼の未来として現代に実現してしまったのではないだろうか。
信仰とは、多くの人に望まれるものが集約し、浄化されて必ず叶うものだ、と神部君は文集で書き残していた。
それを踏まえると、起きた一連の事象は私を含めたクラスメートたちの秘めた想いまでもが集約されて「念写」という現象に現れたのではないだろうか。
どれも推測に過ぎないが、私は自身を納得させるために、落としどころを見つけようと考えた末にこのような結論に至った。
それでも、今でも解明されていない現実に残された矛盾点が存在する。
※
(某新聞より 2020年1月17日掲載記事から一部抜粋)
「新型肺炎 国内で初確認」
中国の湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の患者が、日本国内で初めて確認された。
患者は武漢滞在中に発熱した後、空港の検疫のチェックをすり抜けて日本に帰国。感染の確認を要するのに9日間かかっていた。
※
2020年1月16日、日本で初めて新型肺炎の感染が確認されたが、それより2ヶ月も前から加害者らは肺炎を発症していた。もし仮にインフルでないと前提したら、渡航歴のない2人の感染源は説明がつかない。
私は思った。
この状況下で納得を得られなければならない相手がいたとしたら、自分だったらどうするか、と。
認識されない目に見えぬ脅威を受け入れてもらうには、時には真実を曲げることも必要なのではないか、と。
切迫した状況なら尚のことだ。だが、曲げた真実は二度と元には戻せない。
……だとしたら、自粛を強いられていた加害者らの感染源は不明のまま闇へと葬られてしまったのではないだろうか。
当時の厚労省は週に一度、都道府県が日々公表する感染者数や死亡者数といった感染状況についてまとめて公表していた。
加害者の一人が発症から一年後に死亡を遂げた日付は、11月26日から12月2日の一週間に該当しデータが集計されている。
これは憶測だが、集計された週とリンクして裏付けるような記事を私は見つけていた。
※
(某新聞より 2020年12月4日掲載夕刊記事から一部抜粋)
「コロナ感染 10代で初の死亡者」
厚生労働省は4日、新型コロナウイルスに感染した10代女性が死亡したことを国内発生動向集計で明らかにした。国内で10代の死亡は初。女性の年齢や居住地、基礎疾患の有無などは非公表。
※
(某新聞より 2020年12月5日掲載朝刊記事から一部抜粋)
「厚生省が謝罪 集計ミスか」
4日に発表した集計では、新たに10代女性1人が死亡していたと記載していた。
しかし、その後厚労省が確認したところ、該当する都道府県に10代女性の感染者はいたがコロナウイルスで死亡しておらず、容体を誤って入力していたことが分かった。
集計結果は委託業者のミスの可能性が高いと明らかにし、同省担当者は謝罪した。
※
あの計画書を見てから、私は活字の読み取りが少し苦手になってしまった。
意図せず現れるとある漢字に心理的なストレスを誘発した私は、活字に対して一種の恐怖症のような拒絶反応を引き起こすようになってしまい、読むという習慣を生活から排除したのが要因だった。
あれだけ好きだった読書も今では苦行の一環に過ぎず『君』という漢字を見かけるとフラッシュバックが起きてしまう。
漢字はカタカナが重なっているようにしか見えなくなってしまい、まともに文字が見られぬ日々が今でも続いている。
何かの代償が招いた要因とも考えられたが、私はそれを信じたくなかった。
それでも事の重大さに気付いてしまった以上、企画考案者である私の背中には背負いきれない責任という重みがのしかかり、罪悪感で心が埋め尽くされるばかりだ。
成就からうまれた代償の重みは、感染者が増える度に増してゆき、ゆくゆくは罪の意識から私自身もどうにかなってしまうのでは……そう不安視しては重圧で押し潰されそうになる日々を送っている。
その気持ちは、ウイルスが第二類から第五類感染症へと移行し、事態が収束しつつある今も変わっていない。
故にこのような始末書を記録した理由も、誰かと共有することで重荷を少しでも軽くする為だった。
そして何より、読んだ暁にこじつけだと……考えすぎだと笑ってくれる人を探す目的があった。
神部君の計画書の真意は、本人以外は誰も知り得ないのだから、見出だした見解に真相など存在しない。
だからこそ、一人でも多くの読み手に否定されることで私自身を救うきっかけを私はずっと求めている。
だからどうか、独りよがりな私の見解を笑ってやってほしい。
計画書と時代の重なりに必然性を覚えては、畏怖の念を抱いている、私のことを──。
信じようが信じまいが、どちらにせよ自分の力ではどうにもならない壁に直面した時……人は拠り所を探して見えない力でも頼ろうとしてしまう。
例えば、人生の岐路に立った転換期を想起してみてほしい。
神社に赴いて諸願成就のために参拝した経験を誰しもが持っているはず。
神仏の存在を信じきっていない私でも、大事な局面では都合よくあやかろうと神様に成就を祈願した記憶が鮮明に残っている。
それは、受験を間もなく控えた中学3年生の秋だった。
もちろん、未来のビジョンに思いを馳せていたのは私だけではない。
何かが変わると信じていたのは、ほかの同級生も同じだった。
中学卒業まで6ヶ月をきった2019年10月某日。
教師がタイムカプセルを持ってくるのと同時に1枚のプリントが配布された。

タイトル欄には、印刷文字で大きく『君が□になるまでの計画書』と題されていた。
プリントを見て不思議がる生徒たちを前に、担任の教師から「成人を迎えるまでにやりたいことを書き出しましょう」と課題が提示される。
計画書の狙いには、各々が未来に描く夢をタイトルに当てはめて、その夢を実現させるまでの道のりを明確化することで、日々の充実を促す目的があった。
制作した計画書はタイムカプセルの中に保管し、神社で清めてから校庭の楠に埋めて5年後に開けるとのこと。
神社は学校の裏手に長きにわたりその地の守り神として鎮座している。
後に中学校が建設されると、学内神社へと変わったそうだが、今でも地域の人の信仰を集める神聖な場所として知られている。校庭に楠が聳えたっているのも、神社の敷地内であった証だ。
楠は長寿なことから、「延命」や「健康」の象徴とされ、神が宿る木として古来より崇められている。
その縁起にあやかって、参拝後は楠の木の根もとにタイムカプセルを埋める流れが組み込まれたのだった。
保管した計画書は、5年後にいくつ叶えられたか達成率をみるまでは実行役員が責任をもって管理する約束がなされた。
5年後にはクラスの皆が成人を迎える。
その年始めに、母校で「二十歳の集い」というクラス同窓会を開く話は既にあがっており、役員も予め決められていた。
メンバーには、仕切りが上手い直井君やイベント好きな水野さんが名乗りを上げて……その中になぜか私もいる。
選出といっても、要は面倒事の押し付け合いだ。
率先してやりたがっていたのは二人だけで、実行役員の定員数が余ったために「真面目そうだから」という理由だけで私が槍玉にあげられたといっても過言ではない。
イベントと無縁な私はメンツから浮いていたが、唯一の救いは隣の席の佐藤君も役員に名乗り出てくれたことだった。
「くっだらねぇー!」などと冷やかしの言葉があがる一方で、思考を現実化する良い機会だと誰かが反発してくれたのを私は内心でひっそりと喜んでいた。
というのも、この企画案は役員である私が佐藤君と共同で考えたものだからだ。
母校の特色を生かした企画を何かできないかと考えていたところ、スピリチュアル好きな佐藤君から出された案をヒントに作り出した企画書は、企画会議ですんなりと通り、すぐに実行に移された。
「なに書いたの?」
「ナイショ」
計画書の作成のため、1時間の特別授業が設けられる。
教室の至る所で似たような会話が交わされ賑わう中、隣の席にいる同じく役員の佐藤君が書き終わるのを見て、私も軽い気持ちで訊ねてみた。
佐藤君が黙って私に用紙を向けると、タイトルの四角で囲われた空欄部分には『健康』という二文字が埋められていて、不意の笑いが発生する。
笑ったのは私ではない。声は後方から聞こえていた。
「君が健康になるまでの計画書って、お前いくつだよ。年寄りじゃあるまいし、病院の治療プログラムか何かか?」
振り返ってみると、用紙を盗み見たクラスメートがからかうように笑っている。
その姿を尻目に、私は「気にすんな」と佐藤君に声をかけた。
私は佐藤君と同じ小学校に通っていたので、相手のことをよく知っている。
だから、事情を知らないままイジられている佐藤君の姿が気の毒に思えてならなかった。
佐藤君は幼少期から喘息を患っていて、元から体が弱く、体育の授業はほとんどを見学していた。
しかし子供というのは経験乏しく共感力がまだ成熟していない残酷な生き物である。
ある日、事情を知った一部の生徒が佐藤君をからかい始めたのだ。
「佐藤君と喋ったら菌がうつる!」
「病原菌は学校に来るな!」
心ない言葉を本人にぶつけては、佐藤君の持っていた吸入薬を隠したり、仲間外れにしていた悪ガキ連中を私は苦々しく思っていた。
辛抱ばかりの毎日から佐藤君が解放されたのは、中学になってからのこと。
連中と進学先は被っていたが、幸いにも別のクラスに振り分けられたこともあって暫しの間は有意義な時間を過ごせていた。
連中との再会はそれから2年後。斯くして中学3年の今に至る。
一部の連中が茶化しながら、白紙の計画書を一番乗りで提出する。
「後でどうなっても知らないぞ」と教師から忠告を受ける5人を他所に、用紙を回収する役目は佐藤君が担っていた。
「神頼みなんて馬鹿らしい」と言って、企画にまともに参加しない連中に対し「バチでもあたってしまえ」と私の先に誰かが呟く声が聞こえた。
あれから、早3年。
タイムカプセルの開封まであと2年のタイミングで役員の一人から通知を受けると、クラス同窓会を2年早めるべきとの話の内容だった。
理由は、2022年の民法第4条改正による事情が絡んでいた。
※
(法務省HPより引用)
平成30年6月13日、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げること等を内容とする民法の一部を改正する法律が成立し、令和4年4月1日から施行されました。
※
突然の知らせに動揺した私は、他の役員たちに連絡するべく急いでアプリを開く。
中学を卒業する前日、同窓会を踏まえて役員たちだけで構成されたグループLINEが前もって作られていた。
グループトークを見ると、この時が来たと言わんばかりに既に賑わいを見せていたチャット欄に、私は落ち着いた頃を見計らって挨拶文を送る。
よりにもよってこのタイミングかと内心で残念に思っていたのは私だけかもしれない。
実行役員の中で高校卒業後の進路は、私だけしか社会人になる者がいなかったからだ。
他の役員たちはAO入試で夏に受験を終えていると聞き、十分な余暇があるのに対し、これが学生生活最後の貴重な長期休みとなるはずだった私の冬休みはほとんどがクラス同窓会の事前準備で潰れることが目に見え……この時ばかりは、やり場のない憤りを社会に向ける他なかった。
久しぶりの再会に向けて同窓会の準備が急ピッチで練られる中、開催の案内を作成したのは私である。
大学受験を控えた高校3年という時期を配慮し、開催日は大学入学共通テストが終わった後の落ち着いた頃に日程が組まれた。
※

※
毎日のように繰り広げられる会議で重要視された話題は、タイムカプセルの開封式をどう行うかだった。
掘り起こす作業は体力がいるし、服を汚すリスクもあると主張する反対派と作業は皆でやった方が盛り上がるとの賛成意見で割れたが、結果前者の意見が多数派になると、私はため息をこぼした。
それもそのはず。
そのしわ寄せがくる先は一つしかないからだ。
嫌な予感は的中し、事前の掘り起こし作業に役員たちが駆り出される羽目になった。
2022年11月26日作業当日。
学校へ向かうと役員が数名、既にスコップを持って楠の下に終結していた。
久しぶりの再会に、それぞれ積もる話があるだろうが、まずはやるべきことを優先して掘り起こしの作業に取りかかる。
3年という歳月は懐かしむにはまだ気が早く、ステンレス鋼の球体が地面から露になってゆく様に趣を感じないまま淡々と土を掘り進めてゆく。
作業すること数十分。
やっとの思いでタイムカプセルが取り出されると拍手が沸き起こったが、喜ぶのも束の間、今度は土を埋め直す作業に取りかからねばならない。
休憩なしの立て続けの作業に体力が持たなかったのか、佐藤君が途中で離脱したかと思うと作業場の端くれに座り込んでしまった。
すると程なくして「外側に異常なし」との声が響く。
作業に集中している傍らでは、いつの間にか佐藤君の一人開封式が始まっていた。
雨水の侵食から免れていた報告に安堵しながら作業の手を進めていると、ガサガサとビニールから紙を取り出す音がきこえてくる。
「うわぁっ!?」
すると突然、佐藤君が叫び声を上げた。
何事かと思い顔を上げると、佐藤君が紙の束を凝視しながら固まっている。
「……中身に異常あり」
張り詰めた声に、誰もが作業の手を止めた。
紙をめくる音が響くと同時に、佐藤君の独り言がこちらにまで聞こえてくる。
「なんだよ……これ……」
保管されていたプリントをめくる度に、佐藤君の表情から徐々に明るさが消えてゆく。
その様子に、私は作業を一旦中止して彼のもとへ駆け寄った。
「どうかしたか?」
「これ、みてみろよ」
言われるがまま、佐藤君から渡された用紙の束をめくってみる。
伏せられた紙を一枚めくると、タイトルの印刷文字がべったりと次の用紙の裏側に裏移りしていた。
いち、に、さん……と、用紙をめくりながら裏移りしている枚数を数えてみる。
結果、上の用紙と底の5枚以外に裏移りが確認された。
30枚のうち24枚を占めていた裏移りであったが、裏であれば何ら影響はないだろうと誰もが口を揃える中、佐藤君だけがどことなく不安な素振りを見せていた。
トナーがまだ乾ききっていないにも関わらず紙を重ねたせいだろう。
たかが裏移りごときで騒ぎ立てるなと、佐藤君を嗜める余裕が、まだこの時まではあった。
タイムカプセルの管理を佐藤君に預けて1ヶ月後、ある相談メールを受け取るまでは。
『マジで悪い。タイムカプセルなんだけど代わりに預かってくれないか?』
新年早々から、何の連絡かと訊いてみれば、思いもよらぬ返信を受けて更に戸惑う。
『裏移りの枚数が増えている』
印刷から3年も経過しているのにそんな訳あるかとツッコミの文を打ち込んでいると、後から動画が送られてきた。ファイルを開いてみると……否定しきれない証拠の動画に、返信の指が止まる。
※
(2022/01/04 08:40 佐藤君からの動画ファイル 書き起こし)
「預かってから定期的に中を確認してたんだけど、侵食がまたおこってる」
画面に片手が映し出されると、動作に合わせて紙が数えられる。
「底から5枚目に裏移りが起こってたのは掘り起こしてから10日後。そこから記録をつけてたんだけど12月20日、12月26日……それから、今日にも確認がとれた」

※
明らかに以前と比べると増えている裏移りの枚数。
奇妙な過程を経て印刷の裏移りは底にある1枚を残して全てに侵食していた。
明らかにおかしな現象に、気味悪く感じたが管理している当人が一番戸惑っているに違いない。
かといって、映像を見せられてから実物を預かるほど、私もお人好しではない。
佐藤君の頼みを断る代わりに、私は一つの代案を提示してみることにした。
『表の面だけを新しく印刷すればいいんじゃないか?』
幸い、裏移りの文字が表の面にまで滲み出してはいなかった。
得体の知れないタイムカプセルの中身を直に配るのはあまり良い気がしない。
であれば、複写をつくって原本を破棄すれば良い。
私が考えた案に、佐藤君はすぐに乗り気になって行動に出ていた。
しかし、問題はすぐには解決されず……いや、状況はかえって悪化の一途を辿ることになる。
その後佐藤君から連絡がくると、複写した紙にも裏移りが発生しているとの報告があり「実物を確認してほしい」と懇願されたので佐藤君の自宅まで向かうことになった。
家に迎え入れてもらうと、例のタイムカプセルは部屋の隅に置かれていた。
中身を確認すると、新しく複写した紙には確かに裏移りしていた。
だが、それ以上におかしな点を見つけてしまい、指摘しようかどうかと迷う。
「文字がズレていってる。気づいてないとでも思ったか?」
迷っているうちに佐藤君から先に指摘を受けたので、私だけに見えている異常ではないと判り……少しの安堵を覚えた。
佐藤君の言った通りである。用紙をめくるに連れて、印刷の反転した文字が左に数センチずつ、ズレを生じさせているのだ。
パラパラ漫画のように連続で素早くめくれば、残像効果でその異常は更に顕著に見てとれた。
本人曰く、昨日の時点では、複写した紙の裏側はまっさらな状態だったという。
なのに、タイムカプセルに入れた翌日に確認してみたら、重ねた紙は底の1枚を除いて全てに裏移りが発生していたらしい。
「じゃあ重ねなければいい」と助言してみると、その方法も試したと言われて益々困惑する。
用紙の裏側に勝手に文字が浮かび上がっては、何らかの意志を持って文字自体が独りでに移動しているなんて、現実的な話ではない。
私の中で、嫌な想像が膨らみつつあった。
裏移りの文字は、コピー機でも保管の仕方でもないとするなら……問題は一つに絞られる。
実態のない何らかの力による現象、だと。
「これ、印刷トラブルじゃないよなぁ……まさか呪い?誰かの念写だったりして」
「まさか念写なんて、そんなのある訳な……」
冗談まじりの声と反して、佐藤君が真剣な眼差しで見つめてくる。
その裏腹な表情に、私が紡いだ言葉は途切れた。
己が安心したいがために、否定的な意見を期待していたのかもしれない。
佐藤君の心中を察して、頷くことも首を横にふることもできなくなった私は黙り込むしかなかった。
不可解な現象に私も不安を覚えていたが、認めることで信じていた自分の世界が崩れるような気がして怖かったからだ。
すると、私の様子を見た佐藤君は、徐に紙の束から一番上の用紙だけを取りあげる。
そして、一人の名前を読み上げた。
「■■■■■」
ここでは、プライバシーに考慮して神部君と仮称で呼ぶことにする。
タイムカプセルの開封時に一番上に伏せられてあったそうで、裏移りのリスクから唯一免れていた用紙だという。
「まさかだけど、こいつが元凶ってことないよな……?」
クラスメートの名前に朧気な記憶を辿ると、中学時代に同じクラスだったがまともに話した記憶のない男子生徒を思い出す。
話す機会がなかったというよりも、避けていたと表現した方が正しいかもしれない。
話は、中学時代まで遡る。
子供の頃から外で遊ぶよりも室内で大人しくしている方が好きだった私は、休み時間に大半の時間を図書室に費やしていた。
学校とは不思議なもので、一人でいる空間を許容しない雰囲気を漂わせている。
誰かといるのが当たり前。
友達と常に群れていなければ、自分が浮いてしまう。
そんな同調圧力が、狭い教室をさらに抑圧しているようで嫌で嫌で仕方なかった。
私が図書室に通うようになったきっかけは、ありのままでいられる空間を探し求めた結果、辿り着いた先がその場所しかなかったからであった。
しかし、限られた空間で出来ることを積み重ねているうちに人は変わるのかもしれない。
始めのうちは何気なく読んでいた本だったが「活字を読む」行為が習慣に加わると、いつしか読書が何よりも楽しみな時間になり、図書室そのものが特別な空間となっていた。
日々欠かさず図書室に通う私であったが、それ以上に図書室で時間を費やしていた同級生がいる。
その人物こそ、先ほど名前が挙がった神部君だった。
同じクラスの神部君は、私が図書室に訪れると、いつも先に窓際の席で本を読んでいた姿を今でもよく覚えている。
彼もまた図書室に居場所を求めていた一人だった。
中学3年の春。
クラスの一部から嫌がらせを受けていた神部君はいつも一人でいた。
事の発端は、朝の読書活動中に起きた盗難事件にある。
クラスメートの持参した本が次々に盗難被害に合い、後にすべての本が神部君のロッカーや机から見つかったのだ。
その一件から誰もが神部君との関わりを避けていたが、仲間外れにされても飄々としている彼の態度はむしろその状況を快く受け入れていたようにも思えた。
それが余計癪に障ったのか、エスカレートするいじめの状況を、周囲も傍観するだけだったのも今思えば異常に思う。
受験シーズンという大事な時期で、誰もが自分のことしか考えていなかったのが一因にあったのかもしれない。
表面上はいつも通りの学校生活を送っていたクラスメートたちだったが、季節が涼しくなるに連れてピリつく教室の雰囲気を感じると、皆が志望の高校に合格するために裏で必死に努力しているのだと悟った。
神部君はきっと、受験のストレスから捌け口にされていたんだと思う。
半年が経過しても状況は相変わらずのままで、やがて神部君は教室にも来なくなってしまった。
担任教師にきいてみると、特別教室で授業を受けているときき、少し羨ましいと思ってしまう自分がいた。
やがて季節は秋を迎えると、イベントを催す役員に選ばれた私は、企画会議で未来の計画書と題したプリントをつくって提案した。
将来に不安があるクラスメートたちに、少しでもモチベーションに繋がるような想像をしてもらいたくて捻り出したアイデアだった。
皆が思い思いに未来をより良くするための計画を紙に書いて提出する中で、神部君だけはいつまでたっても用紙を出してくれず、結局未提出のまま放課後に。
やがてしびれを切らした役員たちは、いつまでも待てないと腹を据えかえてタイムカプセルを持って教室を出て行ってしまった。
教室には私だけが残り、一人で待つことを余儀なくされたが、いくら待てども特別教室から用紙が回収される気配はない。
仕方なく特別教室に足を運んだが、此処でも神部君の姿は見当たらず。
待ちぼうけをくらった私を知らずして未提出のまま帰ってしまったのだと思った。
経過した時間を考えると他の役員たちに追いつける距離でもなかったため、私は校門前で皆の帰りを待つことにした。
……企画を提案した自分が言うのも難だが、神部君の提出を待つことにより、行かずに済んだことを心の底では安堵している自分がいた。
なぜなら、神社の手前には急勾配の大階段が待ち構え、百段の段差を越えなければ本殿に辿りつかないからだ。
他の役員たちには申し訳ないが、私の願いも代理参拝で清められるのならそれに越したことはない。
不覚にもラッキーと思ってしまった自分を律するべく、皆を労うために自販機で飲み物を買いに昇降口に向かう。
するとそこで、想定外のことが起きた。
神部君がどこからか帰ってきて、昇降口で上履きに履き変えている姿を見つけたのだ。
手に例の計画書が握られているのに気付き、神部君に話しかけてみると神社に参拝してきたというので詳しい理由を聞く。
その内容に、神仏を信じきれていない私は感銘を受けるばかりだった。
「代理参拝してもらうより、自ら神様のもとに出向いて祈願しないと効力が足りないと思ったから」
軽い気持ちで行った企画だったが、ここまで真剣に取り組んでくれる人がいるとは思ってもいなかった。
こんなに真面目に参加してくれた人が他にいただろうか。
役員たちでさえ、佐藤君以外は代理参拝に行く直前になると、やれ行きたくないだ、面倒などとぼやいていたのに。
神部君がそこまでの労力を要するような、切実な願いがあったのかと、計画書の内容が随分と気になった。
神部君の境遇を鑑みると、願いよりも呪いに近い祈りを捧げていたのでは……そんな勘ぐった思考にさえ陥ってしまう。
伏せられたままの用紙が私のもとに預けられると、見たい衝動に駆られる。
本人を目の前に中身をのぞくのは失礼だとわかっていても、それでも気になりだすと止まらない性分の私は、恐る恐る神部君にきいた。
「まさか、悪いこと書いてないよね……?」
「どうしてそんなこと訊くの?」
「だって、内容によってはバチがあたるかも知れないし」
「さっき役員の人たちとすれ違ったよ。でも、同行してない人にそんなこと言われたくないな」
「それとこれとは話は別だろ。だって、君は……」
いじめられているから。
その言葉を口にしてしまう手前、神部君の傷ついた顔が目に浮かんで押し黙った。
私の異変に神部君が何かを察すると、静かに口を開いた。
「バチがあたったらそれまでさ。願いに代償は付き物だから。でもね、たとえどんな願いでも邪念は濾されて純粋な雫になって必ず届くと思ってる」
突然意味のわからない理屈を述べられて困惑したが、神部君の達観した表情が言葉に妙な深みを持たせた。
己の意志が揺らぎ、このままではいけないような気がして、その後私は突き動かされるようにして本殿に向かったのを覚えている。
その道すがら、役員たちに遭遇すると神部君から預かった未来の計画書は、結局中身を見ることなくタイムカプセルへと収めたのであった。
神部君が残した言葉の意味は、卒業文集にも掲載されている。
※
( ■■■中学校 2019年度 卒業文集より 神部君の作文「未来」から一部を抜粋)
タイムカプセルに入れた計画書を、私は絶対に叶えられると信じている。
信仰とは、多くの人に望まれるものが集約し、浄化されて必ず叶うものだと私は昔から思っている。
もっとも、邪念が濾されて天から落ちてきた願いに、私が気付けるかはわからない。
現実は、全てが自分の思い通りにいくとは限らないから。
それでも私は、結果は恐れるものではないと思っている。
邪念が濾された状態とは、様々な私利私欲を取っ払った本質部分を指す。
その本質こそ見失わなければ、たとえ自分が思い描いた形とはズレて願いが現実に返ってきたとしても、私はそれを受けとめて前に進んでゆけると思う。
※
卒業時に配布された卒業文集を参考に、私は今になって神部君の作り出した持論が腑に落ちていた。
というのも、その後に起きた出来事で一気に信憑性を帯びたからだ。
記憶は引き金となり、その後に起きた不思議な出来事に違和感を抱いていたのを思い出す。
あれから、クラスを取り巻く環境は大きく変化していた。
神部君をいじめていた加害者たちが11月中旬から学校に来なくなったのだ。
生徒から質問責めにされるも、その理由は教師の口から最後まで語られることはなかった。
教室では様々な憶測が立てられていたが、その中でも有力な情報として信じられていた説があった。
噂を振り撒いたのはクラスメートの高野君だ。
『いじめを誰かが告発して加害者たちは自粛している最中に事件を起こした』と話す彼の話を周りは疑いもせず、すぐに鵜呑みにしていたのには訳がある。
当時高野君は、SNSで神部君をいじめていた加害者のうちの一人の鍵アカウントをフォローして繋がっていたため、タイムライン上で会話が閲覧できたそうだ。
その会話内容からして、事件性を疑うしかなかったと高野君は話していた。
※
(加害者のSNSアカウントよりメッセージを抜粋)
みなみ@yuna.xoxo
どっか遊びにいきたい~ん
2019年11月16日 16:40
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
出かけられないとかざけんな?もう無視してどっかいこ?
2019年11月22日 15:45
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
聞き取り調査とかだるいって
2019年11月23日 18:53
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@hiro_k
電話シカトしちゃえば?笑
2019年11月23日 18:55
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@hiro_k
ヒロおめでと~!ホントは直で言いたかったよ
2019年11月26日 0:00
みなみ@yuna.xoxo
またかよ
2019年11月26日 18:00
みなみ@yuna.xoxo
この日なにしてたとかマジしつこかったし受験勉強ばっかりじゃボケ
2019年11月26日 18:34
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05 @koji_0116 他2人
なにきかれたー?
2019年11月26日 18:49
みなみ@yuna.xoxo
ヒロセどしたの、なんでずっと無視?
2019年11月26日 18:57
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
いや知らんしわからん
2019年11月26日 19:05
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@koji_0116
なんか知ってる?
2019年11月27日 19:20
みなみ@yuna.xoxo
LINEずっと既読つかんのだけど
2019年11月30日 09:00
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@nakata05
うそでしょ、、
2019年12月04日 11:02
みなみ@yuna.xoxo
返信先:@koji_0116
ニュースで実名流れるとかないよね?
2019年12月04日 13:11
みなみ@yuna.xoxo
色々ヤバい、、これって何かのばち??
2019年12月06日 09:09
(返信先は鍵アカウントの都合上閲覧不可 投稿は2019年12月6日以降途絶えている)
※
加害者連中がいなくなったおかげでクラスに平穏が戻ると、神部君が教室に通うようになったのをなによりも喜んでいたのはこの私だと思う。
一方で佐藤君は、戻って来た神部君を脅威のように扱っては影で怯えていた。
いや、佐藤君だけではない。
他の生徒たちも起きた出来事を、そのまま偶然として受け止めきれずにいたのだ。
そして私も、神部君への疑念が沸き上がると、余計に彼が望み描いた未来の計画書が気になっていた。
一体何を書いて、何を願っていたのだろう。
記憶を辿る中で、いつしかの自分の好奇心が甦る。
過去を辿るも、結局解決の糸口は見つからず1ヶ月が経過。クラス同窓会を迎えた2月5日……思いもよらぬ事態が巻き起こる。
当日は午後から始まる同窓会のため、午前から予定が詰まっていて忙しい。
集合時間よりも少し早めに出ると、様子を伺いに佐藤君の自宅に立ち寄るが既に家を出ているとの連絡を受けた。
『そんな早くにどうしたんだ』と返信をすると『濾過の作業中』との意味のわからない文面が送られてきた。
同窓会の準備でコーヒーでも淹れてるのかと思っていたが、クラス同窓会を行う予定の多目的ホールに佐藤君の姿はない。
あれこれ探し回り、やっとの思いで佐藤君を見つけた先は図書室だった。
なにやらコピー機の前を陣取り、周辺には紙が散らばっている。
傍らには、タイムカプセルと紙の束が置かれているので、奇行のような行動の意味も私には瞬時に理解できた。
「解決策を見つけたんだ。これを見てくれよ」
入室した私に気付くなり、佐藤君が今までに刷った産物を床から拾い上げて次々に見せてくる。
とある1枚の計画書を10回刷ったといい、10枚の用紙を流して見てみると、裏移りの文字が一文字ずつ消えていることに気づいた。
「不思議だろう?」
「これ、どういうこと?」
「偶然見つけたんだよ」
そう言うと、まだ印刷されていない紙の束に佐藤君が目を向けた。
伏せられた紙の束には無数の付箋が貼られていて、上から下まで順序よく番号がメモされている。
てっきり、元の順番を崩さないためのメモかと思ったが、それは実際の作業を見せられて理解できた。
佐藤君が紙の束から一番上の用紙を取ると、付箋には「11」の数字を確認する。
裏移りしている用紙をセットし、設定を片面からあえて両面印刷に変えると、目の前には不可思議な現象が広がった。
それは、佐藤君が形容した『濾過』という言葉が最も近い表現といえるだろう。
両面印刷した用紙がコピー機から出てくる度に文字が一文字ずつ薄れて消えてゆく様は、フィルターで不純物を取り除いてゆく行為そのもの。
印刷するごとに着実に薄まってゆく文字に、佐藤君と私は顔を見合わせた。
「上に重なっていた用紙の枚数分に合わせて印刷すると、文字がきれいになくなるんだ。だからこれは12枚目の計画書ってこと。付箋のメモは印刷に必要な回数ってワケ」
「よく見つけたね、こんな方法」
「こんな不気味な文字、そのままにしておけないだろう?どうにかして消さないと……ってずっと模索してたんだ」
呟いた佐藤君の表情には、明るさが戻りかけていた。
なぜ、彼がここまで裏移りを消そうと躍起になっているのかわからなかったが、何かが秘められた用紙をこのままにしておけない気持ちは共通していたので、私も作業に参加する。
不穏な雲行きに一筋の光が差すと、作業する手も捗ったのか、一時間足らずで全ての用紙から痕跡を消し去ることに成功した。
伏せられた紙の束を入念にチェックしても、計画書の裏面は全てまっさらな状態を保てている。
あの現象は悪い幻だったのだと、お互いに言い聞かせては、紙の束を抱えたまま図書室を飛び出してホールまで走った。
戻るなり他の役員から非難を浴びた分、残りの作業は誰よりも勤しんで準備に取り組んだ。
手を動かしている方が余計な思案が浮かばなくて済む。
あの奇妙な現象を一刻も早く忘れ去るためにも、忙しなくしている方が私にとって都合が良かった。
そして、いよいよ「二十歳の集い」改め「十八歳の集い」の幕が開く。
クラス同窓会で母校を訪れたクラスメートは30名のうち24名。
雨天という悪天候の中、受験シーズンの忙しい合間を縫ってわざわざ来てくれた生徒もいたり、開催日を変更したわりにはよく集まった方だと思う。
タイムカプセルの開封式はやむを得ずカットになったので、受付を済ませたタイミングで手渡す段取りに変更された。
良い思い出を皆が持って帰れるように、様々なレクリエーションを用意し、クラス同窓会は予定どおり順調に進められてゆく。
クイズ大会やビンゴゲームではひたすらに盛り上がり、恩師からのメッセージ動画では皆が感慨に耽っていた。
会食の時間にはそれぞれが今までにどんな道を歩んでいたのか、計画書を話の種にしてそれぞれが語り合っていたので、企画自体やってみて良かったと実感する。
同窓会は成功に終わり、参加者が帰りの支度をはじめていると、役員の水野さんが紙袋を引き下げて教室に戻ってきた。
「これ、差し入れ。クラスのみんなに配って」
水野さんの粋な計らいに、周囲が歓声の声を上げる。「早く見せて」と急かす声に煽られながら、包装紙で包まれた箱を紙袋から取り出すと中身が開けられた。
上等な菓子折りが見送りの中で1人1個ずつ配られてゆき、ホールにいる全員に一通り配り終えると欠席者がいたにも関わらず……何故か余りがでなかった。
無事に終わった同窓会を、残された役員たちが互いに声を掛け合って労う。その中に佐藤君の姿がなぜか見当たらない。
役員の直井君から「トイレに行ったきり」と報告を受けたが、片付け作業に入っても佐藤君はホールに一向に戻ってこなかった。
心配する私を他所に、他の役員はそれどころか、姿を見せない佐藤君に対して「片付けが嫌で先に帰ったんだ」と言い張り憤っていた。
その晩にも、私は詳しい話を訊こうとグループLINEで連絡をしたのだが、いつになっても既読はつかず、返信はこないままだった。
理由もなく帰ってしまった佐藤君とは、それっきり梨の礫に。
頑張りすぎて熱でも出しているのだろう……と、募る不安から逃れるような理由を探し出しては自分に言い聞かせていた。
音沙汰のない佐藤君をようやく周囲も気にかけはじめたのは、それから3日後のこと。
同窓会後に機能していなかったグループLINEの中で、佐藤君と連絡がとれた者はいないかと各々が捜してまわっていたが、誰も連絡は無いと口を揃える。
すると、最後に佐藤君の姿を見かけたという水野さんから同窓会の裏で起きていた一部始終が明らかにされた。
※
(グループLINEより 実行役員とのトーク履歴)
保存日時:2023/02/08 22:30
2023/02/08 (水)
22:05 水野 もしかしたら何かトラブってたのかも
22:10 直井 トラブルってなに
22:11 水野 覚えてる?神部君って子。同窓会の日、実は来てくれてたんだよ
22:11 直井 あの神部が?
22:11 水野 なんか意外だよね。あんなこともあったし
22:12 武田 でもホールに神部君はこなかったよ
22:13 水野 それが、自分は中に入れないからせめて差し入れだけでもとか言ってすぐに帰っちゃったみたい
22:14 直井 あの差し入れはお前のじゃなかったんかい!
22:15 水野 あの時は言えなかったんだよ。神部君の名前出したら場の雰囲気が崩れるかなと思って
22:15 武田 それで神部君はいつ来ていたの
22:16 水野 お開きになる前。戻ってこない佐藤君が気になって廊下に出てみたら、トイレから戻った佐藤君が受付してた
22:16 直井 その受付相手が神部君だったってこと?
22:17 水野 うん。その時に佐藤君から間接的に差し入れを貰ったんだけど、神部君も佐藤君もホールに中々入ってこないからまた様子を見に行ってみたら、なんか揉めてた
22:17 直井 どうして
22:19 水野 さぁ?直接本人に聞いてみないとわからないよ。次に様子を見にいった時には佐藤君の姿がなくなってて、あまった欠席者の計画書と出席の確認名簿だけが受付に残されてた
22:20 直井 意味不だな
22:20 武田 本当に神部君だったの?見間違いじゃなくて?
22:21 直井 それな。受付にあった欠席者の計画書、今俺が預かってるけど神部君の名前があるぞ
22:23 水野 受付にあった名簿にチェックマークが入ってたから見間違いじゃないよ。渡しそびれただけじゃない?
22:24 武田 ちなみにですけど、渡せてない用紙はあとで郵送お願いします
22:24 水野 [スタンプ]
22:25 直井 了解でーす
※
神部君が何の思いを抱えて来たのか、佐藤君から事情を知ろうにも、連絡がつかないまま更に一週間が経過。
相変わらずの状況に、流石におかしいと思ったので佐藤君の実家に電話をかけてみる。
しかし、呼び出し音が鳴るだけで一向に出る気配のない電話に不安が募る。
定期的にかけること5回目。電話は夜になってようやく繋がった。
※
(2023/02/15 20:02 佐藤君宅との通話録音音声 書き起こし)
「あぁ、武田君!ごめんね。履歴見て驚いたわよ。ずっとかけてくれてたのね」
「すみません、あの、今ってお忙しいですか?できれば佐藤君とお話したいんですけど」
「あぁ、それなら今はちょっと厳しいわね。あの子ね、今日入院が決まったのよ」
「えっ?入院ですか……?」
「そうなのよ。持病が悪化したから緊急入院になってね、本人は入院に後ろ向きだったから説得するのに時間がかかって。ほらあれよ、インなんとかってやつ」
「インフォームドコンセントですか」
「そう、それよ。もうあの子ったら変でね、搬送先がきまった途端に嫌だって叫び出したのよ。まぁ本人を説得できて■■病院に入院が決まったのは良かったんだけど、まだ問題が残っていて」
「大変、そうですね……」
「そうなのよ〜。それでね、問題は荷物が届けられないことなの。看護師さんから言われたのよ。家族は病棟に入れませんって。なかなか融通も効かなくてね」
「あぁ……それじゃあ、僕が変わりに届けましょうか?」
「えっ?そんな、悪いわよ~」
「大丈夫ですよ。■■病院ですよね?病棟と部屋番号は?」
「えっと、3階西病棟の2号室だけど……本当に頼んでもいいのかしら?」
「はい。こちらもずっと心配していたので」
「そう?じゃあお願いしちゃおうかしら。今から荷物を届けるから待っててちょうだい」
※
通話を終えると、待っている間に佐藤君の入院先の病院を検索欄に打ち込む。すると地図とはまた別に、サジェストに関連するワードが現れた。
ピンポイントのワードに、まるで私のこれからの行動が見透かされているようで……少し怖くなった。
『■■病院 ■■■中学 西病棟2号室』
サジェストに現れた学校名は私の母校に該当する。
検索のトップにヒットしたサイトにとぶと、誰かのブログサイトに繋がった。
※
(Amebaブログ「スピ女子のミラクルな日常」より)
大学入学共通テストまであと少し…!
2023-01-05 19:24
いよいよ迫ってまいりました。
勉強も追い込みに入って1日に10時間は机にかじりついています…が、時には息抜きも大事。
ってなワケで、つい先日初詣を兼ねて受験の合格祈願に近所の氏神様まで行ってきました!
■■■中学の裏手にある神社なのですが、知る人ぞ知る穴場パワースポットなんです。
ただしご利益を頂けるまでの道のりが大変で階段が修行みたいに辛い…(汗)
まぁ穴場というのは、道のりのハードルの高さから参拝客が少ないって意味で私が勝手に言っているんですけどね!
本殿前には絵馬が何枚もぶら下がっていたのでちょっとびっくり。
しかも同じことが書いてあったので興味深かったです。
(写真削除済み)
「●●が■■病院の西病棟2号室に現在入院しています。どうかお力添えください」
まさか抜け出してここまで納めにやって来たとかじゃないですよね。
ご家族の方でしょうか?
それぞれの絵馬に入院されている方の名前が書かれてあるんですけど、同じ病室の人同士で誰かに代参でもお願いしたのかな?
でも日付にばらつきがあるから違うかも?
とにかく早く良くなればいいですね。
私も絵馬を納めて帰ってきたのでご利益パワーでこのまま突っ走りたいと思います!
この記事についたコメント(3件)
●haru
信じる者は救われるといいます。祈願のご利益があるといいですね!受験勉強ファイトです!
2023/01/05 21:15
haruさんへの返信 >>
ですよね!何事も信じてからでないと前向きにはいきませんよね!励みになります!
2023/01/06 19:22
●まい
病室の場所知ってます!何年か前に親戚の見舞いに行った時に入りました。
でも、ここは確か個室だったはず……?
2023/01/05 23:00
まいさんへの返信 >>
個室?ということは患者が入れ替わってたんですかね?
偶然にも同じ神社にお参りしていたのでしょうか?
日付から予想するに約1ヶ月の間でかなりハイペースな入れ替わりだと思いますが、祈願が無事成就して退院されたんですかね。
だとしたら氏神様はものすごいパワースポットかも知れないです!
2023/01/06 19:25
●切り餅
はじめまして、コメント失礼します。
絵馬の裏側は見ましたか?
これ、代参にしてはおかしいと思います。筆跡があまりにも似ているので。
2023/02/05 01:02
切り餅さんへの返信 >>
コメントありがとうございます!
確かに!と思ってこの前行ってみました。世の中には人のために尽くせる善人な方がいらっしゃるんですね。写真は最新記事に掲載しました!
2023/02/12 19:19
※
(Amebaブログ「スピ女子のミラクルな日常」より)
1月5日追記記事
2023-02-12 19:12
非公開または削除されました。
※
もしかしたら、佐藤君はこのサイトを閲覧したから入院拒否をしたのかもしれない。
暫くして家の前に一台の車が駐車されて中から母親が出てきた。
私を見て安堵した表情を浮かべる佐藤君の母親から荷物を受けとると、念のためにと入院先の病院と病棟の部屋の番号が記載されたメモを渡される。
西病棟は循環器疾患を扱う病棟だと説明され、嫌な胸騒ぎを覚えた私は、それから自転車を飛ばすように漕いで病院まで向かう。
受付を済ませて病棟に移動すると、やけに多い注意喚起の張り紙が付いてまわった。
それは病院の入り口からエントランス、エレベーターの中、病棟の入り口とありとあらゆる所に貼られていて、警告というよりもはや洗脳のように掲示されていた。
※
(■■病院 張り紙の概要より抜粋)
ご来院の皆様へ
当院でカスタマーハラスメントが多数発生しております。
解決しがたい要求を繰り返し、職員の業務に支障をきたす行為はご遠慮願います。
詳しくは以下をご参照ください。
(QRコード省略) ■■病院 基本方針 (PDF:120.60KB)
※当院ではWi-Fiが使用できません。
予めご了承の上、ご一読をお願いいたします。
※
見舞いの許可が中々下りなかったので、待っている間の手持ち無沙汰な時間をそこらにあった張り紙からQRコードを読み込んで時間を潰した。
※
(PDFファイル 「■■病院 基本方針」より一部抜粋)
カスタマーハラスメント対策として、ご来院いただいた皆さまには当院の対応をご理解いただけるよう以下の内容を提示しております。
【入院時の対応について】
ペイシェントハラスメントに該当する行為が認められた場合は、以下のとおり対応するものとする。
1.一人で対応せずに必ず複数人で対応する。
2.情報共有するため、必ず記録を作成し、報告する。
3.悪質な行為がみられた場合、ただちに警察に通報するとともに、必要に応じて診療の拒否、退去要求、出入り禁止等の措置を講ずる。
附則
この基本方針は、令和4年12月15日から施行する。
※
院内で対策が組まれる程、よほどの何かがあったのだろう。
私は資料を最後まで読み終えると、とても他人事のようには思えず、今の精神状態なら自分もやりかねない……と、心理的なブレーキをかけられた状態に陥ったことで逆に平静を保てていた。
本当は本人の姿を一目でも見て安心したかったが、看護師から「今は会えない」と告げられると、これ以上無理強いはできず、大人しく引き下がるしかなかった。
病室手前のナースステーションで待機命令が出されると『コウノ』というネームプレートを下げた看護師がやって来て荷物だけが要求される。
目の前で看護師らが荷物の中身をチェックすると、お菓子やドリンクが私の元に返却されてはお叱りの言葉を受けていたのは理不尽にもこの私だった。
腹いせで代わりに食べてやろうとお菓子の袋に一度は手をかけたが、寸前に袋の裏側が視界にとまり、途端にそんな邪心も失せてしまった。
『2.15 誕生日おめでとう』
包装紙の裏にメッセージが添えられてあるのを見て、今日が佐藤君の18歳の誕生日だと気付かされる。
お菓子はせめてもの誕生日祝いで差し入れされたものだと分かり、あまりの気の毒さに同情心が芽生える程だった。
そんな中、確認が終わった荷物が部屋へと運ばれる様子を眺めていると、看護師が手に何かを持って再び戻ってきた。
また怒られると気構えていたが、渡されたものは私の予想と反していた。
「荷物に紛れていましたけど、これって入院に必要なものですか?」
そう言われながら渡されたものは、一枚の茶封筒だった。
家族でもない私に答える義理はなかったが、封書に神部君の名前と、速達の赤文字が記載されてあり、同窓会の帰りにうっかり持ち帰ってしまったのだと悟る。
欠席者の用紙は、後に実行役員が郵送するものと決められていて、本来は佐藤君が請け負う役のはずだった。
恐らく佐藤君は神部君の用紙だけを持ち帰ってしまい、郵送準備の途中で入院が決まると投函できぬまま搬送されてしまったのだろう。
……しかし、そう思うにしてもある矛盾点が私の中で説明をつかなくさせた。
グループLINEでの直井君の発言を思い出したからだ。
受付の机上に残された欠席者の計画書には、神部君の名前があったと直井君は話していた上に、実物も彼が預かっている。
計画書でないとしたら……佐藤君は何を急いで送ろうとしていたのか、私にはわからなかった。
行き違いのミスを防ぐため、役員の直井君に念のため確認用のLINEを送る。
思考を巡らしてもわからないのだったら、見て確かめる他にない。
佐藤君の思考に少しでも近づくために、私は病院を出ると神社を目指した。
先ほど閲覧したブログにあった削除済みの写真に佐藤君の行動原理があるような気がしたからだ。
ほぼ直感頼りの行動だったが、今は動いていないと気が収まらないくらい心の中がざわめいていた。
ある程度の時間を要して目的地に到着すと、タイミング良くスマホから通知音が鳴ったので自転車を停めてLINEを立ち上げる。
※
(LINEより 実行役員直井君とのトーク履歴)
保存日時:2023/02/15 21:50
2023/02/15(日)
21:10 武田 おつかれさま。頼んでいた郵送の件なんだけど、欠席者の計画書ってまだ手元にある?
21:41 直井 あるよ
21:42 武田 そこに神部君の計画書はある?
21:42 直井 あるよ。前にも言わなかったっけ?
21:42 武田 心配だったから、ちょっと確認したくて
21:42 直井 まだ手元に6枚残ってる。でもこれ、本当に郵送しないといけない?
21:43 武田 もしかして作業がめんどくさくなった?
21:43 直井 そういう訳じゃない。でも迷ってる
21:43 武田 他の5人は白紙だからいいとして、神部君の計画書は届けないといけないよ
21:43 直井 でも、これは破棄した方が良いかと
21:44 武田 真剣に参拝するほど大事な何かを未来に託していた訳だし、個人のものをぞんざいには扱えないでしょ
21:45 直井 捨てるのが駄目ならこれはもうお焚き上げするしかないよ
21:45 武田 なんて書いてあるの
21:46 直井 シャレにならないこと。あと白紙の紙なんて一枚もないけど
21:47 武田 どういうこと?
21:48 直井 計画書のタイトルに全部同じ文字(?)が埋められてあるから
※
深刻さが窺える返信に、事態がのみこめず頭が混乱しては嫌な想像が膨らむ。
まだ何かが送られてきそうな気がして、黙って連絡を待つ……すると、相手から動画つきのメールが送られてきた。
『これ、誰かのいたずらか?』
一言だけ添えられたメールのファイル。再生すると、伏せられたまま重なる計画書を上から順番に提示される。
計画書は5枚とも当時神部君をいじめていた加害者たちのものだと聞かされたが、連中は白紙で提出していたので、表にはなにも書かれていないはずだと指摘しようとする寸前、嫌な予感がした。
私は、あの時5人の用紙の表だけ確認を怠っていたからだ。
目視で裏面に何もない以上、もともと白紙で提出していたのだから、表側を注視していなかったのが間違いであったと今更ながら気付かされる。
紙をめくると、表にはタイトルの冒頭の一文字が空欄に抜粋されて『君が君になるまでの計画書』と題された文字が。
複写する度にタイトルの文面は横に大きくズレていたので、とある一文字が正常な位置からかけ離れ、タイトル空欄の枠内にまで達すると、今度は表に裏抜けをひきおこしていたのだ。
※
(2023/02/15 21:55 直井君から送られた動画ファイルより スクリーンショット抜粋)
1枚目

2枚目

3枚目

4枚目

5枚目

※
浮かび上がった文字は、文章を作り出しているようで、意味はよくわからない。
けれど、神部君をいじめる加害者5人に共通して同じ文章が浮かび上がっている事実に、なんとも言い難い不気味さを残した。
「でさ、もう一枚の紙なんだけど……」
動画はまだ終わってくれず、画面に一枚の紙が映し出される。
白紙の用紙は裏移りを免れた最後の1枚なのだろう。
恐怖の感情がとうに興味を越えていた私は、もうこれ以上深入りしたくないと、一時停止のボタンを反射的に押していた。
その一枚が神部君のものであることはわかっていたからだ。
だからこそ、用紙を見るのが、怖い。
あんなに、興味をそそられていたはずなのに、神部君の計画書が今になって恐ろしくなっていた。
実は、クラス同窓会を行うにあたって事前に恩師からのメッセージ映像を撮影するために、当時3年のクラスを受け持っていた教師と会っていた。
その撮影の最中に加害者たちの欠席理由を、私は教師から聞き出していたのだ。
最初は渋りはしたものの、もう時効だろうと呟くと5人全員の事情が教師から明かされた内容は、編集前のビデオデータに収められている。
※
(2022/12/09 18:30 「恩師からのメッセージ」.mp4 動画ファイルより 書き起こし)
「お願いします」
「そんな改まるなよ。わかったから。……匿名で生徒はわからなかったが、うちのクラスでいじめが起きているって内容の手紙が教卓の中に入っていたんだよ。いじめの実態が詳細に書かれていて、加害者5人の名前も記載されていた。
これは反省させるしかないと思って、その5人には3週間の謹慎期間を設けて自宅に留まるように命令していたんだ。
謹慎中は絶対に外出するなと釘を打って、彼らの位置情報は常にスマホで監視していたんだが、予想に反してあいつらはちゃんと言いつけを守っていて感心したよ。電話で確認をとっても受験勉強を大人しくしてるって答えてた。でも日ごとに我慢ならなくなったのか、謹慎中に5人のうち2人がルールを破ってな。11月26日に一人が外出したところをスマホで確認したんだ。でも目的地からずっと動かないままで様子がおかしかったから、家族に連絡を入れてみたら……病院に搬送されてたんだよ」
「それって……何が原因で?」
「事故や怪我じゃなかった」
「あぁ。じゃあ今流行りの……」
「家族が言うにはインフルエンザだって聞いたな。こじらせて肺炎になっていたらしい。色々な検査の末に医者から診断されたって言ってたよ。それから10日後にもう一人もインフルで入院したって聞いた時は耳を疑ったけどな」
「つまり5人中2人は本当の病欠だった、と」
「不運だよな。入院がえらい長引いて受験にも出られなかったんだから」
「そうだったんですか……それで、他の3人は?」
「それがよくわからないんだよ。謹慎明けに無断欠席が続いて、電話で事情を訊いたら学校にいきたくないの一点張りで。ただ、似たようなことを言っていたのは覚えてる。自分がウイルス扱いされたくないとか、魔女狩りにされるのが恐いとか」
「でも、3人はインフルにかかってなかったんですよね?」
「ああ、それなのにずっと登校拒否し続けてな……3人とも精神的に不安定に思えた。仲間の入院がきっかけだったのかわからないが、それから各々が志望していた高校に受験したんだが、思うような結果を出せなくてな……3人とも落ち込んでいたよ。勿論、先生は生徒のことを想っていたし応援していたさ。でも、こればかりは何らかのバチが……それぞれに当たったのかもしれないな」
※
加害者たちの不幸を知るも、偶然にしては妙だと思った私は……ふと、神部君が残した言葉が頭を過った。
『たとえどんな願いでも、邪念は濾されて純粋な雫になって届くと思ってる』
私は、一連の出来事がずっと続いているような気がしてならなかった。
なぜなら今回の同窓会で、加害者の全員が欠席していたからだ。
中学卒業後は、彼らが今何をしてどう生きているのかを知る同級生はおらず、頼みの綱は加害者のSNSを知る高野君しかいなかった。
気になった私は同窓会の最中に、更新がずっと途絶えていたSNSについて訊ねてみたのだが、高野君は「フォローを外したからわからない」と言い、現状は不明のままで終わっていた。
得体の知れない不安感が増してゆき、私は佐藤君の容態が今どうなっているのか、急に不安に駆られて病院に連絡を入れた。
相手は面会謝絶。友達だと名乗れば問い合わせ時間外だったため、ナースステーションまですぐには繋いでもらえなかった。
※
(2023/02/15 22:20 ■■病院との通話録音音声 書き起こし)
「急ぎなんです……お願いします」
「当病院では現在、カスタマーハラスメントへの対策を強化しています。院内にも掲示されてありますので、確認のもと今後はご協力をお願いいたします。時間外ですが、今回は例外で対応させていただきます」
「ありがとうございます」
「では、お繋ぎするので今暫くお待ちください」
(保留音)
「あまり長くは話せませんので」
事前に通話時間が設けられると、オルゴールの保留音が鳴り響く。
数秒後、途切れたかと思えばしばらくの沈黙が続き、遠くから声が聞こえ始める。
低くしゃがれた声に、電話越しの声が本人かを疑った。
「もしもし?」
「……」
「入院したって聞いて驚いたよ。大丈夫……じゃないよね。連絡もつかないから心配してたんだよ」
「……」
「もしもし?佐藤君、聞こえる?」
「……あたったんだ」
「えっ?」
「……バチが、あたったんだ」
電話口から聞こえる小さな声。ゼェ、ゼェと続く荒い息遣いに、喋るのも必死なくらい容態が悪いことが窺えた。
「バチがあたったんだ……バチがあたったんだ」
うわ言のように繰り返される言葉と怯えた声色。姿は見えずとも尋常ではない精神状態の佐藤君が目に浮かび、正気に戻そうと相手の名前を呼び続けた。
平静を取り戻したのか、ようやく静かになった佐藤君に何があったのかと問いただす。
すると沈黙の末、佐藤君が話を始めた。
「代参に行った日、喘息のせいで階段を登れなかったんだ……みんなも面倒くさがって、誰も本殿まで行ってくれなくて……でも、僕はどうしても叶えたかったから」
ゴホッ、ゴホッという咳と乱れた息が聞こえる。私は黙って耳を傾け続けた。
「神部君は神社に行ってたから、あの用紙に書けば何かが変わるかも知れないと思って……つい魔が差して、君が神社に行ってる隙に、神部君の計画書を消して……上書きしたんだ」
「えっ?じゃあ、佐藤君の計画書は2枚あるの?」
「そう。念のために神部君の氏名だけは残しておいて後で二枚とも回収するつもりだった。同窓会にどうせこないと思ってたから……」
「でも本人が来たから、計画が狂ったんだね」
「いや、狂ってたのはもっと前からだよ……タイムカプセルに僕と神部君の計画書を二枚重ねて入れたんだ。神部君の名前を残した一枚を、隠すようにして一番底に入れたのを覚えてる……でも、3年後に掘り返してみたら、なぜか底の紙だけが一番上になってた」
「それって、どういうこと?」
「わからない。記憶違いも疑ったけど、複写した計画書を受付で見返した時にそうじゃないって気がついたんだ。表の面にトナーが侵食してる紙が5枚みつかって、それだけが残って、事の全容がわかった気がして……もう神部君に謝るしかないと思って……でも本人からもう遅いって言われて……!」
「待って、佐藤君落ち着いて。同窓会で神部君と会ったんだよね?ゆっくりでいいから順を追って教えてほしい」
「少し話しただけさ。出席者の人数を確認しに来たとか言って名簿を要求されて……それを見て、笑ってた」
「笑ってた?」
「うん……それから、僕の方も見て笑ってた」
「……佐藤君、教えてほしい。神部君の計画書には元々何が書かれてあったの」
「そんなの、覚えてないよ。すぐに消して上書きしたんだから」
「なんでもいいから思い出せない?」
「あっ、でも……」
「でも?」
「……タイトルの空欄に『自由』って言葉が、書いてあった、気が……する」
咳がしばらく続き、徐々に激しさが増す。すると、電話越しにノイズ混じりに低い声が響く。
「タイムリミットです」
※
何者かの声が混線して割り込んだかのように思えたが、次の瞬間遮断するかのように電話が切られる。
その声は、看護師でも佐藤君の声でもなかった。
まだまだ話したいことは山ほどあるというのに、苦しむ佐藤君を前にして思うように会話運びができなかった後悔が胸にしこりを残す。
家族から託された誕生日の祝福メッセージなんて、とてもじゃないが私には伝える勇気が出なかった。
状況的にとても祝える雰囲気でなかったのだから、こればかりは仕方がない。
言葉を慎んだ代わりに、後に盛大に祝ってやろうと考えながら1日も早い佐藤君の退院を願うしかなかった。
そして切迫している佐藤君の様子から、プライバシーなどを気にしている場合ではないと思った私は、手元の封書を開けて中身を取り出しにかかる。
封書の中にある紙が佐藤君の話した通りであれば、本来は神部君の計画が書かれていたはずの用紙だ。
案の定計画書は消されて白紙だったが、添付してある別の紙に、とあるメッセージが書き残されてあった。
以下の内容は、佐藤君が書いたと思わしき手紙の全文である。
※
拝啓
この苦しみから解放してくださるよう、神様に取り次いでもらいたく手紙をお送りました。
ごめんなさい。
貴方に最初に嫌がらせをしたのは私です。
過去にいじめをうけた同級生と同じクラスになってしまい、再び標的にされるのが怖かったから貴方にわざと仕向けました。
今さら謝るのは遅いと重々承知の上ですが、これ以上助かる方法が見つからないのです。
計画書の内容は消してしまいましたが、用紙はお返しするので、どうかお許しください。
敬具
令和五年 二月十五日
佐藤■■
■■■■■様
※
謝罪と懇願のメッセージは、ミミズが這ったような走り書きの文字で書かれており、体調が優れない中で必死に書いたと思われる筆跡が生々しさを残していた。
同封された用紙によって、佐藤君の言葉に信憑性が増すと、私はスマホから動画を起動させた。
佐藤君が神部君の計画書に上書きしていたのなら、動画に映る用紙は本来の佐藤君のものだと推測できる。
そこに書かれている内容を学生時代に見て知っている以上、もう臆する理由はないと思い立ち、再び再生ボタンを押す。
「でさ、もう一枚の紙なんだけど……この内容って佐藤君のだよな?斜め後ろの席から見えてたからなんとなく覚えてるんだけど……おかしな箇所があるんだよ」
タイトルの空欄を埋めていたのは、記憶にあった通り『健康』という二文字。
しかし、見せられた用紙には私の想定を遥かに越えたものが映し出されていた。
「トナーの汚れが、紙の表に滲み出てたんだ。昨日まではなかったのに……」
目に飛び込んできたそれは、佐藤君の書いた文字に覆い被さるようにして裏面からトナーが侵食してできたものだった。
あの5人の計画書と同じように。
しかし、タイトルの一文字が裏抜きして浮き出ている訳ではなく、似て非なる部分があった。
文字は他の五枚と同じく、君という漢字だけが裏抜けして空欄に当てはまっている。
問題は、その文字が別の文字として認識できるほどに異変を生じていることにある。
それはまるで神部君の願いに作用するかの如く、君の一文字が断層構造のように三重に大きくぶれていた。
ぶれた文字はそれぞれに独立し、三種類のカタカナにバラしたかのようにはっきりと文字が読めた。
佐藤君の未来の計画書──。
空欄に書かれていた『健康』の文字に上書きされた言葉を通して読む。
そこに『自由』の意味を指す正体を知り……一連の流れが神部君の企みのように思えて戦慄が走る。
※
(2023/02/15 21:55 直井君から送られた動画ファイルよりスクリーンショット抜粋)
6枚目

「君がコロナになるまでの計画書って書かれてあるように見えるんだけど、見間違いじゃないよなぁ……?」
※
直井君の震えた声を最後に、動画は終了した。
願いの意味が判ってしまい、嫌な予感が頭を過る。
夜の神社は薄気味悪かったが、本殿までのぼり例の絵馬を探して確認してみたところ、裏側の全てに佐藤君の名前が書かれていた。
ここまで来れるはずのない佐藤君の名前を見た瞬間、絵馬に託した願いの意味も、代理参拝を逆手に取って悪用した人物が誰なのかもすぐに検討はついた。
佐藤君の容態を今すぐ確認しに行きたかったが、私が行ったところで何もできないことはわかっていた。
私に残されたできることはただ一つ。
今すぐにでも封書を神部君の元へ送り届ける……それだけだった。
それからというもの、速達で送った封書が神部君の元に届いたことすら不明のまま数ヶ月が経過。
肝心の佐藤君とは、あの日の電話を最後に連絡はついていない。
現状を知りたくても同級生たちも誰一人として会っていないと聞かされたので、病院をあたるしかなかった。
しかし、病院も今では身内の証明がないと病棟にも入れなくなっていた。
苦肉の策で病棟で会った看護師の名前を検索するも、何一つヒットせずもうコンタクトの取りようがなかった。
佐藤君の実家に訪ねる手もあったが、同窓会以降は何かと忙しく、就職で地元を離れてしまったため確認はできていない。何より……直接訊く勇気も出なかった。
繋がっているのか、はたまた既に切れているのかも分からぬ縁を私は諦めきれず、度々神社に赴いては神様に事態の収束を祈願すること2年。
2025年を迎えた1月。
個人の主催で行われた二十歳を記念する同窓会に参加した時の話である。
アクリルのパーテーションで区切られた居酒屋で粛々と祝っていると、慣れない酒で酔い潰れた同級生の中に高野君がいた。
ふいに彼からスマホを渡され、SNSが映る画面を見せられる。
「そういえば、前の同窓会で訊かれたアカウント覚えてる?フォローし直したんだけど、新しく更新されててさ、いつか話題にしようと思ってとっておいてたんだよね」
※
(加害者のSNSアカウントよりメッセージを抜粋)
みなみ@yuna.xoxo
娘の母親です。
3年間の闘病生活の末、娘が12月6日9時9分に他界いたしました。
生前親しくしていただいた方々には心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
2022年12月06日 22:01
みなみ@yuna.xoxo
アカウントにつきましては考え中でしたが、一旦このままにしておこうと思います。
娘が亡くなってから度重なるご不幸のお知らせが届いておりますため、不安を抱えた方の支えになれればと思った次第です。
何かありましたら、いつでもこちらまでご相談ください。
2023年1月04日 23:44
(2025年1月時点 アカウント削除確認済み)
※
同級生の訃報に、頭の整理が追いつかなかった。
「これ、冗談じゃなくて?」
「そう思ったよ。それでね、冷やか……じゃなくて、同情のつもりでDM送ってみたんだ」
※
(高野君のSNSアカウントより ダイレクトメッセージ履歴)
●高野 2023/01/05 13:00
ご無沙汰しております。
生前仲良くしていただいた高野です。
この度はお悔やみ申し上げます。
●みなみ 2023/01/05 13:20
その節は、大変お世話になりました。忙しい業務以外にプライベートでも親身にしてくださったことに、たいへん感謝しております。娘もさぞ励まされたことでしょう。
この場を借りてお礼申し上げます。
●高野 2023/01/05 13:27
とんでもないです。娘さんのためでしたので。それより、この先何かと大変だと思いますのでお身体ご自愛ください。
●みなみ 2023/01/05 13:31
お気遣いいただきありがとうございます。看護師の方々が抱く無念には及びません。
未だに眠れぬ日々が続いているのはお互い様かと思います。
発症からちょうど3年。命日は誕生の時間と重なった時でした。複雑な思いで迎えた12月6日でしたが、娘が天国でお友達と再会できればと心から祈っております。
今になって思えば、仲が良い5人でしたから娘が他の3人も呼んでしまったのでしょうか。
●高野 2023/01/05 13:34
娘さんを責めないであげてください。
こればかりは運命としか言いようがありませんし。
●みなみ 2023/01/05 13:40
運命ですか。娘も似たようなことを言っていました。
二年前に亡くしたお友達も2号室で息を引き取ったそうなので。
娘は神様に早く呼ばれてしまったのかもしれませんね。
※
「誰かと勘違いしてるっぽい返信が最初にきてさ、まぁ変に好かれて仕方なく上っ面の関係続けてただけだし。慈善活動みたいなもんだと思って、否定せずにそれっぽく会話続けてたら意外な情報が飛び出してきてさ。びっくりしたろ?」
SNSは回し読みされ、同窓会は通夜のような雰囲気になるかと思ったが、全くの逆だった。
酒が理性のブレーキを緩ませたからかもしれない。
「ザマーみろだよな。ずっと思ってたんだよ。アイツらなんて早くいなくなればいいのにって」
「マジで?だったら仲間じゃん。私なんて南さんのブランド私物自慢ウザすぎて関係ないことまで計画書に書いてたわ。なんか金に困ること起きろって」
「ほんとに?実は私も。あの計画書にもこっそり書いてたんだよね。廣瀬さんと志望高が被ってたから」
「……実は僕も。ずっと目障りだったし、同窓会で再会したくないから似たようなこと書いてた」
「あたしも!あの時は同調圧力で言えなかったけど、今なら言える。群れてイキがってるだけでマジで嫌いだった」
悪口で盛り上がる周囲をそっちのけに、私はスマホで検索エンジンに名前を打ち出しにかかった。
どうやら加害者の母親は、高野君をある看護師と勘違いしていたようだが、私にはなんとなくその理由がわかっていた。
なぜなら、私自身が同じ間違いを過去にしていたからだ。
佐藤君のために病棟まで伺った日、ネームプレートに『コウノ』と書かれた看護師から対応を受けていた。
身近に同じ呼び方をする同級生がいたのも訳あって、先入観から「コウノ」を「高野」と勝手に変換して、私は以前に名前を検索にかけていたのだ。
期待値を上げて再びヒットしないかと、検索欄に「河野」という漢字と病院名を組み合わせて打ち込む。
すると同一人物と思われるFacebookが見つかり、プロフィールに個人のウェブサイトが貼られていたのでリンクを踏んだ。
過去から遡って閲覧してゆくと、そこである事実を知ることとなる。
※
(個人ブログサイトより「明日をもっと良い日に」から一部記事を抜粋)
私を呼ばないで
2022-12-12 10:22
西病棟に若い男の子が入院してきた。
ため口で馴れ馴れしい上に最初からナンパしてきた問題児。一応既婚者だっつの。
ナースコールもしつこくてウンザリ。ここはキャバクラじゃありません。
私を呼ばないで2
2022-12-16 10:25
上に報告してちょっとは大人しくなったかと思ったら逆に悪化している(怒)
とくに夜間。しつこすぎ。
いたずらにしても度が過ぎている。
ナースコールで呼ばれて行ってみたら「呼んでない」としらばっくれるばかり。
悪びれる様子もなく「そんなに会いたかった?」と茶化すだけの問題児。勘弁してほしい。
私を呼ばないで3
2022-12-18 10:19
夜のナースコールが日を追うごとにひどくなっている。
ノイローゼになりそうと看護師たちも限界寸前。
夜勤を担当した後輩の話ではナースコールは深夜だけで20回あったと聞き絶句。
「呼びましたか」と聞いたら相手もおうむ返しを繰り返すいたずらの内容に呆れています。
これはいつ終わるんでしょうか。呼びたいのは警察ですよ。
これで何度目か
2022-12-25 10:17
新しい患者さんが弟の同級生だったので本人に知らせてみたところ、また代理参拝に行ってくれたようです。相変わらず優しいね。
患者さんのご家族にお伝えしたら、とても喜んでおいででした。お礼のお言葉は本人に伝えておきました。
新年
2023-01-01 16:20
あけましておめでとうございます…とも言えない状況です。
例の部屋にまた患者が入り、ナースの間では既に悲観されていて気の毒に思っています。
今が楽しい時期なのに、何処にも行けず新年に家族と過ごせない辛さは共感しかない。
何事もなく退院できればいいけれど。
これから夜勤頑張ります。
想いよ届け
2023-02-16 15:58
昨夜は不思議なことが起きた。
患者さんの荷物から出てきた封筒を代わりに受理しようとしたら、本人からまさかの拒否。
「届くまでにもう間に合わないから」と言って諦める様子は、死期を悟った今までの患者さんの顔と重なって見えて、私自身も諦めてしまい何もできなかった。
「私だったら、速達よりも早く今日中に届けられます」くらい気を利かせて言ってあげれば良かったと今さらながら後悔。
思うだけでは伝わらないのだから、後悔するくらいならやっておくべきですよね。ちょっとの行動で結果を覆せることもあるだろうから。
ドタバタの夜勤が終わって家に帰ると、一方では「届いた」と喜びの声をあげる弟の姿が。
喜びようからして恐らく、大学試験の自己採点で合格点に到達しているのを確信したんだと思います。
患者さんには申し訳ないけど、今日はケーキとお寿司でお祝いするかな。
個人的なご報告
2024-11-22 19:00
同居していた義理の母が基礎疾患があったので、別居状態が長く続いたのがいけなかったのでしょうね。
夫ともギクシャクしてしまい、とうとう河野から神部に戻ってしまいました。
よりにもよっていい夫婦の日にですよ。皮肉なものです。
まぁ、職業上の理由で一緒に過ごせる時間が元から少なかったせいもあったのかな。
これから独り身。強く生きていかないと。
※
河野さんの旧姓が判明し、脳裏で過ったのはあの夜に目撃した代理参拝の絵馬たちだった。
調べれば調べれるほど嫌な予感が増してゆき、火照った体からは冷や汗が流れ出る。
その時、同級生の言葉が私に追い討ちをかけた。
「結局、俺たちコロナでやりたいことは叶えられなかったけど、アイツらがいなくなったことだけは共通して叶えられたな」
……それからのことは、あまり覚えていない。
慣れない酒で悪酔いに陥っていた私は、急な気持ち悪さからトイレに駆け込むと、悪化するよりも先に店を出たからであった。
否……本当は悪酔いではなく、人の奥底に隠れた本性をいっぺんに目の当たりにしたからだと思う。
いなくなった加害者たちの悪口大会に成り代わっていた同窓会は、ある意味忘れられない集まりとなったが……その後舞い込んだ偶然が今日の出来事を上書きにする。
それは、店をあとにした帰り道のこと。
帰省中の人で賑わう地元の駅に向かうと、近くで神部君とよく似た人物に出くわしたのだ。
またとない偶然を幸運に思った。だが私にはもう声をかけることはできなかった。
マスク姿に自信がなかったのも理由にある。
しかしそれ以上に、かかりすぎた再会までの時間が私を諦めの境地に至らしめていた。
声をかけたところで抱えた疑問が晴れることはないだろうし、全てはあとの祭りだと考えるようになっていた私にとって、もう神部君は会う意義のない人だと見切っていたのだ。
後になってみれば、自分の行動を悔やむ気持ちが僅かに浮かんだので、やはり話しておくべきだったと思っている。……それでも以前よりも明るい彼の雰囲気から、自ずと知れたものがあった。
神部君が何をもってして『自由』を得たいと夢みていたのか……その理由を。
計画書が白紙になってしまった以上、その内容を知るのは本人だけだ。私には知る由もない。
しかし、佐藤君が唯一覚えていた『自由』という言葉を通して垣間見えたものがある。
同じ年にうまれたから。
たったそれだけの理由で、狭い空間に押し込められる理不尽から逃れては、いつも一人になれる空間を求めていた私にとって神部君は、他者を通して自分を見つめる鏡のような存在だった。
それは、計画書にも色濃く反映されている。
用紙に記述した内容の中に、社会人になって息詰まった空間から早く解放されたい……と、神部君と同じような願いを、私は神様に祈願していた。
こんな私だからこそ、彼の気持ちは手に取るように推し量れた。
それはきっと、パンデミックという世間の大きな変化と相反して、自分らしさを手に入れた彼自身が生きづらさから解放されたからだと思っている。
孤独を許容する社会こそが「自由」を願った彼の未来として現代に実現してしまったのではないだろうか。
信仰とは、多くの人に望まれるものが集約し、浄化されて必ず叶うものだ、と神部君は文集で書き残していた。
それを踏まえると、起きた一連の事象は私を含めたクラスメートたちの秘めた想いまでもが集約されて「念写」という現象に現れたのではないだろうか。
どれも推測に過ぎないが、私は自身を納得させるために、落としどころを見つけようと考えた末にこのような結論に至った。
それでも、今でも解明されていない現実に残された矛盾点が存在する。
※
(某新聞より 2020年1月17日掲載記事から一部抜粋)
「新型肺炎 国内で初確認」
中国の湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の患者が、日本国内で初めて確認された。
患者は武漢滞在中に発熱した後、空港の検疫のチェックをすり抜けて日本に帰国。感染の確認を要するのに9日間かかっていた。
※
2020年1月16日、日本で初めて新型肺炎の感染が確認されたが、それより2ヶ月も前から加害者らは肺炎を発症していた。もし仮にインフルでないと前提したら、渡航歴のない2人の感染源は説明がつかない。
私は思った。
この状況下で納得を得られなければならない相手がいたとしたら、自分だったらどうするか、と。
認識されない目に見えぬ脅威を受け入れてもらうには、時には真実を曲げることも必要なのではないか、と。
切迫した状況なら尚のことだ。だが、曲げた真実は二度と元には戻せない。
……だとしたら、自粛を強いられていた加害者らの感染源は不明のまま闇へと葬られてしまったのではないだろうか。
当時の厚労省は週に一度、都道府県が日々公表する感染者数や死亡者数といった感染状況についてまとめて公表していた。
加害者の一人が発症から一年後に死亡を遂げた日付は、11月26日から12月2日の一週間に該当しデータが集計されている。
これは憶測だが、集計された週とリンクして裏付けるような記事を私は見つけていた。
※
(某新聞より 2020年12月4日掲載夕刊記事から一部抜粋)
「コロナ感染 10代で初の死亡者」
厚生労働省は4日、新型コロナウイルスに感染した10代女性が死亡したことを国内発生動向集計で明らかにした。国内で10代の死亡は初。女性の年齢や居住地、基礎疾患の有無などは非公表。
※
(某新聞より 2020年12月5日掲載朝刊記事から一部抜粋)
「厚生省が謝罪 集計ミスか」
4日に発表した集計では、新たに10代女性1人が死亡していたと記載していた。
しかし、その後厚労省が確認したところ、該当する都道府県に10代女性の感染者はいたがコロナウイルスで死亡しておらず、容体を誤って入力していたことが分かった。
集計結果は委託業者のミスの可能性が高いと明らかにし、同省担当者は謝罪した。
※
あの計画書を見てから、私は活字の読み取りが少し苦手になってしまった。
意図せず現れるとある漢字に心理的なストレスを誘発した私は、活字に対して一種の恐怖症のような拒絶反応を引き起こすようになってしまい、読むという習慣を生活から排除したのが要因だった。
あれだけ好きだった読書も今では苦行の一環に過ぎず『君』という漢字を見かけるとフラッシュバックが起きてしまう。
漢字はカタカナが重なっているようにしか見えなくなってしまい、まともに文字が見られぬ日々が今でも続いている。
何かの代償が招いた要因とも考えられたが、私はそれを信じたくなかった。
それでも事の重大さに気付いてしまった以上、企画考案者である私の背中には背負いきれない責任という重みがのしかかり、罪悪感で心が埋め尽くされるばかりだ。
成就からうまれた代償の重みは、感染者が増える度に増してゆき、ゆくゆくは罪の意識から私自身もどうにかなってしまうのでは……そう不安視しては重圧で押し潰されそうになる日々を送っている。
その気持ちは、ウイルスが第二類から第五類感染症へと移行し、事態が収束しつつある今も変わっていない。
故にこのような始末書を記録した理由も、誰かと共有することで重荷を少しでも軽くする為だった。
そして何より、読んだ暁にこじつけだと……考えすぎだと笑ってくれる人を探す目的があった。
神部君の計画書の真意は、本人以外は誰も知り得ないのだから、見出だした見解に真相など存在しない。
だからこそ、一人でも多くの読み手に否定されることで私自身を救うきっかけを私はずっと求めている。
だからどうか、独りよがりな私の見解を笑ってやってほしい。
計画書と時代の重なりに必然性を覚えては、畏怖の念を抱いている、私のことを──。
