伯爵令嬢になった世界では大切な人に囲まれ毎日が輝く1

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 ここ最近、書庫に来るときは授業の課題の調べ物をしたりテスト勉強にばかり利用していたため、なかなか純粋な気持ちで読書をすることができていなかった。そしてそれらが落ち着いた今日、久しぶりに読書したいと思ったのだ。

 朝食の後、いまいち感情の読めないフレッドが気になりながらも「書庫に行ってくるね」と声を掛けた。もちろん初めはフレッドも一緒にと誘ったが、今日はやるべき仕事が溜まっているらしく断られてしまった。

 書庫内はフレッドのお気に入りの場所であり、丁寧に手入れや掃除をしているから埃一つすら漂っていない。

 今日はどんな本を読もうか。ゆっくりと本棚を見て回ると、フレッドがいつも読んでいる書物が集められている本棚の辺りも通り掛かるが、どれも背表紙のタイトルからして難しいモノばかり。

 一応アンリは学園に通って日々授業を受けているし、フレッドよりも一つ年上だ。それでもフレッドの方が断然頭が良いし、時々アンリの勉強の面倒を見てくれることもある。その証拠に先日のテスト、無事に乗り越えることができたのはフレッドが勉強の面倒を見てくれたからだ。
 それはもちろんフレッドの地頭が良いという要因もあるのだろうが、それ以上に彼自身が努力している姿をアンリは見ている。

 しばらく悩んだ後、ようやく一冊の本に決めた。本当ならこの国の歴史や文化を学べる本を読んで、少しでも知識を吸収するべきなのかもしれないが、やっぱり自分がお話の主人公として知らない世界を疑似体験できる小説が大好きだ。
 窓から入る陽に照らされた席に着くと本の世界にしばらくの間、旅立つ。

 どれくらいの時間、本の世界に居たのだろう。時計に視線を移すと二時間が過ぎていた。
 一度にキリの良いところまで読み進めた為、体はガチガチだ。休憩がてら、少し散歩でもしようかとアンリは立ち上がる。

 書庫を出ると特に目的も考えずに歩き回る。
 一階に降りて厨房に入るとルエはなにやらお菓子を作っているようで真剣な眼差しを向けていたが、アンリの顔を見ると表情を微かに緩める。

「ごめんね、邪魔しちゃったかな」
「いえ、そんなことは。あ、何か紅茶でも淹れましょうか?」
「ううん、今は大丈夫だよ。ありがとう。それよりそれ、何作ってるの?」
「実はシーズさんが新鮮なリンゴをもらってきたので、それでアップルパイでも作ろうかなと思って、今は生地を作ってるところです」
「アップルパイ?えー、聞くだけで絶対に美味しいやつだ。楽しみにしてるね」
 
 忙しそうなルエをいつまでも引き留めるわけにいかないと、手を振るとルエも遠慮がちに手を振り返す。そんなアンリとルエの様子をパントリーから見ていたシーズは微笑ましそうに笑っていた。

 その後も外で洗濯物を干しているメイドの手伝いをしてみたり、庭園にある温室で植物と触れ合ってみたり、厩舎でのんびりと水を飲む馬を眺めたり…。
 そんな風に過ごしていると、時間はあっという間に過ぎていく。

 そろそろ本の続きでも読もうか、そんな気持ちが芽生え、書庫に向かって歩いていると、お父様達の書斎の扉が少しだけ開いていて中から話し声が聞こえる。

「本当にこのままで良いの?」

 どうやらお母様が誰かと話しているらしい。本当は立ち聞きなんて無礼な真似をするつもりなんてなかったし、すぐに通り過ぎるつもりだったが、お母様の声のトーンがいつもと違う気がして足を止めてしまう。

「来年になれば、貴方も爵位を継げるようになるのよ?」
「私は…」

 お母様の声の次に聞こえたのはフレッドの声だ。
 でもどうしてか、それ以上は勝手に聞いてはいけない気がして早足に書庫に向かっていた。

 二人のそれまでの会話を聞いていたわけじゃない。だからどんな話の流れなのかなんて分からない。けどお母様は確かにフレッドに「爵位を継げる」と言っていた。一体何の話だったのだろう…。

 その後、お母様はもちろんのこと、フレッドもまるで何もなかったかのようにいつも通り過ごしていた。そんな姿にアンリも何も聞くことができなかった。

 だが、この時なにも聞かなかったことをすぐに後悔することになるなんて、その時のアンリは思ってもみなかった。