伯爵令嬢になった世界では大切な人に囲まれ毎日が輝く1

 そこは雲のようなフワフワとした床、そしてどこからともなく流れる滝が目立つ空間。そんな空間に青白い顔をした沢木暗璃は立っていた。

「こんにちは、沢木暗璃さん」

 暗璃の名を呼び微笑む人物は白に近いブロンド色のふんわりとした髪、シンメトリーの目鼻立ち、透明感のある肌。それらも含めて雰囲気が人間離れしている。

「あらら、混乱しているわね。まぁそうよね、いきなりこんな場所に連れてこられたんだもの。突然ごめんなさいね」
「貴方は…」

 今にも消えてしまいそうな小さな暗璃の疑問を目の前の人物は聞き逃さない。

「私は、そうね。これでも一応、女神なの」
「女神…?そんなすごい人が私に何の用ですか…」
「あまり話を遠回しにしても意味もないから言ってしまうけれど、貴方、死んでしまったの」
「え…?」

 ようやく驚きの表情を浮かべた暗璃は戸惑いつつも、内心では突然の死を悲しむわけでもなく、気づかぬ間に訪れた死に喜びの感情すら抱いていた。

「本当はね、私達が人間に直接干渉することはほとんど無いの。それでも私は貴方をずっと見ていた。幼い頃から両親や兄妹に笑いかけて欲しくて、褒めてもらいたくて頑張っていた姿。どこにいっても上手くいかない、上手く馴染めない。そして、毎晩声を押し殺して泣いていたこと」
「なんでそれを…」
「私達、女神や男神はそれぞれの担当する人間がこの世界で目を覚まして命尽きるまで見守っているの。そして貴方は私の担当。貴方は覚えてないだろうけど、貴方がこんなにも小さな赤子だった時、私と一度会っているのよ。人間は生まれる時、そうね、人間の世界ではくじ引き、カプセルトイって言えばわかるかしら。必ず自らの運を引いてから産まれるの。それを見守るのも私達の役目」
「運を引く…?」
「運は色々とあるのだけど、大きく言えば天運、地運、人運の三つ。天運は天から与えられる自分の努力ではどうにもできないことに関する運、地運は生まれ持った運命や環境に関する運、人運は感性や行動、自分の努力で引き寄せる運のことよ。人間、何か劣っていることがあっても、その分どこかで均等が取れているはずなの。だけど貴方の引いた結果は、言葉を選ばずに言うなら、全てが最低だった」

 女神は視線を宙に向けると十六年前のある日のことを思い返す。今、暗璃の立つ場所に現れた小さな赤ん坊。そんな赤ん坊が女神の持つ水晶に触れた途端露わになった、赤子の人生における運勢が書かれたステータス。天運、地運、人運は全て最低と言われるF。そしてその三つの運から派生される幸運、恋愛運、対人関係運、勝負運、健康運、それら全てがFと表現されていた。

「私はそんな貴方を自然と気にかけていた。だけど生きている人間に私達は手出しをできない。そういう決まりだから。だけど貴方は十六歳という若さで死んでしまった。だからね、魂が飛んでいってしまう前に私のところに連れて来たの」
「…どうして私は死んだんですか…」
「死んだ理由は聞かない方が良いわ。聞いたところで、良いことはないと思うから。それに話が長くなってしまったけど、貴方は今まで散々頑張って生きてきた。それは私が一番見てきたことよ。だからね、私からのご褒美をあげたいの。貴方を別の世界で生まれ変わらせてあげるわ」

 別の世界…。まるで夢みたいだ。人界とは思えない見知らぬ空間、そして暗璃に微笑んでいる女神と名乗る人物。
 それでも不思議とこれが夢ではなく現実で起きていることなのだというように、女神の言葉がスッと入ってくる。

「うーん、そうねぇ…、貴方は確か異世界モノの小説やアニメを好んで見ていたわよね。だから伯爵家のご令嬢に生まれ変わるなんてどう?貴方の生きていた地球とは別の世界線になるんだけど、そこの伯爵夫妻はね、とても優しくて清らかな人達なのよ」
「別の世界線って、地球とは違うんですか…?」
「だって地球でまた生まれ変わっても、前世と変わり映えしなくて退屈じゃない。それならいっそのこと、全く違う世界で第二の人生を楽しみましょうよ、ね?」

 どこからか分厚い本が現れると女神はパラパラと捲っていき、頭を悩ませる。

「年齢はそうねぇ、今と同じ方が混乱もなく過ごせるわよね。それから何か希望はあるかしら」
「いえ、特に…」
「何もないの?もぉ、こんな機会滅多にないんだから無茶振りしてくれてもいいのに。でも分かったわ、今回は特別サービス。私がきちんと調整するわ。あ、もちろん貴方が突如現れたら周りの人がびっくりしてしまうと思うから、貴方は元々この世界で生活していたように調整しておくわ。それと目が覚めた時、私とここで会話した記憶はなくなってしまうと思うのだけど、貴方とこうして直接話すことができてよかったわ」

 暗璃は顔色を変えずに静かに俯く。そんな暗璃に女神は持っていた本から手を離すとゆっくりと暗璃に近づき、暗璃の肩に優しく手を置く。

「暗離、貴方は今までよく頑張って生きてきたわ。それはさっきも言った通り私が認めてあげる。そして今までのこともあって人を信用すること、人を頼ること、人に甘えることが苦手なのも分かるわ。でもね、もう大丈夫。きっと次に目を覚ました時、貴方の世界は輝くわ。最後に女神の祝福を貴方に…」