いつもの休み時間以上にごった返す廊下は、あちこちで生徒たちが互いの卒業アルバムにメッセージを書いたり、写真を撮り合ったりしていた。
ホウセンカは突然、俺を呼び出してどうしたんだろう。
そんな希望に満ち溢れた雑踏の中を淡々とかき分けて進むホウセンカの大きな背中は、どんどん進んでいく。
そして、いつもこっそり俺が昼飯を食べている屋上階に続く階段を登り始めた。
「えっ、ちょっと、そこって立ち入り禁止じゃ……」
昼飯をずっと食ってた、俺が言えたことではないが。
入り口にかけられた虎柄のロープには、「立入禁止」とラミネート加工された赤字の紙がついていたが、先生はそんなものに目もくれず、くぐり抜けていく。
「ねぇ、屋上に入っちゃっていいの?
校則違反じゃないの?ホウセンカ!」
ホウセンカは扉の前でポケットからジャラジャラと鍵の束を取り出す。
その中から一つを見つけ、鍵穴にさして回し、扉が開ける。
ホウセンカは俺の質問に答える余裕もないまま、持ってきた傘を一本手渡した。
ホウセンカはそのまま、自分の分をさすなりどんどん屋上の中央へ進んでいく。
当たり前だが屋上は普段、生徒の立ち入りは禁じられている。
先ほどとんでもなく大きな雷鳴を聞いた割には、穏やかに吹いた風でゆらめく霧に近い雨が、頬を濡らす。
どこか心が踊るような、なにか悪いことをしているそんな気がした。
ピシャ
上履きのまま屋上に足を踏み入れた時、そこから波紋ができるほど、うっすらと水が張っていた。
慌てて傘をさす準備をする。
「なぁ、こんなことしちゃっていいの?ホウセンカ」
「ああ、高校の最後くらい、ここに来てもいいだろう」
ホウセンカは屋上の中心で立ち止まり、振り向いた。
そして、ホウセンカは雨音でかき消されぬよう、声を張って言う。
「コブシ……いや、小松拳!!!」
ホウセンカはいつも強面で無愛想だ。
しかし、今は傘の下で影になってもわかるほど、優しい穏やかな笑みを浮かべていた。
「……卒業、おめでとう」
「……何だよ急に改まって
なんか気持ちわりーよ!」
こちらも負けじと、声を張って言い返す。
俺は声が届くよう、ホウセンカの近くに駆け寄る。
「お前さ、高校卒業して工学系の大学に行くんだよな?
その後は何になりてぇんだ?もう一回言ってみろよ!」
「そんなん、前にも言ったろ?
この三重県一番いや、世界一の発明家になるんだよ!」
傘を叩く音さえしないほどの柔らかな雨はしっとりと傘を濡らし、雨粒を滴らせる。
「なんでなるんだよ、発明家なんかに」
挑発するような言い方に、少し腹が立った。
いつもの先生なら、そんなこと言うはずがないのに。
俺は萎縮せず、はっきりと言い放つ。
「だから、じいちゃんを超えるスゲー発明家になるためだよ……何度も言わせんな!」
「それだけじゃねぇだろ?発明家になる理由」
「……あぁ、そうさ
俺は、自分のその発明で少しでも多くの人を守る
一人でも多くの人を守る、そう決めた」
その様子を見て笑いを堪えていたのか、ホウセンカは吹き出した。
そして、なんだか嬉しそうに言った。
「ハッハッハッ……さすがだな!」
「何だよ!何で笑うんだよ!バカにしてんのか!?」
「いいと思うぜ
お前ならやれるぞ、その夢」
真っ向から言われると、なんか照れる。
今日のホウセンカはいつもの感じじゃなくて、ちょっとキザだ。
照れ隠しでつい、反抗してしまった。
「何だよ急に!なんかキモいぜ」
「キモいって言うことはねぇだろ?
コブシ、ちょっとこっちこい」
「今度は何だよ」
傘がぶつかるほどの距離に俺が歩み寄る。
ホウセンカは、右人差し指を空に差した。
それは雨の中、曇り空からぼんやりと顔をのぞかせている筒状の巨大建造物に向いていた。
「なあコブシ、あれ見えるか?」
「あれが『トリプル』連絡通路だ
その特徴は、宇宙リニアモーターカーと呼ばれているように『高速の鉄道で、月と地球を往復できる』ことだ」
「急になんだよ、そんなことさっき作ってた見学会のしおりにもかいてあることじゃんか
何が言いたいんだよ」
ホウセンカはまたもや、俺の質問無視した。
そして、今度は俺が持っている卒業証書の筒を右の人指で指し、『トリプル』連絡通路に例えて説明を続けた。
「月とこの地球とをつなぐあの筒状の連絡通路は宇宙空間に浮いている
この卒業証書の筒に例えると、中は特殊な水で満たされてるすげえ計画だ」
教員免許を持っているとはいえ、構造に詳しすぎる。
「なんで、そんなこと知ってんだよ
なあ、結局何が言いたいのか、とっとと言ってくれよ
まどろっこしいぜ」
「つまりはなコブシ、よく聞けよ」
ホウセンカはこれまで、普段の授業のように説明していたが、急に落ち着いた様子で話し始める。
「そのすげえ計画を実現させた技術を担当していたのは、実はお前のじいちゃんだったんだよ」
「えっ……なんだって?
今、じいちゃんが作ったって言ったか?
この『トリプル』計画をか?」
突然で話が入ってこない。
動揺する俺の気を取り戻させるように、いつも通りまっすぐこちらをみてホウセンカは言う。
「ああ、そういうことだ
だから、お前は超えるべき壁はそんな素晴らしい発明家のじいさんってわけだ」
突然突きつけられた、初めての事実と大きすぎる超えるべき壁をのみこめない。
ホウセンカは向こうに見える建造物やら筒やらを指していた右手で、急に俺の肩をつかんだ。
その力は寄り添うような優しさを感じた。
「そして、よく聞いてくれ」
「なんだよ、急に……」
「二◯三◯年四月一日、あの『トリプル』連絡通路で何かが起きる
だから、お前に『トリプル』計画を壊して欲しいんだ」
「……なんだって?なんで、そんなこと」
雨降る立ち入り禁止の屋上で、先生から言い放たれた。
落下防止の柵の向こうには、天に伸びる透明なトンネルが見える。
「そうじゃないと、全て手遅れになる
何が起きるかは俺にはわからないが、大きな計画が動いていることはわかる
これまで大切にしてたものをもう失いたくないだろう」
「なぜ、俺に……?そんな、出来っこねぇよ」
最初は、ホウセンカが冗談で言ってるのかと思った。
でも、その曇りなくこちらに訴えかけてくる眼差しを見て、本当なのだと知る。
「まだ高校生のお前に、こんな重荷を背負わせてすまない
でも、お前にしかできないんだ」
突然、手に持っていた傘を閉じ、雨に打たれ始めた。
「なぜならお前は、あのサンゾウさんの孫だからな」
上履きが水で染みているのを忘れるほど、俺は動揺が隠せない。
不思議とミストのような雨粒が先生を弾いているように見えるほど、気が動転していた。
「ホウセンカ……俺のじいちゃんは『小松タロウ』だぞ?誰かと勘違いしているんじゃねぇか?」
「いや、普段は『小松タロウ』と名乗っているが、本名は『小松サンゾウ』さんなんだ
そうか、コブシにも教えてはなかったのか……これまでのことも」
「そんな……これまでのことってなんだよ
ホウセンカ、教えてくれよ」
「……今はまだ言えないんだ
それに俺が知ってることも断片的だ
だから適当な情報は言えない
サンゾウさんは『全てコブシに残してきた』と言ってた
だからお前がサンゾウさんの過去を知ったら教えるよ」
「そんな……俺、何も聞いてないぞ
どうすりゃ良いんだ……」
サンゾウ。
そんな名前は、聞いたことがない。
そして、人には話せない秘密があることも。
俺は、これからあの『トリプル』の全てを壊さなくてはいけない。
そんな途方もないことを目の前にして、雨の冷たさを感じる。
戸惑いと迷いと、どこか高ぶる感情。
だから嫌なんだよ。
雨の日は。
ホウセンカは突然、俺を呼び出してどうしたんだろう。
そんな希望に満ち溢れた雑踏の中を淡々とかき分けて進むホウセンカの大きな背中は、どんどん進んでいく。
そして、いつもこっそり俺が昼飯を食べている屋上階に続く階段を登り始めた。
「えっ、ちょっと、そこって立ち入り禁止じゃ……」
昼飯をずっと食ってた、俺が言えたことではないが。
入り口にかけられた虎柄のロープには、「立入禁止」とラミネート加工された赤字の紙がついていたが、先生はそんなものに目もくれず、くぐり抜けていく。
「ねぇ、屋上に入っちゃっていいの?
校則違反じゃないの?ホウセンカ!」
ホウセンカは扉の前でポケットからジャラジャラと鍵の束を取り出す。
その中から一つを見つけ、鍵穴にさして回し、扉が開ける。
ホウセンカは俺の質問に答える余裕もないまま、持ってきた傘を一本手渡した。
ホウセンカはそのまま、自分の分をさすなりどんどん屋上の中央へ進んでいく。
当たり前だが屋上は普段、生徒の立ち入りは禁じられている。
先ほどとんでもなく大きな雷鳴を聞いた割には、穏やかに吹いた風でゆらめく霧に近い雨が、頬を濡らす。
どこか心が踊るような、なにか悪いことをしているそんな気がした。
ピシャ
上履きのまま屋上に足を踏み入れた時、そこから波紋ができるほど、うっすらと水が張っていた。
慌てて傘をさす準備をする。
「なぁ、こんなことしちゃっていいの?ホウセンカ」
「ああ、高校の最後くらい、ここに来てもいいだろう」
ホウセンカは屋上の中心で立ち止まり、振り向いた。
そして、ホウセンカは雨音でかき消されぬよう、声を張って言う。
「コブシ……いや、小松拳!!!」
ホウセンカはいつも強面で無愛想だ。
しかし、今は傘の下で影になってもわかるほど、優しい穏やかな笑みを浮かべていた。
「……卒業、おめでとう」
「……何だよ急に改まって
なんか気持ちわりーよ!」
こちらも負けじと、声を張って言い返す。
俺は声が届くよう、ホウセンカの近くに駆け寄る。
「お前さ、高校卒業して工学系の大学に行くんだよな?
その後は何になりてぇんだ?もう一回言ってみろよ!」
「そんなん、前にも言ったろ?
この三重県一番いや、世界一の発明家になるんだよ!」
傘を叩く音さえしないほどの柔らかな雨はしっとりと傘を濡らし、雨粒を滴らせる。
「なんでなるんだよ、発明家なんかに」
挑発するような言い方に、少し腹が立った。
いつもの先生なら、そんなこと言うはずがないのに。
俺は萎縮せず、はっきりと言い放つ。
「だから、じいちゃんを超えるスゲー発明家になるためだよ……何度も言わせんな!」
「それだけじゃねぇだろ?発明家になる理由」
「……あぁ、そうさ
俺は、自分のその発明で少しでも多くの人を守る
一人でも多くの人を守る、そう決めた」
その様子を見て笑いを堪えていたのか、ホウセンカは吹き出した。
そして、なんだか嬉しそうに言った。
「ハッハッハッ……さすがだな!」
「何だよ!何で笑うんだよ!バカにしてんのか!?」
「いいと思うぜ
お前ならやれるぞ、その夢」
真っ向から言われると、なんか照れる。
今日のホウセンカはいつもの感じじゃなくて、ちょっとキザだ。
照れ隠しでつい、反抗してしまった。
「何だよ急に!なんかキモいぜ」
「キモいって言うことはねぇだろ?
コブシ、ちょっとこっちこい」
「今度は何だよ」
傘がぶつかるほどの距離に俺が歩み寄る。
ホウセンカは、右人差し指を空に差した。
それは雨の中、曇り空からぼんやりと顔をのぞかせている筒状の巨大建造物に向いていた。
「なあコブシ、あれ見えるか?」
「あれが『トリプル』連絡通路だ
その特徴は、宇宙リニアモーターカーと呼ばれているように『高速の鉄道で、月と地球を往復できる』ことだ」
「急になんだよ、そんなことさっき作ってた見学会のしおりにもかいてあることじゃんか
何が言いたいんだよ」
ホウセンカはまたもや、俺の質問無視した。
そして、今度は俺が持っている卒業証書の筒を右の人指で指し、『トリプル』連絡通路に例えて説明を続けた。
「月とこの地球とをつなぐあの筒状の連絡通路は宇宙空間に浮いている
この卒業証書の筒に例えると、中は特殊な水で満たされてるすげえ計画だ」
教員免許を持っているとはいえ、構造に詳しすぎる。
「なんで、そんなこと知ってんだよ
なあ、結局何が言いたいのか、とっとと言ってくれよ
まどろっこしいぜ」
「つまりはなコブシ、よく聞けよ」
ホウセンカはこれまで、普段の授業のように説明していたが、急に落ち着いた様子で話し始める。
「そのすげえ計画を実現させた技術を担当していたのは、実はお前のじいちゃんだったんだよ」
「えっ……なんだって?
今、じいちゃんが作ったって言ったか?
この『トリプル』計画をか?」
突然で話が入ってこない。
動揺する俺の気を取り戻させるように、いつも通りまっすぐこちらをみてホウセンカは言う。
「ああ、そういうことだ
だから、お前は超えるべき壁はそんな素晴らしい発明家のじいさんってわけだ」
突然突きつけられた、初めての事実と大きすぎる超えるべき壁をのみこめない。
ホウセンカは向こうに見える建造物やら筒やらを指していた右手で、急に俺の肩をつかんだ。
その力は寄り添うような優しさを感じた。
「そして、よく聞いてくれ」
「なんだよ、急に……」
「二◯三◯年四月一日、あの『トリプル』連絡通路で何かが起きる
だから、お前に『トリプル』計画を壊して欲しいんだ」
「……なんだって?なんで、そんなこと」
雨降る立ち入り禁止の屋上で、先生から言い放たれた。
落下防止の柵の向こうには、天に伸びる透明なトンネルが見える。
「そうじゃないと、全て手遅れになる
何が起きるかは俺にはわからないが、大きな計画が動いていることはわかる
これまで大切にしてたものをもう失いたくないだろう」
「なぜ、俺に……?そんな、出来っこねぇよ」
最初は、ホウセンカが冗談で言ってるのかと思った。
でも、その曇りなくこちらに訴えかけてくる眼差しを見て、本当なのだと知る。
「まだ高校生のお前に、こんな重荷を背負わせてすまない
でも、お前にしかできないんだ」
突然、手に持っていた傘を閉じ、雨に打たれ始めた。
「なぜならお前は、あのサンゾウさんの孫だからな」
上履きが水で染みているのを忘れるほど、俺は動揺が隠せない。
不思議とミストのような雨粒が先生を弾いているように見えるほど、気が動転していた。
「ホウセンカ……俺のじいちゃんは『小松タロウ』だぞ?誰かと勘違いしているんじゃねぇか?」
「いや、普段は『小松タロウ』と名乗っているが、本名は『小松サンゾウ』さんなんだ
そうか、コブシにも教えてはなかったのか……これまでのことも」
「そんな……これまでのことってなんだよ
ホウセンカ、教えてくれよ」
「……今はまだ言えないんだ
それに俺が知ってることも断片的だ
だから適当な情報は言えない
サンゾウさんは『全てコブシに残してきた』と言ってた
だからお前がサンゾウさんの過去を知ったら教えるよ」
「そんな……俺、何も聞いてないぞ
どうすりゃ良いんだ……」
サンゾウ。
そんな名前は、聞いたことがない。
そして、人には話せない秘密があることも。
俺は、これからあの『トリプル』の全てを壊さなくてはいけない。
そんな途方もないことを目の前にして、雨の冷たさを感じる。
戸惑いと迷いと、どこか高ぶる感情。
だから嫌なんだよ。
雨の日は。

