取材ノート:10月28日 晴
それでも、この件が頭から離れなかった私は、戸宮梨花が親しくしていたという老人の居場所を訪ねることにした。
被害者である戸宮梨花について、もう少し知っておけば、何かがわかるかもしれない。
老婆の家のインターホンを推し、戸宮梨花の友人だが思い出話がしたくて、と嘘を吐くと、簡単に家に上げてくれた。
「あの子はいい子だったよねえ」
「ええ」
生前交流がなかったことがばれないだろうか、という不安はあったのだが、私が一尋ねると十の言葉が返ってくるほど老婆はお喋りで、その心配はなさそうだった。
「テレビで見たよ。本当、あんなおそろしい死に方をしていい子じゃなかったんだ。あたしが代ってあげたいくらいだ」
そういって涙ぐむ老婆に相槌を繰り返す。彼女の話を聞いていると、戸宮梨花はとにかく親切で、明るく、気が利く人であったらしい。それにくらべて今来てくれてる人は、と、訪問介護士への愚痴も聞く羽目になった。
これ以上いても、戸宮梨花を褒める言葉か愚痴しかきけそうにないな、と思った私が撤退を考え始めた時、どうせ答えは得られないだろうと思いながらも、
「……そういえば前に、このあたりで珍しい郷土料理があるって梨花が教えてくれたんです。姑獲鳥の肉団子っていうんですけど、何かご存じですか」
そう水を向けてみた。
てっきり、戸宮梨花の夫と同じく、そんなこと聞いたこともない、と無下にされると思ったのだが。
「ああ、懐かしいねえ。梨花ちゃんも誰に聞いたんだろ、そんなの。どっかのおばあちゃんかねえ」
「え、知ってるんですか?」
かなりあからさまに驚いてしまった。老婆はびっくりして私を見返してくる。動揺を見せてしまったのはまずかった、と思いながら、
「いえ、……姑獲鳥って、妖怪の名前でしょう。梨花とも、不思議な話だよね、そんなの食べれるわけないのに、って言ってたから、驚いてしまって。あの、……本当は何の肉なんですか?」
「あれは肉じゃなくて、芋なんだよ」
「芋?」
「そう。里芋だよ。でも、特別な、お寺さんで貰える芋のことだよ」
「そうなんですか」
思いもよらず答えがあっさりと得られてしまった。
私は前のめりになりすぎないように気を付けながら、
「里芋のことだったんですね。特別な芋団子なら、食べてみたいです」
「別に特別ってわけでもないよ。普通の芋団子」
「あの、もしかして、食べたことあるんですか?」
「あるよ、大昔にね。あたしは若いころ大病をしたんだ。それで、お寺さんから親が貰ってきて、姑獲鳥の肉を食べさせてもらったんだよ」
「どのお寺でもらったのか、覚えてますか?」
一瞬だけ、老婆の目に疑惑が宿った。さっきまで聞き手に徹していた私が、何故こんなに食い下がるのか、と思っているのだろう。私は目を伏せて、
「……梨花と最後にお茶したとき、その話をしたんです。どんな味がするんだろうね、本当にあるなら、食べてみたいね、なんて言ってたんです。だから、もしも本当に手に入るなら、これだったよ、って、お墓にお供えしてあげたいなって思って。もしもできるなら……」
「ああ、……そうかい」
納得した老婆は、寺の名前を教えてくれた。
「昔はそこから貰えたんだよ。でもまだ貰えるかはわかんないよ」
「はい、頼むだけ頼んでみます。教えてくれてありがとうございます」
「あたしはもう、膝も悪いもんで、梨花ちゃんのお墓参りにもいけやしない。私の分まで、お墓参り頼んだよ」
老婆はそういうと、しわしわの手で私の両手を包み込んだ。
「たくさん親切にしてくれてありがとうね、あたしはもう充分生きた、もうすぐそっちに行くから、って言っておくれ」
「……はい」
胸は痛まなかった。もう充分生きた、と胸を張って言える老婆のことが、羨ましいくらい眩しく見えた。
それでも、この件が頭から離れなかった私は、戸宮梨花が親しくしていたという老人の居場所を訪ねることにした。
被害者である戸宮梨花について、もう少し知っておけば、何かがわかるかもしれない。
老婆の家のインターホンを推し、戸宮梨花の友人だが思い出話がしたくて、と嘘を吐くと、簡単に家に上げてくれた。
「あの子はいい子だったよねえ」
「ええ」
生前交流がなかったことがばれないだろうか、という不安はあったのだが、私が一尋ねると十の言葉が返ってくるほど老婆はお喋りで、その心配はなさそうだった。
「テレビで見たよ。本当、あんなおそろしい死に方をしていい子じゃなかったんだ。あたしが代ってあげたいくらいだ」
そういって涙ぐむ老婆に相槌を繰り返す。彼女の話を聞いていると、戸宮梨花はとにかく親切で、明るく、気が利く人であったらしい。それにくらべて今来てくれてる人は、と、訪問介護士への愚痴も聞く羽目になった。
これ以上いても、戸宮梨花を褒める言葉か愚痴しかきけそうにないな、と思った私が撤退を考え始めた時、どうせ答えは得られないだろうと思いながらも、
「……そういえば前に、このあたりで珍しい郷土料理があるって梨花が教えてくれたんです。姑獲鳥の肉団子っていうんですけど、何かご存じですか」
そう水を向けてみた。
てっきり、戸宮梨花の夫と同じく、そんなこと聞いたこともない、と無下にされると思ったのだが。
「ああ、懐かしいねえ。梨花ちゃんも誰に聞いたんだろ、そんなの。どっかのおばあちゃんかねえ」
「え、知ってるんですか?」
かなりあからさまに驚いてしまった。老婆はびっくりして私を見返してくる。動揺を見せてしまったのはまずかった、と思いながら、
「いえ、……姑獲鳥って、妖怪の名前でしょう。梨花とも、不思議な話だよね、そんなの食べれるわけないのに、って言ってたから、驚いてしまって。あの、……本当は何の肉なんですか?」
「あれは肉じゃなくて、芋なんだよ」
「芋?」
「そう。里芋だよ。でも、特別な、お寺さんで貰える芋のことだよ」
「そうなんですか」
思いもよらず答えがあっさりと得られてしまった。
私は前のめりになりすぎないように気を付けながら、
「里芋のことだったんですね。特別な芋団子なら、食べてみたいです」
「別に特別ってわけでもないよ。普通の芋団子」
「あの、もしかして、食べたことあるんですか?」
「あるよ、大昔にね。あたしは若いころ大病をしたんだ。それで、お寺さんから親が貰ってきて、姑獲鳥の肉を食べさせてもらったんだよ」
「どのお寺でもらったのか、覚えてますか?」
一瞬だけ、老婆の目に疑惑が宿った。さっきまで聞き手に徹していた私が、何故こんなに食い下がるのか、と思っているのだろう。私は目を伏せて、
「……梨花と最後にお茶したとき、その話をしたんです。どんな味がするんだろうね、本当にあるなら、食べてみたいね、なんて言ってたんです。だから、もしも本当に手に入るなら、これだったよ、って、お墓にお供えしてあげたいなって思って。もしもできるなら……」
「ああ、……そうかい」
納得した老婆は、寺の名前を教えてくれた。
「昔はそこから貰えたんだよ。でもまだ貰えるかはわかんないよ」
「はい、頼むだけ頼んでみます。教えてくれてありがとうございます」
「あたしはもう、膝も悪いもんで、梨花ちゃんのお墓参りにもいけやしない。私の分まで、お墓参り頼んだよ」
老婆はそういうと、しわしわの手で私の両手を包み込んだ。
「たくさん親切にしてくれてありがとうね、あたしはもう充分生きた、もうすぐそっちに行くから、って言っておくれ」
「……はい」
胸は痛まなかった。もう充分生きた、と胸を張って言える老婆のことが、羨ましいくらい眩しく見えた。


