取材ノート:10月15日 晴
きっかけは、2020年の蘇ブームだった。
あれで、「昔の料理」に興味を持ったのだ。
蘇というのは古代の乳製品、現代でいえばチーズに相当し、製法は「ただひたすら牛乳を火にかけてかき混ぜ続ける」というシンプルなものだ。
流行り病のせいで誰もが外出を自粛していた時期だったから、家の中で完結して、特別な材料も技術も不要で、ただ根気だけが求められる古くて新しい体験に飛びつく物好きがいたのだ。私もその中の一人だ。
出来上がった蘇は確かに「これは古代の味だな」と信じるに足る素朴な味で、古代の力のようなものをそのまま自分のうちに取り込んだかのような、自分が物語の住人になったかのような、特別な高揚感があった。
先月、私は事情があって会社をやめた。
残りの人生は、フリーのライターとして過ごそう。
そのことだけは決めていたものの、題材は未定だった。
さて、何を書いたものか、と考え込んだ時に思いだしたのが、古代料理への好奇心だった。
また話題になっているレシピなどないだろうか、と思い、SNSで検索をしたところ、見つけたのが以下のポストである。
@lets-315-dan
この人、野菜だけ使ったレシピを色々投稿してくれたてからたまに見てたんだけど、最新の投稿が肉団子。
突然どうした? 代々伝わる昔のレシピって言ってるけど……。ビーガンだと思ってたからびっくりしてる…。
https://xxx.~
リンク先は、大手のレシピサイトだった。
誰でも自由にレシピを投稿できるから、プロ顔負けの手の込んだレシピから卵かけご飯まで、なんでも載っている。
「姑獲鳥の肉団子」というレシピは、「【冬にお勧め】肉団子スープ」とか「息子も大喜び! 肉団子の甘酢あん」とか、そういう普通のレシピの中に、ひっそり佇んでいた。写真はなく、文字だけだ。このレシピサイトにはコメント機能があり、レシピを実際に利用したユーザが「作ってみました」とコメントすることがあるのだが、このレシピにはコメントがついていなかった。
このレシピを投稿したリコピンというユーザで検索してみると、このレシピ以外は、確かに野菜を使ったレシピばかりだった。白菜とにらのスープとか、かつおぶしとピーマンのお浸しとか。
そういう野菜のレシピには、ちゃんとコメントもついていた。「リコピンさんの料理、またつくらせていただきました!」というコメントに対し、「ハンコさんありがとう~! コメント励みになっています♪」と投稿者が応じたりしていて、ユーザ同士のコミュニケーションに積極的だった。語調も柔らかく、絵文字なども多用している。投稿者は友人同士のようなやり取りを好むようだ。
だからこそ、「姑獲鳥の肉団子」というレシピだけが異質に感じられた。
もしも、今まで普通の人だと思っていた人間が、にこやかな笑顔でそれまで通りお喋りをしながら腕を振り回しはじめたら、誰もが驚き、戸惑うだろう。そういう、「訴えるほどではないが、あまりにも脈絡がなくて戸惑ってしまう奇行」が「姑獲鳥の肉団子」そのものだ。SNSのポストもそういった戸惑いを表現したものだろう。
そもそも、姑獲鳥というのは架空の鳥だ。
姑獲鳥とかいてコカクチョウ、またはウブメと読む。カッパやツチノコなどと同じで、伝承上の動物、いわば妖怪である。有名なホラー作家が作品のタイトルに使ったので、知名度はそれなりに上がった。逆に言えば、それがなければ今よりもかなりマイナーな妖怪だっただろう。
姑獲鳥は、もともと中国に伝わる妖怪だ。狙いを定めた子どもや、その子どもの家に血を垂らして印をつけ、そのあと子どもを病気にし、最後には魂を奪うといわれている。出産で命を落とした女性が妖怪になったもので、人間の女性の姿に変わることもできる、とされている。
一方、日本では産女という妖怪が知られていた。産女は橋の上などに現れ、通りかかった人に「子どもを背負ってくれませんか」と頼む。頼みを受け入れた人は無事で済むが、怖がって逃げたりすると、その人は病気になり、死んでしまうともいわれている。こちらも、難産で亡くなった女性が妖怪になったものと考えられていた。
本来、中国で生まれた姑獲鳥と、日本で生まれた産女という妖怪は別々の存在であったはずだが、「出産で死んだ女性が妖怪になったもの」、「子どもに関係する」、「関わると病気にさせられる」、など共通点が多かったことから、江戸時代に同一視された。それで、姑獲鳥と書いてウブメと読む、という無茶な読み仮名がつくことになったのだ。
何にせよ、姑獲鳥は妖怪である。妖怪である以上、存在しているわけがない。
だとしたら、この「姑獲鳥の肉団子」というレシピは一体なんなのだろうか。
仮説を立ててみることはできる。
たとえば、妖怪の正体が、本当は既知の動物や自然現象だった、というのはよくある話だ。
かっぱは皮膚が緑色に変色し、頭髪が抜けて「皿」のように見え、腐敗ガスで浮かび上がった水死体だった、という説がある。
似たものでは海坊主も、クジラの死骸を誤認したものではないか、と言う人がいる。
そのほか、墓地で夜にふわふわと浮かぶ火の玉は、鬼火と言われ怨霊の一種とされてきたが、実際には有機物の分解によって発生したガスが自然発火した現象と考えられている。
姑獲鳥もその手の解釈をすることは可能だろう。姑獲鳥のモデルになった鳥、つまり似た習性をもつ実在の鳥を比定すればいいのだ。
平安時代中期に編纂された法典である延喜式の中でも、大殿祭の祝詞において、「高天原は青雲の靄く極み、天の血垂飛鳥の禍無く」という文言がある。宮殿の災いを防ぎ、平安を祈る儀式において、「神の住む天の国は靄のかかる青い雲の果てにあり、飛ぶ鳥から血が垂れるような災いがなく」と唱えられるというのは、逆説的に言えば、我々の住む地上には飛んでいる鳥から血が垂れるようなことがあり、それを昔の人は災いと捉えていた、ということになる。
そういった災いをもたらすトビやフクロウといった野鳥を、人々が妖怪としてとらえ、姑獲鳥と名付けた、と考えることは不自然ではない。
そう思えば、姑獲鳥の肉団子、というのは、たとえばフクロウの肉団子ということになる。
現代の日本では、鳥獣保護管理法にて、カモやキジなど、狩猟可能な鳥獣が定められている。トビやフクロウはそこに含まれていないから、日本で彼らを狩ることは犯罪だ。したがって、トビやフクロウの肉を使った料理のレシピも公にできることではない。このレシピの投稿者は、姑獲鳥という架空の鳥の名前を隠れ蓑にしているのかもしれない。
だが、類推できるのはここまでだ。他にもいくつか可能性は考えられるものの、どれも答えといえるほど確信を得られはしない。
好奇心を刺激された私は、リコピンなるレシピの投稿者に連絡を取ることにした。
リコピン氏の投稿している他のレシピ(ちなみに、ミニトマトのオーブン焼きだった)のコメント欄に、私はフリーのライターだが、投稿されているレシピについて伺いたいことがあるので連絡が欲しい、とメールアドレスを添えて書き込んだのだ。
無視されるかと思ったが、返事は意外と直ぐに来た。快諾である。ウェブ通話システムを使ったリモートでの取材を想定していたが、彼女と自分の家が車で三十分ほどと至近だったことがわかり、駅前のカフェで直接会うことになった。以下はその時の録音を、わかりやすいように編集したものである。
きっかけは、2020年の蘇ブームだった。
あれで、「昔の料理」に興味を持ったのだ。
蘇というのは古代の乳製品、現代でいえばチーズに相当し、製法は「ただひたすら牛乳を火にかけてかき混ぜ続ける」というシンプルなものだ。
流行り病のせいで誰もが外出を自粛していた時期だったから、家の中で完結して、特別な材料も技術も不要で、ただ根気だけが求められる古くて新しい体験に飛びつく物好きがいたのだ。私もその中の一人だ。
出来上がった蘇は確かに「これは古代の味だな」と信じるに足る素朴な味で、古代の力のようなものをそのまま自分のうちに取り込んだかのような、自分が物語の住人になったかのような、特別な高揚感があった。
先月、私は事情があって会社をやめた。
残りの人生は、フリーのライターとして過ごそう。
そのことだけは決めていたものの、題材は未定だった。
さて、何を書いたものか、と考え込んだ時に思いだしたのが、古代料理への好奇心だった。
また話題になっているレシピなどないだろうか、と思い、SNSで検索をしたところ、見つけたのが以下のポストである。
@lets-315-dan
この人、野菜だけ使ったレシピを色々投稿してくれたてからたまに見てたんだけど、最新の投稿が肉団子。
突然どうした? 代々伝わる昔のレシピって言ってるけど……。ビーガンだと思ってたからびっくりしてる…。
https://xxx.~
リンク先は、大手のレシピサイトだった。
誰でも自由にレシピを投稿できるから、プロ顔負けの手の込んだレシピから卵かけご飯まで、なんでも載っている。
「姑獲鳥の肉団子」というレシピは、「【冬にお勧め】肉団子スープ」とか「息子も大喜び! 肉団子の甘酢あん」とか、そういう普通のレシピの中に、ひっそり佇んでいた。写真はなく、文字だけだ。このレシピサイトにはコメント機能があり、レシピを実際に利用したユーザが「作ってみました」とコメントすることがあるのだが、このレシピにはコメントがついていなかった。
このレシピを投稿したリコピンというユーザで検索してみると、このレシピ以外は、確かに野菜を使ったレシピばかりだった。白菜とにらのスープとか、かつおぶしとピーマンのお浸しとか。
そういう野菜のレシピには、ちゃんとコメントもついていた。「リコピンさんの料理、またつくらせていただきました!」というコメントに対し、「ハンコさんありがとう~! コメント励みになっています♪」と投稿者が応じたりしていて、ユーザ同士のコミュニケーションに積極的だった。語調も柔らかく、絵文字なども多用している。投稿者は友人同士のようなやり取りを好むようだ。
だからこそ、「姑獲鳥の肉団子」というレシピだけが異質に感じられた。
もしも、今まで普通の人だと思っていた人間が、にこやかな笑顔でそれまで通りお喋りをしながら腕を振り回しはじめたら、誰もが驚き、戸惑うだろう。そういう、「訴えるほどではないが、あまりにも脈絡がなくて戸惑ってしまう奇行」が「姑獲鳥の肉団子」そのものだ。SNSのポストもそういった戸惑いを表現したものだろう。
そもそも、姑獲鳥というのは架空の鳥だ。
姑獲鳥とかいてコカクチョウ、またはウブメと読む。カッパやツチノコなどと同じで、伝承上の動物、いわば妖怪である。有名なホラー作家が作品のタイトルに使ったので、知名度はそれなりに上がった。逆に言えば、それがなければ今よりもかなりマイナーな妖怪だっただろう。
姑獲鳥は、もともと中国に伝わる妖怪だ。狙いを定めた子どもや、その子どもの家に血を垂らして印をつけ、そのあと子どもを病気にし、最後には魂を奪うといわれている。出産で命を落とした女性が妖怪になったもので、人間の女性の姿に変わることもできる、とされている。
一方、日本では産女という妖怪が知られていた。産女は橋の上などに現れ、通りかかった人に「子どもを背負ってくれませんか」と頼む。頼みを受け入れた人は無事で済むが、怖がって逃げたりすると、その人は病気になり、死んでしまうともいわれている。こちらも、難産で亡くなった女性が妖怪になったものと考えられていた。
本来、中国で生まれた姑獲鳥と、日本で生まれた産女という妖怪は別々の存在であったはずだが、「出産で死んだ女性が妖怪になったもの」、「子どもに関係する」、「関わると病気にさせられる」、など共通点が多かったことから、江戸時代に同一視された。それで、姑獲鳥と書いてウブメと読む、という無茶な読み仮名がつくことになったのだ。
何にせよ、姑獲鳥は妖怪である。妖怪である以上、存在しているわけがない。
だとしたら、この「姑獲鳥の肉団子」というレシピは一体なんなのだろうか。
仮説を立ててみることはできる。
たとえば、妖怪の正体が、本当は既知の動物や自然現象だった、というのはよくある話だ。
かっぱは皮膚が緑色に変色し、頭髪が抜けて「皿」のように見え、腐敗ガスで浮かび上がった水死体だった、という説がある。
似たものでは海坊主も、クジラの死骸を誤認したものではないか、と言う人がいる。
そのほか、墓地で夜にふわふわと浮かぶ火の玉は、鬼火と言われ怨霊の一種とされてきたが、実際には有機物の分解によって発生したガスが自然発火した現象と考えられている。
姑獲鳥もその手の解釈をすることは可能だろう。姑獲鳥のモデルになった鳥、つまり似た習性をもつ実在の鳥を比定すればいいのだ。
平安時代中期に編纂された法典である延喜式の中でも、大殿祭の祝詞において、「高天原は青雲の靄く極み、天の血垂飛鳥の禍無く」という文言がある。宮殿の災いを防ぎ、平安を祈る儀式において、「神の住む天の国は靄のかかる青い雲の果てにあり、飛ぶ鳥から血が垂れるような災いがなく」と唱えられるというのは、逆説的に言えば、我々の住む地上には飛んでいる鳥から血が垂れるようなことがあり、それを昔の人は災いと捉えていた、ということになる。
そういった災いをもたらすトビやフクロウといった野鳥を、人々が妖怪としてとらえ、姑獲鳥と名付けた、と考えることは不自然ではない。
そう思えば、姑獲鳥の肉団子、というのは、たとえばフクロウの肉団子ということになる。
現代の日本では、鳥獣保護管理法にて、カモやキジなど、狩猟可能な鳥獣が定められている。トビやフクロウはそこに含まれていないから、日本で彼らを狩ることは犯罪だ。したがって、トビやフクロウの肉を使った料理のレシピも公にできることではない。このレシピの投稿者は、姑獲鳥という架空の鳥の名前を隠れ蓑にしているのかもしれない。
だが、類推できるのはここまでだ。他にもいくつか可能性は考えられるものの、どれも答えといえるほど確信を得られはしない。
好奇心を刺激された私は、リコピンなるレシピの投稿者に連絡を取ることにした。
リコピン氏の投稿している他のレシピ(ちなみに、ミニトマトのオーブン焼きだった)のコメント欄に、私はフリーのライターだが、投稿されているレシピについて伺いたいことがあるので連絡が欲しい、とメールアドレスを添えて書き込んだのだ。
無視されるかと思ったが、返事は意外と直ぐに来た。快諾である。ウェブ通話システムを使ったリモートでの取材を想定していたが、彼女と自分の家が車で三十分ほどと至近だったことがわかり、駅前のカフェで直接会うことになった。以下はその時の録音を、わかりやすいように編集したものである。


