「ごちそうさまでした。めっちゃおいしかったです」

 入口付近にあったレジで、甘乃は五千円札一枚を女性に渡しながら言った。
 蓮華は先に外に出ていた。支払いがてら店員の人と話したいと甘乃が言うと、外を見て回っているとのことだった。

「特にソースがめっちゃよくて。やっぱり秘伝のやつか何かなんですか?」

 感想を述べながら訊ねる。詳細は書かないでと言われているが、レビューを書く際に抱くイメージは重要だからだ。
 すると、女性はくすりと笑って答えた。

「あれは、古くから積み重なったものです」
「へえー……積み重なったもの、ですか」

 頷きながら脳内のメモに書きとめる。独特の言い回しに首をひねったが、積み重ねということは継ぎ足しているソースということなのだろう。考えてみれば昔の日本家屋をそのまま利用しているという点も、古くからの積み重ねともいえるかもしれない。

 ともあれ、いい店を見つけた。大発見だ。これを投稿すれば閲覧数は一気に伸びるに違いない。甘乃は内心ほくそ笑む。

「こちら、お釣りになります。……あと、そのまま少しお待ちください」
「え?」

 三千円を受け取ると同時、女性が不意に甘乃に顔を寄せてくる。整った白い肌の顔が近づいてきて、甘乃の心臓は跳ねた。
 え、え。なになに。どうしたん急に?

 思わず目を閉じる甘乃。
 直後、甘乃の頬に布の感触があった。その感触はすぐさま離れる。

「……口もとに、ついてましたので」
「あっ、ああ……ありがとうございます」

 彼女の手には手ぬぐい。そこには赤いソースがついていた。どうやら頬についたままだったらしい。

「す、すんません」
「いえ。おきれい、ですね」
「えっ? ああ、ピアスのことですか? 実は最近開けたばっかりで、えへへ」

 またもや薄く笑みを浮かべる女性に、甘乃は照れ笑いを浮かべながら髪をかきあげる。今日つけているのは気に入っていた。このよさがわかるなんて、この人もいい人に違いない。

 もっと話したい気持ちもあったが、あまり長居すると蓮華が怒ってしまう。彼女にとってはこの後のユニバが本命だ。

「じゃあ、ごちそうさまでした」
「いえ、こちらこそ」

 そう言葉を交わし、甘乃は店を出る。
 引き戸を開けて外に出ると、熱気が甘乃を迎えた。店内が異様に涼しかったこともあって、一気に現実に引き戻されたような気になる。
 そんな甘乃を待っていた蓮華は、予想通りはやし立ててくる。

「ちょっと、遅いよ甘乃。早くしないとユニバ遅れちゃうじゃん」
「え、そんなに? うわ、ほんまや」

 スマホを見れば思ったより時間が経過していた。それこそタイムスリップしたみたいな。

「急ぐよ、早く」
「ちょ。せっかくやねんし、もうちょっとこのへんゆっくりしても」
「そんな余裕ないって。代わりに私がお寺とかおいしそうなお店とか見て回っておいたから。ゆっくりはまた次の機会ね」
「わかった。わかったてばあ」

 どたばたと慌てながら今度は蓮華に引っ張られ、甘乃は石畳の通りを後にした。