新大阪駅から大阪メトロ御堂筋(みどうすじ)線に乗り換えて、地下鉄に揺られること七つ目の駅で甘乃たちは降りた。

「やーっと着いたわー」

 いくつもの階段をのぼってよくやく地上に出たところで大きく伸びをする。
 真っ先に視界に映りこんできた千日前通りの上には、覆いかぶさるように高速道路が走っている。おかげで夏の突き刺すような日光はいささか軽減されていた。

 飛び込んでくる様々な情報に甘乃は懐かしさを覚える。色あせた高速道路の橋脚、少しがたついた歩道。地面を這うようにうっすらと漂う下水の匂いすら、どこか安心感のようなものを与えてくれて、甘乃はほっと息を吐く。

「このごちゃごちゃしたかんじ、さすが難波やわ」
「そうなの? あっちの方とかきれいに整備されてるなと思ったんだけど」
「うわ、ほんまや! 御堂筋がめっちゃきれいになっとる!」

 後に続いて出口から出てきた蓮華が指さす方向を振り返ると、自身の記憶と異なる光景に甘乃は目を丸くする。千日前通りと交差する形で南北を縦断する大阪の大動脈は、一車線がまるまる歩道へと変わっていた。しかもきれいに整備されていて、いつの間にこんなオシャレな場所になったのか。

「けっこう外国人の観光客が多いね」
「せやなあ。まあ、うちが高校の時は中国とか韓国の人ばっかりやってんけどなあ」

 雑踏の中には、甘乃の記憶よりも鼻が高くて彫りの深い人が目立った。甘乃が東京に行っている間、難波の街も目まぐるしく変わっているようだった。

「にしても暑っついわあ」

 甘乃はバッグからハンディファンを取り出して額に当てる。大学進学を機にショートボブへと短くした髪と、開けたばかりのピアスが揺れた。
 高速道路のおかげで直射日光は防げているとはいえ、この暑さは大敵だった。蓮華の方も髪をうしろでまとめて首筋の汗をハンカチに吸わせていた。

 二人はひとまず暑さをしのぐため、戎橋筋(えびすばしすじ)――御堂筋の一つ東側の通りへと移動する。歩行者天国になっているその通りは人こそ多いものの、屋根があって、さらに沿道の店から冷房の効いた空気が漏れ出ているおかげでいささか涼しかった。

「それで、どのお店に行くんだっけ?」
「今回は和菓子のお店やで!」
「和菓子かあ、めすらしいね。いつもケーキとか洋菓子ばっかりなのに。それで、なんて名前のお店?」
「えっとなー、甘味処『あかつば』っていうとこ」
「へー、どこかで聞いたことあるような気もするけど……どこだったかな」
「ほんまに? ネットで検索してもぜんぜん出てこーへんねんけど」

 言って、甘乃は店名を検索した画面を表示したスマホを渡す。検索上位に表示されているのは大阪とはまったく違う場所の賃貸物件や、『かつ』という名前が引っかかったのか有名かつ丼チェーン店だった。

「一応聞くけど、本当に実在するお店なんだよね?」
「ふふふ、そこは大丈夫。ちゃーんと下調べはしてきてるで」

 眉をひそませる蓮華とは対照的に自信満々な様子の甘乃。彼女は返してもらったスマホを手早く操作すると、再び蓮華へと見せた。

 表示されているのは某有名グルメ情報サイトの口コミ記事だった。甘乃が今回の目的の場所を見つけた記事だ。
 評価はなんと★4.1。五点満点であることを考えると、破格の高評価だ。

「口コミ、ベタ褒めじゃん。……って、場所書いてなくない?」

 地図のタブは灰色だった。タップしても反応がない。つまりは位置情報が掲載されていないということ。

「わかるのは文章に書いてある難波と千日前ってことくらいだし、さすがにそれだけを頼りに探すのはちょっと……」

 いかにこのあたりが、甘乃が高校生の時によく遊んでいた場所だとしても広範囲にわたる。さらにいえばここは大阪を代表する繁華街、店は星の数ほどある。だというのに、記事の中では他に場所に関して絞り込めそうな情報はなさそうだ。

「これじゃあユニバの時間までに見つけるのは無理なんじゃない?」

 蓮華の言うように、今回の旅程には時間制限があった。今日は彼女の希望でユニバに行くことになっている。そのトワイライトパスで入場できるのは十五時から。そこから閉園まで遊んで、夜行バスで帰る予定だ。
 現在時刻は十一時。決して時間に余裕があるとはいえない。

 しかもこの暑さだ。目的地の明確な場所がわからないまま周囲にひしめき合うように歩いている観光客をかいくぐって探さないといけないとなると、間違いなく途方もない。

「だいじょーぶやって。うちも作戦は考えてあるし」

 だが、そんな蓮華の心配を打ち払うように、甘乃は再び得意げな表情をつくる。

「言うたやろ? ちゃーんと下調べはしてきてるって」

 すると、三度スマホを素早く操作して蓮華にぐいと見せつける。
 そこに映っているのは、動画投稿サイトのとある動画だった。