その日は近世文学論の講義の最終日、すなわち期末試験の日だった。

 近世文学論は出席日数と期末試験の結果で単位がとれるかどうかが決まる。ゆえに講義室は今までで一番、席が埋まっていた。
 そして無論、蓮華もいつもの窓際の席に座って試験の準備をしていた。
 だが、

「甘乃、なかなか来ないけど大丈夫かな」

 隣はいつまで経っても空席だった。ほぼ毎週出席をしていた友人は未だ現れない。いくら出席を欠かさなかったとしても、期末試験がゼロ点であれば単位をとることは叶わない。

 せっかく過去問渡してあげたのに。さては寝坊だな。

 きっと遅くまで試験勉強を、なんてことはないだろう。甘乃のことだ。レビューのいい内容が決まらなくて悩んで夜更かしをしていたに違いない。この間の旅行でも別れ際「いいレビュー投稿するから蓮華も拡散してな!」と意気込んでいた。

蓮華:おーい、試験始まるぞー

 最後の情けとばかりにそうメッセージを送る。といっても、今さらこれに気づいたところでどうしようもないのだが。試験は出席と違って、代返もできない。

 試験が全部終わって夏休みになったら、どこか遊びに行きたいなあ。また甘乃と大阪に行くのもいいかも。

 試験開始まで手持ち無沙汰になった蓮華はぼんやりと考える。
 すると、スマホの画面上部に新着通知のポップアップが現れる。友人からの返信、ではなくSNSの投稿通知だった。

『マロンあまのんさん の新着投稿があります』

 甘乃のやつ……諦めてレビュー投稿したな。

 見慣れたレビューアカウント名に蓮華は苦笑する。寝坊したやけくそでレビューを投稿することにしたようだ。
 タップして投稿を見てみると、早速いくつかのいいねやコメントが来ていた。この調子なら甘乃が心配していた閲覧数も問題ないのだろう。単位と引きかえにそれを手に入れたというわけだ。

 ほどなくして、講義室の扉が開く。教授が講義室へとやってきた。タイムアップだ。
 送ったメッセージに既読はついていなかった。いいね通知に喜んでいるのか、あるいは試験に間に合わなかったから不貞寝でもしているのか。せめてものはなむけにと、蓮華は拡散といいねを押してあげることにする。

 蓮華は小さく嘆息しながら、スマホの電源を落とす。ほぼ同時に問題用紙と答案用紙が前から配られてきた。

「では……始め」

 教授が試験開始を告げる。
 隣が空席のまま、蓮華は配られた問題用紙を裏返す。

 そこに書かれていたのはやはり、過去問と同じ問題。
 蓮華がその答えを答案用紙に書くと、シャーペンのはずのペン先になぜかインクが滲むのに似た感触が伝わってきた。