彼岸花一輪

翌日。
「おはようっ!」
「ーーっ……!?」
僕が高校に登校し、教室に足を踏み入れ、自分の席に向かうために彼女の席に通りかかった瞬間……彼女が真っ直ぐに僕を見つめて挨拶をした。
いきなりのことに僕はとても驚き、目を見開いた……。
高校に入学してから数回席替えが行われ、その度に何故か、彼女とは微妙に席が近くなることが多く、彼女の席の側を通るのが僕の席に行く一番の最短ルートだったこともあり、幾度となく彼女の席の側を通っていたけれど……これまで一度として声をかけられることはなかったし、まして自分から声をかけることもなかった。
お互いに顔は知っている。
その程度のいち生徒(クラスメイト)にすぎなかった関係が昨日、偶然、同じ時間帯のバスに乗るために出会い、バスが来るたった4分と、いうとても短い時間、話しただけ、その時その場だけの話し相手……とは、ならなかったようだ。
僕はその場限りの話し相手であろうと思っていた分、驚きと同時に何故? と、疑問を抱くも挨拶しないのも失礼なことだと思い、慌てて言葉を紡いだ。
「お、おは……よう……」
その挨拶(ことば)は変につっかえ、声もうわずり、とても聞き取りにくいものとなってしまったが……彼女の耳には届いたようで、瞳を細め、口許を緩めて柔らかな微笑みを浮かべた。
ドキッ……。
僕の胸が高鳴った……。
どうして……?
同級生の、しかも女子から挨拶をされ、まともな挨拶を返すことができなかった僕に対して、彼女は柔らか微笑みを浮かべて微笑んでくれたこと自体が初めての経験(こと)であり、それがあまりにも新鮮だったからだろうか……。
それとも、彼女とのやりとりを通して、僕の心の中に彼女に対する特別な感情ー恋愛感情が芽吹いた……と、いうことなのだろうか……?
僕は胸の高鳴りに戸惑うと共にそんな胸の内を彼女に気づかれたくなくて、軽く会釈をして、足早に自分の席へと向かった。
その間に教室内は登校してきた生徒のざわめきが増しつつあった。
僕は平然を装いながら、背中に背負っていた教科書やノート、筆箱等を入れたリュックサックから図書室で借りた本を取り出し、机の横のフックにひっかけ、席についた。
手にした本のページをめくり、読みかけのページを探し当てると瞳を走らせるが、意識は本ではなく彼女へと向いたままで、僕はチラッと、彼女の様子を窺い見た。
「……っ……」
彼女は楽しそうに他の女子生徒と談笑していた。
そんな彼女の様子を目にしてホッと、するような……淋しいような……気持ちが僕の胸に湧いた……。