けれど、どちらかと言えば、蛍里は彼が苦手だ
った。近寄りがたいのだ。あまりにも完璧すぎて。
どんな時も冷静沈着で、毅然とした態度を崩さ
ない彼の笑顔を蛍里は入社してから此の方、一度
も目にしたことがない。
そういう自分だって愛想がいいわけでも、表情
が豊かな方でもないのだけれど。
端的に言うと、榊専務は蛍里にとって親しみや
すい相手ではなかった。
「ショック受けるってことは五十嵐さん、榊専
務のこと好き“だった”んですか?」
果たして過去形にしていいものか、と一瞬迷い
ながらも蛍里は結子の顔を覗く。すると、結子は
吹き出すように笑って、違う違う、と首を振った。
「別に狙ってたわけじゃないわよ。手が届く相手
でもないし。ただ、カッコイイ人が人の物になっち
ゃうのが寂しいだけ。そういうのってない?あっ、
折原さんは、本の中の王子様に恋しちゃうタイプ
だっけ。恋に恋する文学少女的な」
揶揄うようにそう言って、結子がネコ科の目で
蛍里を覗く。
蛍里は別段、気を悪くするでもなく、結子につ
られるように口元で笑うと、小首を傾げた。
「そこまで本の世界に陶酔してるわけじゃない
ですよ。ただ読書家というだけで、恋愛はちゃん
と現実の男の人としてます。って言うか、してま
した」
「ふうん。じゃあさ、いま、うちの会社で気に
なる人とかいる?入社して二年も経てば、オトコ
探す余裕も出てくるでしょ?」
興味津々と言った様子で結子が身を乗り出す。
蛍里は、ええ?と唐突な質問に戸惑いながら、
社内で何人か知っている顔を思い浮かべた。
そうして、首を振った。
「特には……いないです、けど」
「けど?」
「そういう五十嵐さんこそ、誰か気になってる人
いるんですか?前の彼氏さん、別れてからずいぶん
経つじゃないですか」
失礼とは思いつつ、蛍里は先輩の交際歴を蒸し
返す。
結子は美人なのだ。ちょっとメイクが濃い目では
あるけれど、目鼻立ちが華やかで、赤い口紅が良く
似合ってしまう。
それに対して、蛍里はお世辞にもメイクが映える
顔立ちをしているとは言えなかった。
良く言えばすっぴん風メイク。
悪く言えば手抜きメイクで、蛍里の化粧ポーチに
はヌードカラーの口紅が一本しか入っていない。
そんなわけで、結子に好きな人がいるのか、
いないのかは、蛍里も少しは気になっていた。
心なしか、結子の表情が硬いものに変わる。
った。近寄りがたいのだ。あまりにも完璧すぎて。
どんな時も冷静沈着で、毅然とした態度を崩さ
ない彼の笑顔を蛍里は入社してから此の方、一度
も目にしたことがない。
そういう自分だって愛想がいいわけでも、表情
が豊かな方でもないのだけれど。
端的に言うと、榊専務は蛍里にとって親しみや
すい相手ではなかった。
「ショック受けるってことは五十嵐さん、榊専
務のこと好き“だった”んですか?」
果たして過去形にしていいものか、と一瞬迷い
ながらも蛍里は結子の顔を覗く。すると、結子は
吹き出すように笑って、違う違う、と首を振った。
「別に狙ってたわけじゃないわよ。手が届く相手
でもないし。ただ、カッコイイ人が人の物になっち
ゃうのが寂しいだけ。そういうのってない?あっ、
折原さんは、本の中の王子様に恋しちゃうタイプ
だっけ。恋に恋する文学少女的な」
揶揄うようにそう言って、結子がネコ科の目で
蛍里を覗く。
蛍里は別段、気を悪くするでもなく、結子につ
られるように口元で笑うと、小首を傾げた。
「そこまで本の世界に陶酔してるわけじゃない
ですよ。ただ読書家というだけで、恋愛はちゃん
と現実の男の人としてます。って言うか、してま
した」
「ふうん。じゃあさ、いま、うちの会社で気に
なる人とかいる?入社して二年も経てば、オトコ
探す余裕も出てくるでしょ?」
興味津々と言った様子で結子が身を乗り出す。
蛍里は、ええ?と唐突な質問に戸惑いながら、
社内で何人か知っている顔を思い浮かべた。
そうして、首を振った。
「特には……いないです、けど」
「けど?」
「そういう五十嵐さんこそ、誰か気になってる人
いるんですか?前の彼氏さん、別れてからずいぶん
経つじゃないですか」
失礼とは思いつつ、蛍里は先輩の交際歴を蒸し
返す。
結子は美人なのだ。ちょっとメイクが濃い目では
あるけれど、目鼻立ちが華やかで、赤い口紅が良く
似合ってしまう。
それに対して、蛍里はお世辞にもメイクが映える
顔立ちをしているとは言えなかった。
良く言えばすっぴん風メイク。
悪く言えば手抜きメイクで、蛍里の化粧ポーチに
はヌードカラーの口紅が一本しか入っていない。
そんなわけで、結子に好きな人がいるのか、
いないのかは、蛍里も少しは気になっていた。
心なしか、結子の表情が硬いものに変わる。
