「けっこう酔ってるみたいだけど、大丈夫?」
蛍里は、ほんのりと頬を染めた滝田の顔を見
上げた。滝田がハンカチを返しながら、ええ?
と首を傾げる。
どうやら本人は酔っていないつもりらしい。
「そんなに顔に出てる?酔うほど呑んだつもり
はないんだけど。あーでも、けっこう吞んだかも
な。あの二人、ピッチ早いからさ。疲れた体にく
るんだよね。ちゃんぽんすると」
顎を撫でながら、コキコキと首を鳴らしながら
言う。
そうして、通路を少し歩いた先に使われていな
い座敷部屋を見つけると「ちょっと休憩しない?」
と滝田は蛍里の手を引いて座敷の入り口に座った。
「勝手に入っていいのかな?」
蛍里は誰もいない座敷を覗きながら、通路から
は少し死角になっているその場所に腰掛けた。
滝田は畳の上に、ゴロン、と仰向けに寝てしま
っている。このまま寝てしまうのではないか?と
不安になって、蛍里は話しかけた。
「滝田くん、寝ちゃダメだよ。風邪引いちゃ
うよ」
ツンツン、と滝田の太もも辺りを突っついてみ
る。滝田は片腕で顔を覆いながら「んー」と声を
発しただけで黙ってしまった。
蛍里は、ふぅ、と息をついて通路の方を見や
った。まだ、忘年会シーズンにはひと月以上早い
からか、それとも平日だからか、店内は座卓席も
座敷部屋もけっこう空いている。
時折、賑やかな笑い声が聴こえてくるものの、
この座敷の前は人も通らず、静かだった。蛍里
は何となく、精神的な疲れもあって膝を抱えると、
そこに顎をのせた。
喧騒を離れ、いまは滝田の呼吸だけが微かに
聴こえる。心は水面に波紋が広がるように、まだ、
穏やかではなかったけれど、誰かの呼吸に耳を
澄ませるこの時間は、心地よかった。
思えば、“あの本”を拾った時から蛍里の日常
は少しずつ変わっていった。詩乃守人という作家
を知り、彼の作品に惹かれ、そうして、彼とメール
を介して繋がるようになった。それだけでも十分、
蛍里の心は満たされていたはずなのに……。
いまや、彼に会いたいと思うばかりではなく、
まったく別の男性、榊専務に心惹かれている。
人は変われば変わるものだと、まるで他人事
のように思って、蛍里はひとり頬を緩めた。
ふと、蛍里は滝田が口にしていたことを思い
出した。あの時、訊きそびれたことだ。いまが、
そのことを訊く絶好の機会ではないか?
蛍里は、同じ体勢のまま、畳に寝転がってい
る滝田を見た。
「ねえ、滝田くん。起きてる?」
返ってくる返事はないかもしれないと思いな
がら声をかけた蛍里に、意外にも滝田の声は
鮮明だった。
蛍里は、ほんのりと頬を染めた滝田の顔を見
上げた。滝田がハンカチを返しながら、ええ?
と首を傾げる。
どうやら本人は酔っていないつもりらしい。
「そんなに顔に出てる?酔うほど呑んだつもり
はないんだけど。あーでも、けっこう吞んだかも
な。あの二人、ピッチ早いからさ。疲れた体にく
るんだよね。ちゃんぽんすると」
顎を撫でながら、コキコキと首を鳴らしながら
言う。
そうして、通路を少し歩いた先に使われていな
い座敷部屋を見つけると「ちょっと休憩しない?」
と滝田は蛍里の手を引いて座敷の入り口に座った。
「勝手に入っていいのかな?」
蛍里は誰もいない座敷を覗きながら、通路から
は少し死角になっているその場所に腰掛けた。
滝田は畳の上に、ゴロン、と仰向けに寝てしま
っている。このまま寝てしまうのではないか?と
不安になって、蛍里は話しかけた。
「滝田くん、寝ちゃダメだよ。風邪引いちゃ
うよ」
ツンツン、と滝田の太もも辺りを突っついてみ
る。滝田は片腕で顔を覆いながら「んー」と声を
発しただけで黙ってしまった。
蛍里は、ふぅ、と息をついて通路の方を見や
った。まだ、忘年会シーズンにはひと月以上早い
からか、それとも平日だからか、店内は座卓席も
座敷部屋もけっこう空いている。
時折、賑やかな笑い声が聴こえてくるものの、
この座敷の前は人も通らず、静かだった。蛍里
は何となく、精神的な疲れもあって膝を抱えると、
そこに顎をのせた。
喧騒を離れ、いまは滝田の呼吸だけが微かに
聴こえる。心は水面に波紋が広がるように、まだ、
穏やかではなかったけれど、誰かの呼吸に耳を
澄ませるこの時間は、心地よかった。
思えば、“あの本”を拾った時から蛍里の日常
は少しずつ変わっていった。詩乃守人という作家
を知り、彼の作品に惹かれ、そうして、彼とメール
を介して繋がるようになった。それだけでも十分、
蛍里の心は満たされていたはずなのに……。
いまや、彼に会いたいと思うばかりではなく、
まったく別の男性、榊専務に心惹かれている。
人は変われば変わるものだと、まるで他人事
のように思って、蛍里はひとり頬を緩めた。
ふと、蛍里は滝田が口にしていたことを思い
出した。あの時、訊きそびれたことだ。いまが、
そのことを訊く絶好の機会ではないか?
蛍里は、同じ体勢のまま、畳に寝転がってい
る滝田を見た。
「ねえ、滝田くん。起きてる?」
返ってくる返事はないかもしれないと思いな
がら声をかけた蛍里に、意外にも滝田の声は
鮮明だった。
