蛍里はその言葉に、また、胸の痛みを覚え
ながらも、ぎこちなく笑う。

 「ですよね。専務も、冗談を言うことがあるん
ですね」

 あはは、と、乾いた笑いをしながら、そう言った
蛍里に、専務は肩を竦めて見せた。その表情は
いつものものだ。

 「まあ、たまには。僕の堅苦しいイメージも
あって、冗談に取られないことの方が多いんです
けど」

 確かに。と、頷きそうになって、蛍里は慌てて
首を振る。同じことを滝田に言われたのなら、
蛍里は笑って流せたかもしれない。

 「そろそろ帰ります。あなたも、早く家に戻って。
余震には気を付けてください」

 「はい。ありがとうございます」

 ひらりと手を振ると、専務はエンジンをかけ、
車を発進させた。蛍里は、彼の車が見えなくなる
までずっと、その場所から動けなかった。



 「ねーちゃん、大丈夫だった!?」

 家に入り階段を上がると、すぐに拓也が部屋
から飛び出してきた。スウェットを着ているとこ
ろを見ると、拓也はすでに入浴を終えているら
しい。

 蛍里は拓也の顔を見てホッとすると、大丈夫
だよ、と笑った。

 「本当に怖かったね。拓也は大丈夫だった?」

 「オレは平気。夕方から家にいたからさ。風呂
入ろうと思ったらお湯が出なかったから、さっき
裏口にあるマイコンメーターを復旧させてきたと
ころ」

 「そっか、ありがと。わたし、そういうの良く
わからないから……拓也がいてくれて良かった」

 コートを脱ぎながらそう言うと、拓也は蛍里の
後について、部屋に入ってきた。

 「それより、電車止まってるのに、どうやって
帰って来たの?オレ、迎えに行こうかと思ってた
んだけど」

 ポケットから取り出した携帯の画面を蛍里に
見せながら拓也が言う。画面の表示は「しばらく
お待ちください」という接続規制から、いつもの
待ち受け画面に戻っていて、蛍里に電話をかけ
た発信履歴が表示されていた。

 「ごめん!電話くれてたんだ。わたし、どうせ
使えないと思って、電源切っちゃってたの」

 「何だよそれ。電源切っちゃったら、もっと使え
ないじゃん。で、どうやって帰ってきたの?」

 口を尖らせながら、眉を顰めながら、尚も拓也
が訊いてくる。蛍里は何となく拓也の返答が予想
できて、ふい、と背を向けながら言った。

 「車で送ってもらったのよ。会社の人に」

 「会社の人って……前言ってた気になる人?」

 「違うよ、ぜんぜん。上司の榊専務。もう一人
の同期と一緒に、送ってもらったの」

 「ふうん、そうだったんだ。でもなんか凄いな、
専務が送ってくれるなんて。普通、役員レベル
の上司って、もっと社員と距離がある感じがする
けど。上司に恵まれてんだな、ねーちゃんは」