「でも、こういう時、文明って役に立ちません
ね。携帯は使えなくなっちゃうし、エレベーター
も使えなくて、階段で下りることになっちゃうし」
蛍里は小さく息をつきながら、二人の会話に
入る。
サカキグループの本社が入っているビルは、
地上三十階建ての高層ビルだ。五階から二十八
階まではオフィスとなっていて、自分たちを含む
多くの社員が、非常階段を使って下りなければ
ならなかった。
コツコツ、とヒールを履いた足で、十七階から
一階まで下りるのは、思っていたよりずっと大変
で、蛍里の踵には靴擦れができている。オフィス
が二十八階じゃなくて良かった、なんて思ったく
らいだ。
「確かに。女性の足じゃあの階段は辛いよな。
言ってくれれば、俺がおんぶしてあげたのに」
冗談半分、本気半分といった感じでそう言っ
た滝田を、蛍里は「もう」とバックミラー越しに
睨む。
滝田は「あはは」と笑って、その様子を見てい
た専務がちらりと蛍里に視線だけを送った。
「二人とも仲が良いですね。同期でしたっけ?」
「はい。新人研修で同じグループだったんです。
本社に配属された同期は少ないし、社内で折原
さんを見かけると、つい、俺の方が構っちゃうっ
ていうか。家も近いから、たまに同期で飲んだ時
は一緒に帰ることもあるんですよ。ね?折原さん」
助手席に座る蛍里に、身を乗り出しながら
滝田が同意を求める。蛍里は、滝田の声が耳元
に近づいたことにドキマギしながら、ぎこちなく
頷いた。同期と飲みに行った回数は数える程しか
ないし、滝田と一緒に帰ったのも、たった一度だ
けれど……。
社内で一番親しい同期であることは、間違い
ない。
「……………」
蛍里は、話を振ったきり反応のない専務に
内心首を傾げ、隣を盗み見た。運転に集中してい
るからか、はたまた、何かを考えているからか?
専務は感情の読めない眼差しを視界の先に向
けている。
この間は、何だろう?
蛍里が不安になって口を開きかけた時、よう
やく専務が言葉を発した。
「羨ましい限りです。僕には心を許せる同期
も、気軽に飲みに行ける仲間もいないので。僕
のような立場の人間がこんなことを言うのも何で
すが、出来ることならあなた方と肩を並べて笑っ
ていたかったと、思うこともあります」
「時々ですけどね」と、自嘲の笑みを浮かべ
ながら、そう付け加えた専務に、滝田も、蛍里も
すぐには言葉が出なかった。
ね。携帯は使えなくなっちゃうし、エレベーター
も使えなくて、階段で下りることになっちゃうし」
蛍里は小さく息をつきながら、二人の会話に
入る。
サカキグループの本社が入っているビルは、
地上三十階建ての高層ビルだ。五階から二十八
階まではオフィスとなっていて、自分たちを含む
多くの社員が、非常階段を使って下りなければ
ならなかった。
コツコツ、とヒールを履いた足で、十七階から
一階まで下りるのは、思っていたよりずっと大変
で、蛍里の踵には靴擦れができている。オフィス
が二十八階じゃなくて良かった、なんて思ったく
らいだ。
「確かに。女性の足じゃあの階段は辛いよな。
言ってくれれば、俺がおんぶしてあげたのに」
冗談半分、本気半分といった感じでそう言っ
た滝田を、蛍里は「もう」とバックミラー越しに
睨む。
滝田は「あはは」と笑って、その様子を見てい
た専務がちらりと蛍里に視線だけを送った。
「二人とも仲が良いですね。同期でしたっけ?」
「はい。新人研修で同じグループだったんです。
本社に配属された同期は少ないし、社内で折原
さんを見かけると、つい、俺の方が構っちゃうっ
ていうか。家も近いから、たまに同期で飲んだ時
は一緒に帰ることもあるんですよ。ね?折原さん」
助手席に座る蛍里に、身を乗り出しながら
滝田が同意を求める。蛍里は、滝田の声が耳元
に近づいたことにドキマギしながら、ぎこちなく
頷いた。同期と飲みに行った回数は数える程しか
ないし、滝田と一緒に帰ったのも、たった一度だ
けれど……。
社内で一番親しい同期であることは、間違い
ない。
「……………」
蛍里は、話を振ったきり反応のない専務に
内心首を傾げ、隣を盗み見た。運転に集中してい
るからか、はたまた、何かを考えているからか?
専務は感情の読めない眼差しを視界の先に向
けている。
この間は、何だろう?
蛍里が不安になって口を開きかけた時、よう
やく専務が言葉を発した。
「羨ましい限りです。僕には心を許せる同期
も、気軽に飲みに行ける仲間もいないので。僕
のような立場の人間がこんなことを言うのも何で
すが、出来ることならあなた方と肩を並べて笑っ
ていたかったと、思うこともあります」
「時々ですけどね」と、自嘲の笑みを浮かべ
ながら、そう付け加えた専務に、滝田も、蛍里も
すぐには言葉が出なかった。
