「まだ起きてたの?」
深夜の自室で。
もう、誰も起きてはいないだろうと思っていた
蛍里は、背後から突然かけられた声に、びくりと
肩を震わせた。振り返る前に慌ててタイトルバー
の×印をクリックする。
パソコン画面がデスクトップに切り替わるのを
確認すると、蛍里は口を尖らせ声の主を向いた。
「ちょっと。部屋に入る時はノックくらいして
よ」
タオルでがしがしと頭を拭きながら部屋に入っ
てきた弟の拓也にそう言うと、蛍里は努めて自然
に髪を掻き上げた。拓也が隣りに立つ。
「ドアが開いてたんだって。廊下に光が漏れて
るから、まだ起きてるんだと思ってさ。ねーちゃ
ん、何見てたの?」
親指でドアの方を指しながらそう言うと、拓也は
ノートパソコンを覗き込んだ。
蛍里は思わず言葉に詰まる。検索画面でもなく、
どこかのホームページでもなく。風景画にいくつか
のファイルが張り付いているだけのデスクトップが
表示されているのは、返って不自然だったかもしれ
ない。蛍里は少々ぎこちなくパソコンに向かうと、
検索エンジンをクリックした。
「別に。何か良い本ないかなーって見てただけ」
「ふうん。また、本買うんだ」
「うん。悪い?」
「別に。ぜんぜん悪くないけどさ……」
何か言いたげにそう呟きながら、拓也は振り返っ
て部屋の本棚を見た。
背の高いアンティーク調の本棚には、ぎっしりと
本が詰まっていて、新たに本が増えるならば、本と
棚の隙間に寝かせて入れることになるに違いない。
それでも、また新たに本を探したいと思っていた
のは、本当のことだった。蛍里は自他共に認める、
読書家なのだ。睡眠よりも、三度の飯よりも、本を
読んでいる時間が一番楽しい。そうして、本を読ん
でいれば寂しさを感じることもなかった。
どちらかと言うと蛍里は人と接するのが苦手で、
休日を共に過ごせる友人も少ない。もちろんそれは
男性に対しても同様で、まったく恋愛経験がないわ
けではなかったが、特定の恋人がいた時期は人生の
ごくわずかだった。
けれど………いまは密かに心をときめかせている
相手が、いる。
蛍里は彼からの返事を思い返して、知らず頬を
緩めた。
その本を見つけたのは、偶然だった。
昼休みを終え職場に戻った蛍里は、自分のデスク
の上に見慣れぬ本が一冊、置いてあることに気付い
た。
誰のものだろう?
周囲を一度窺うと、蛍里は首を傾げながらその
文庫本を手に取って、パラパラとめくった。そうし
て、最後のページで手を止めた。
深夜の自室で。
もう、誰も起きてはいないだろうと思っていた
蛍里は、背後から突然かけられた声に、びくりと
肩を震わせた。振り返る前に慌ててタイトルバー
の×印をクリックする。
パソコン画面がデスクトップに切り替わるのを
確認すると、蛍里は口を尖らせ声の主を向いた。
「ちょっと。部屋に入る時はノックくらいして
よ」
タオルでがしがしと頭を拭きながら部屋に入っ
てきた弟の拓也にそう言うと、蛍里は努めて自然
に髪を掻き上げた。拓也が隣りに立つ。
「ドアが開いてたんだって。廊下に光が漏れて
るから、まだ起きてるんだと思ってさ。ねーちゃ
ん、何見てたの?」
親指でドアの方を指しながらそう言うと、拓也は
ノートパソコンを覗き込んだ。
蛍里は思わず言葉に詰まる。検索画面でもなく、
どこかのホームページでもなく。風景画にいくつか
のファイルが張り付いているだけのデスクトップが
表示されているのは、返って不自然だったかもしれ
ない。蛍里は少々ぎこちなくパソコンに向かうと、
検索エンジンをクリックした。
「別に。何か良い本ないかなーって見てただけ」
「ふうん。また、本買うんだ」
「うん。悪い?」
「別に。ぜんぜん悪くないけどさ……」
何か言いたげにそう呟きながら、拓也は振り返っ
て部屋の本棚を見た。
背の高いアンティーク調の本棚には、ぎっしりと
本が詰まっていて、新たに本が増えるならば、本と
棚の隙間に寝かせて入れることになるに違いない。
それでも、また新たに本を探したいと思っていた
のは、本当のことだった。蛍里は自他共に認める、
読書家なのだ。睡眠よりも、三度の飯よりも、本を
読んでいる時間が一番楽しい。そうして、本を読ん
でいれば寂しさを感じることもなかった。
どちらかと言うと蛍里は人と接するのが苦手で、
休日を共に過ごせる友人も少ない。もちろんそれは
男性に対しても同様で、まったく恋愛経験がないわ
けではなかったが、特定の恋人がいた時期は人生の
ごくわずかだった。
けれど………いまは密かに心をときめかせている
相手が、いる。
蛍里は彼からの返事を思い返して、知らず頬を
緩めた。
その本を見つけたのは、偶然だった。
昼休みを終え職場に戻った蛍里は、自分のデスク
の上に見慣れぬ本が一冊、置いてあることに気付い
た。
誰のものだろう?
周囲を一度窺うと、蛍里は首を傾げながらその
文庫本を手に取って、パラパラとめくった。そうし
て、最後のページで手を止めた。
