玉蓮が息を切らしながら味方の陣地へと戻ると、そこには、牙門が待ち構えていた。熊のような巨体で地を揺らしながら駆け寄ってくると、その大きな手で玉蓮の肩を乱暴に叩く。

「いたっ。牙門、痛いです!」

「おい、玉蓮! 本当にやりやがったな!」

その声は、いつものような野太い響きではなく、少しだけ上擦っている。牙門の隣では、迅が血のついた双刀を(さや)に納めながら、笑みを浮かべている。

「腰が引けて、剣先が震えてたがなー。まあまあじゃねえの」

血の匂いがする手で、玉蓮の頭を乱暴に撫で付けるから、玉蓮は頬を膨らませてその手を払う。

「髪が汚れます」

「はあ! お前な、すでに血まみれだっつーの! こうしてやる!」

「な、何をするのです!」

迅は、玉蓮の頭を長い腕で抱え込み、さらに自分の身体の返り血をそこに擦り付ける。

「おやおや、これはこれは。なかなかの手際だったようで」

二人が戯れていたところに、馬に乗った子睿(しえい)が扇子で口元を隠しながら、ぬ、と現れた。

「初の武勲、おめでとうございます。ですが、姫様。本当の地獄は、ここからですぞ。お頭の、あのやり方をその目で、とくとご覧なさいますかな」

子睿の声音は、戦場の喧騒とはかけ離れ、まるで遊技を楽しむかのような軽薄さを含んでいた。その視線が、玉蓮の背後に広がる戦場の奥へと向けられる。