劉義(りゅうぎ)のところの、出来のいいお人形さんか」

「——あっ」

無骨な指が玉蓮の白い顎を乱暴に持ち上げ、さらに男の顔が迫った。

間近で見る赫燕(かくえん)の顔は、陶磁器のように艶めかしく、しかしその表情には、全てを見下すような不遜な笑みが浮かんでいる。獣じみた瞳が、玉蓮の顔から首筋、そして全身を舐めていく。

鼻腔の奥に、あの甘く凍てつく伽羅(きゃら)の香が再び立ち上がった。まるでこの男そのものが、香の発生源であるかのように。

「武芸も知略も悪くない、とな」

「……お頭の、お役に立てるよう、尽力いたします」

揺るがぬ声で返した玉蓮の瞳を、赫燕(かくえん)は面白そうに覗き込み、その口の端が、三日月のように吊り上がる。

玄済(げんさい)国に売り飛ばされ、壊された姉のようにならねばいいがな」

一瞬、肺腑(はいふ)(えぐ)られたような痛みと共に、呼吸が止まる。

(——なぜ、この男が姉上のことを知っている)

指先から急速に温度が失われ、奥歯が、カタカタと鳴り出しそうになる。だが、震える体とは裏腹に、玉蓮の瞳は、目の前の男から片時も離すことができない。

目の前の男の唇が、さらに不敵な笑みを深くした。

「玉蓮、か」

赫燕(かくえん)の指先が、玉蓮の頬をなぞった瞬間、背筋が勝手に震えた。逃げ出したいのに、膝は地に縫い付けられたまま。

「いいだろう。朱飛(しゅひ)に預ける」

赫燕(かくえん)はそう言うと、玉蓮の耳元に唇を寄せ、低い声で囁く。

「……だが、覚えておけ」

赫燕の吐息が耳をかすめる。

「お前の首輪は、俺が持つ」

彼はそれだけを告げると、満足したように玉蓮から離れ、天幕の外へと出て行った。闇に溶け込むように消えていくその背中は、この世の全てのしがらみを拒絶し、己の道をただひたすらに突き進む、孤高の獣のようだった。