闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 しかし、頭を下げた頭上からは、花が溢れるような笑みの音が聞こえてくる。

阿扇(あせん)は、想い人はいないのですか?」

 唐突な問いかけに、阿扇(あせん)は顔を上げた。玉蓮の悪戯っぽい視線に、思わず眉根が寄せられる。

「……突然なんですか」

(ぎょく)の見分けができる武人などそうそういませんもの。女子(おなご)に詳しいのかと」

 玉蓮は、くすくすと笑いながら、こちらの顔を覗き込んでくる。

「私には、崔瑾(さいきん)様だけです」

 きっぱりと言い切った阿扇(あせん)の言葉に、玉蓮は目を見開き、頬を微かに染めて両手で口元を押さえる。

「まあ……!」

 胸中に、うんざりした溜息がこだまする。この姫は、人の言葉を、どこまで、どう捻じ曲げて解釈すれば、気が済むのだ。

「……想像されているものとは、違います」

「それでも、素敵なお話です」

 玉蓮の顔には、人の心を弄ぶような、どこか小憎らしい笑みが浮かんでいる。

(この女は、一体、何なのだ)

 氷のように冷たい瞳で、地獄を語ったかと思えば、次の瞬間には、悪戯な子供のように、人の心をかき乱す。淑やかさと、不遜(ふそん)さ。気高さと、奔放(ほんぽう)さ。その、あまりにも矛盾した全てが、一つの魂の中に同居している。

 阿扇(あせん)は、理解することを諦めて、深く息を吐いた。

「私は、男色ではありません」

 阿扇(あせん)は、静かにそう付け加えた。しかし、玉蓮はさらに面白がるように、くすくすと笑い続けている。その、楽しげな声に、阿扇(あせん)は、思わずこめかみを押さえた。