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蕭将軍の屋敷を後にしたとき、空にはすでに朱が消えかけていた。記録の写しを懐に抱きながら、玉蓮は一言も口を利かず、ただ脳裏で連なっていた文字を繰り返す。
崔家の屋敷に戻った頃には、月明かりだけが彼女を照らしていた。昼間の喧騒はすでに消え失せ、しんとした静寂が屋敷を包み込んでいる。玉蓮の心には、先ほどまで滞在していた、蕭家での話が、重くのしかかり、深い波紋を広げていく。
角を曲がったところで、影がすっと現れ、行く手を阻まれた。
「……阿扇」
「玉蓮様、お戻りですか」
阿扇の声は低く、語尾は断ち切るように短かった。玉蓮は歩みを止め、向き直る。廊下の灯りに照らし出された阿扇の眉間には、深い皺がはっきりと刻まれている。
「心配をかけましたね」
「どちらに?」
間髪入れずに問う阿扇に、いつもと変わらず微笑みを返す。
「蕭家を訪問すると伝えていたはずです。蕭妃様のお話をお聞きした以上、何かお力になれればと」
「あなたは、ご自身がどのような橋を渡ろうとしているか、理解されているのか」
阿扇の声は、さらに冷ややかさを増していく。
「蕭将軍は旦那様の幕僚の者。身内を気に掛けることに問題があるというのですか」
玉蓮は、一歩も引かずに言い放つ。
蕭将軍の屋敷を後にしたとき、空にはすでに朱が消えかけていた。記録の写しを懐に抱きながら、玉蓮は一言も口を利かず、ただ脳裏で連なっていた文字を繰り返す。
崔家の屋敷に戻った頃には、月明かりだけが彼女を照らしていた。昼間の喧騒はすでに消え失せ、しんとした静寂が屋敷を包み込んでいる。玉蓮の心には、先ほどまで滞在していた、蕭家での話が、重くのしかかり、深い波紋を広げていく。
角を曲がったところで、影がすっと現れ、行く手を阻まれた。
「……阿扇」
「玉蓮様、お戻りですか」
阿扇の声は低く、語尾は断ち切るように短かった。玉蓮は歩みを止め、向き直る。廊下の灯りに照らし出された阿扇の眉間には、深い皺がはっきりと刻まれている。
「心配をかけましたね」
「どちらに?」
間髪入れずに問う阿扇に、いつもと変わらず微笑みを返す。
「蕭家を訪問すると伝えていたはずです。蕭妃様のお話をお聞きした以上、何かお力になれればと」
「あなたは、ご自身がどのような橋を渡ろうとしているか、理解されているのか」
阿扇の声は、さらに冷ややかさを増していく。
「蕭将軍は旦那様の幕僚の者。身内を気に掛けることに問題があるというのですか」
玉蓮は、一歩も引かずに言い放つ。

