闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 その様子を見て、迅が腹を抱えて笑っている。いつもの光景だ。兵士たちは、この三人のやり取りにはすっかり慣れきっていた。彼らにとって、これは日々の息抜きのようなもの。最初は緊張していた新兵たちでさえも、今では笑い声をあげながら彼らのやりとりを眺めている。

 赫燕の隣に立つ朱飛は、小さくため息をついた。その視線は、まだじゃれ合っている三人組に向けられている。

「本当に、緊張感がない」

 朱飛の呟きに、赫燕は肩をすくめる。

「いいだろ、こいつらはこのまんまの阿呆(あほう)で」

 朱飛の唇の端が、ほんのわずかに緩む。しかし、その笑みはすぐに消え、彼の視線は北東の山脈へと向けられる。

「……もう少し、ですね」

 朱飛の言葉が、まるで合図かのように、その場にいた側近たちの間に一気に静寂をもたらした。彼らの顔が鋭くなり、無言のまま、同じように北東へ視線を向ける。

「……ああ」

 赫燕も同じように、ゆっくりと顔をそちらに向けた。

 幾重(いくえ)にも連なる雄大な峰々(みねみね)、雲の切れ間からは、雪が(いただき)を白く染めている姿が薄い煙ごしに映る。

 さらに視線を上へと辿れば、どこまでも続く青い空が広がり、そこに一羽の鷹が悠然と舞っていた。翼を大きく広げ、風を捉えるその姿は、まるでこの世界のすべてを見下ろすかのようだ。

「お頭」

 子睿の声が、耳に届く。

「この戦、どう描いているかお聞きしても?」

 赫燕は、鷹から視線を外し、子睿の鋭い眼差しを受け止めて、ニヤリと笑う。

「我らの軍がここまで派手に、そして静かに進むのは何か意図があるかと」

「そうだな……『正を(もっ)て合し、奇を(もっ)て勝つ』だ」

「……なるほど。兵は詭道(きどう)なり、ですか。して、その結末は?」

「聞きたいか、子睿」

「ふむ……そうですね、興味は尽きません。が、教えていただかなくても結構です。この謎解きもまた、愉快なことかと」

 静かに頷く子睿。赫燕は、ふっと笑みを浮かべる。

()りたいものを、()り行く。だが——死ぬかもしんねえぞ」

 赫燕の声が、いつもより一層強く、悠然にその場に落ちる。しかし、子睿も、その場にいる側近の誰一人として、眉一つ動かさない。

「どうあっても、お頭についていくだけです。どうせ我々の目的は、一つでしょう」

「そうだぜ、お頭ァ」

「今更、ついてくんなとかナシっすよー」

「お頭がそんなこと言うはずないじゃん! 俺たちのこと大好きですもんね!」

 赫燕は、皆を見回し、そして再び喉を鳴らした

「お前たちは、本当に阿呆ばかりだな」

「嬉しいなら、嬉しいって言ってくれても、いいんですよ」

 勝ち誇ったような顔を向ける朱飛を睨めば、動じることなく肩をすくめ、赫燕の視線から逃れるように、ふらりとその場を離れていった。

 赫燕は、眼下に広がる焦土(しょうど)と化した大地を、容赦なく踏み荒らしながら進む。緑豊かになるはずだった世界は、今や炎と煙に覆われ、生命の痕跡さえも消え去ろうとしている。その荒れ果てた光景を前に、赫燕の胸に、これまで抱いたことのない奇妙な感情が芽生え始めていた。