「——かつて、夏と呼ばれた騎馬の国があったと聞き及んでおりますが、暴政ゆえに、民に見捨てられ、滅びたと聞いています」
「夏……」
「ええ。玄済国は、夏の民と呼応し、夏の国王を処刑し、その領土を併合。そして、豊かな水源が近いこの呂北の地に遷都した……歴史書には、そう記されています」
玉蓮は、地図を再び視界に捉えた。地図の上ではただの空白に過ぎないが、かつてはそこに、人々が暮らし、文化が栄えた国があったのだ。
「その豊かな水源があるからこそ、我が国はここまで富むようになったようです……」
「水源ですか」
地図を真剣に見ていた玉蓮の耳に、突然、「ああ」という声が届いた。どうしたのかと見つめる玉蓮に、楽しげな笑みを見せながら「そういえば」と続けた。
「今朝は、その豊かな水源から採れた甘い水が手に入ったと侍女が言っておりました。茶を飲みましょう。いい茶葉も手に入れたのです」
その何気ない一言が、それまで張り詰めていた空気をやわらかくほどいていく。
「論じ合いもほどほどにせねば」
「あ、わたくしが」
玉蓮が立ちあがろうとすると、崔瑾はにこやかに首を振った。
「私は、茶を淹れるのが好きなのですよ。よろしければ、お付き合い願えますか」
弧を描く唇と細められた瞳。赫燕の、全てを焼き尽くすような熱とは違う、抗いがたい力。心の内に張り付いていた氷の膜が、崩れる音もなく、底からじんわりと温もりに染まり始めた。
まだ、心を許したわけではない。けれど確かに、何かが、ほんのわずかに動いた。

