◇
赫燕軍・本陣。最奥の天幕。そこは、血と汗と薬草のむせ返るような匂いが満ちていた。玉蓮は震える手で血や汗を拭いながら、軍医が赫燕の深い傷口を縫合する様を、息を詰めて見守る。鋼のように鍛えられた赫燕の背中の筋肉が、針が通るたびに引き攣るのが見て取れた。
治療が終わり、軍医が去った後も玉蓮は動けずにいた。やがて、彼女はそっと赫燕の額に触れ、汗で濡れた肌を拭う。赫燕の唇から荒い息が何度も漏れる。
「どうして、ですか……見捨てる、と」
自分の声が、か細く、そして縋るように響く。その声に反応するように、赫燕の顔がゆっくりとこちらに向けられた。仄暗い天幕の中、赫燕の瞳だけが爛々と輝き、玉蓮を射抜く。
「……お前は、俺のものだ。勝手に死ぬのを、許すとでも思ったか」
低い声が玉蓮の耳に届く。
「お前が言ったんだろうが。必ず戻る、と」
赫燕は傷のない左手で、ゆっくりと自身の首元を探った。そして、常に身につけていた革紐を荒々しく引きちぎると、そこから二つ連なった紫水晶のうちの一つを、指先で外した。
一瞬、赫燕は手のひらの上のその証を握りしめる。そして、それを、迷うことなく玉蓮の手に握らせた。ずしり、と。小さな石とは思えないほどの重みが、彼女の手のひらに沈み込む。赫燕の肌から移ったばかりの熱を帯び、まるでそれ自体が鼓動しているかのような、微かな振動さえ感じる。
「持ってろ。俺の魂の半分だ。お前が死ねば、俺も半分死ぬ」
彼の声は、いつもの全てを嘲るような響きを失い、どこか穏やかで、どこか苦しそうだった。まるで、自分の内側にある最も脆いものを、無理に喉から押し出すかのように。
赫燕軍・本陣。最奥の天幕。そこは、血と汗と薬草のむせ返るような匂いが満ちていた。玉蓮は震える手で血や汗を拭いながら、軍医が赫燕の深い傷口を縫合する様を、息を詰めて見守る。鋼のように鍛えられた赫燕の背中の筋肉が、針が通るたびに引き攣るのが見て取れた。
治療が終わり、軍医が去った後も玉蓮は動けずにいた。やがて、彼女はそっと赫燕の額に触れ、汗で濡れた肌を拭う。赫燕の唇から荒い息が何度も漏れる。
「どうして、ですか……見捨てる、と」
自分の声が、か細く、そして縋るように響く。その声に反応するように、赫燕の顔がゆっくりとこちらに向けられた。仄暗い天幕の中、赫燕の瞳だけが爛々と輝き、玉蓮を射抜く。
「……お前は、俺のものだ。勝手に死ぬのを、許すとでも思ったか」
低い声が玉蓮の耳に届く。
「お前が言ったんだろうが。必ず戻る、と」
赫燕は傷のない左手で、ゆっくりと自身の首元を探った。そして、常に身につけていた革紐を荒々しく引きちぎると、そこから二つ連なった紫水晶のうちの一つを、指先で外した。
一瞬、赫燕は手のひらの上のその証を握りしめる。そして、それを、迷うことなく玉蓮の手に握らせた。ずしり、と。小さな石とは思えないほどの重みが、彼女の手のひらに沈み込む。赫燕の肌から移ったばかりの熱を帯び、まるでそれ自体が鼓動しているかのような、微かな振動さえ感じる。
「持ってろ。俺の魂の半分だ。お前が死ねば、俺も半分死ぬ」
彼の声は、いつもの全てを嘲るような響きを失い、どこか穏やかで、どこか苦しそうだった。まるで、自分の内側にある最も脆いものを、無理に喉から押し出すかのように。

