鍵田氏が生まれた■■県■■■市は現在は開発が進み、大規模商業施設や高層マンションが乱立している。

 しかし鍵田氏が子供時代は空き地が多くあり、マンションは少なく、一軒家が目立っていたという。二〇■■年現在よりも子供の数は多く、小学校はおよそ三十名を一クラスとし、一学年につき六クラスあったと語っている。

 鍵田氏が小学四年生のころ、主に中高学年女子児童の間で「ゴールデンレター」と呼ばれる「幸福の手紙」が流行した。鍵田氏も「ゴールデンレター」を友人から受け取った。鍵田氏は「詳細は忘れてしまった」と前置きしつつも、その内容は典型的な「幸せの手紙」だったと振り返る。

「ゴールデンレター」は、「これはゴールデンレターです」から始まり、「手紙を回せば幸せになれる」旨の手紙であった。この手紙を受け取った者は一定期間のうちに、指定の人数に内容を書き写したものを渡さなければならない、という内容である。

 四つある「幸運/不幸の手紙」の構成要素のうち、三つを満たしていることがわかる。しかし、「回さなければ不幸になる」という条件は付けられていなかったと、彼女は記憶している。

 また、当時鍵田氏が通学していた小学校では、友人間で手紙を手渡しすることが流行していたことも、「ゴールデンレター」が多く出回った背景にあるようだ。「それまでは市販されていたノート型の交換日記をしていた」という話から、ノート型の交換日記が手段を変え、「交換手紙」に置き換わったことが推測される。

 その「交換手紙」の流行に、手紙の形をした「幸福の手紙」、すなわち「ゴールデンレター」が流入するのは、自然な出来事だろう。交換日記内に、前節で示した「幸運/不幸の手紙」の四つの構成要素を満たした内容が書かれる可能性は低いと考えられる。

 鍵田氏は手紙を受け取った後、「ゴールデンレター」を複製することはせず、放置したそうだ。残念ながら当該の手紙は鍵田氏がすでに廃棄したため、現物は確認できていない。
 
 鍵田氏が「幸せなメール」を受信したのは、二〇■■年九月、中学一年生のことだったという。

 鍵田氏に「現在幸せですか」と問い合わせたところ、「幸せです」と返答があった。

 送信元は鍵田氏の友人、■■氏で、■■氏は異なる中学校に通う友人Aから送られてきたと説明したそうだ。鍵田氏とA氏に面識はない。また送り主である■■氏は、この「幸せなメール」を信じておらず、鍵田氏に送信した理由も「面白いものを受け取ったから、見てほしかっただけだ」と語っていたと振り返る。

 鍵田氏は「幸せなメール」が、ただ拡散を目的としたいたずらだと認識していた。その一方で、「幸せなメール」が典型的な「チェーンメール」ではないと感じたようだ。先に示した四つの構成要素を満たしつつも、その内容が他と異なったためである。

 なお、本稿では以後「幸運/不幸の手紙」を「チェーンメール」で統一して呼称する。

「幸せなメール」の内容は以下だ。

 
 これは「幸せなメール」です。
 一人でも多くの人に幸せになってもらいたいので、このメールを送りました。

 今からふるいにかけます。
 
 信じていない人は、このメールを三日以内に一人以上に転送してください。
 転送しなければ、あなたは信じている人になります。

 信じている人は、メールを受け取った七日目に、一つ目の幸せが訪れます。
 これで本当に信じましたね。
 
 信じている人は、メールを受け取った九日目に、二つ目の幸せが訪れます。
 これで本当に幸せですか?

 信じている人は、メールを受け取った十三日目に、三つ目の幸せが訪れます。
 これで本当に足りますか?

 信じている人は、メールを受け取った十五日目に、四つ目の幸せが訪れます。
 これで本当に幸せになりますか?

 信じている人は、メールを受け取った二十一年目に、本当の幸せが訪れます。
 これで本当に幸せですね。

 信じている人は、この「幸せなメール」を保存して大切にしてください。
 これであなただけの幸せが訪れます。
 
 ■■県の■■さんは、このメールの原型である「幸せな手紙」を大切にしていたので、とても幸せな人生を送りました。

 ですが、■■県の■■さんは、「幸せな手紙」を転送したので、普通の人生を送りました。

 ご注意ください。
 この「幸せなメール」は本物です。
 あなたは信じている人ですか?
 
 ふるいは終わります。 
 

 以上が、鍵田氏に送られた「幸せなメール」の全文である。


(鍵田氏の「幸せなメール」を撮影したもの)

 ここで改めて、「チェーンメール」の四つの構成要素を振り返る。

 1、幸運/不幸の手紙であると冒頭で記されている。
 2、手紙を送る期限が設定されている。
 3、手紙を送る人数が指定されている。
 4、手紙を止めた場合、何らかの不幸が訪れる警告文がある。

 上記「幸せなメール」は、構成要素の「1」から「3」までは明確に満たしているが、「4」については満たしていると言い難い。メールを止めた場合、「メールを信じていない人」とみなされるだけで、不幸が訪れる文言が記されていないためだ。

「不幸になることを避けるために拡散させる」ことを目的としていない点が、この「幸せなメール」が他の「チェーンメール」と大きく異なる点だろう。

「幸せなメール」の特異な点をまとめていく。
 
 鍵田氏に「現在幸せですか」と問い合わせたところ、「幸せです」と返答があった。


 一、転送人数

 通常「チェーンメール」は、拡散させるために複数人への転送を求める記載がある。五人や二十九人など、その内容によって人数に幅はあるが、「幸せなメール」では「このメールを三日以内に一人以上に転送してください」と書かれている。

 多くの場合複数人が指定されることを考えると、少なくとも一人に送ればよいとする内容は、ほかの「チェーンメール」ではあまり見られないものである。

 二、拡散させなかった場合の警告

 上で指摘したように、多くの「チェーンメール」では、「このメールを■人に送らなければ不幸になる」や、場合によっては「■人に送らなければ殺しにいく」といった過激な内容の警告文がある。

 ところが「幸せなメール」においては、メールを転送しなかった場合、「信じている人になります」と記載されているだけだ。幸福になるわけでも、不幸になるわけでもない。仮にこのメールを放置した場合、無条件で「幸せなメールを信じている人」になるのだ。

「幸せなメール」はその内容から、相手をからかう、怖がらせるなどの「いたずら目的のチェーンメール」であると考えられる。URLや電話番号が記載されていない点からも、詐欺サイトへの誘導などではないことがわかる。

 いたずらで送られる「チェーンメール」の警告文は、単なるメールの拡散が目的と推測されるが、リスクを伴わず、また拡散を積極的に求めていない点は異質と言えるだろう。

 三、「二十一年目」という未来

 この「幸せなメール」は、受信した七日目に一つ目の幸せが訪れ、九日目に二つ目、十三日目に三つ目、十五日目に四つ目の幸せが訪れるとされている。しかしその後は「メールを受け取った二十一年目に、本当の幸せが訪れます」となっている。

 それまで数日間、十数日間だったものが、唐突に「二十一年目」という先の未来を示している。これほど先の時系列をピンポイントに示した「チェーンメール」は、数少ないのではないだろうか。

 四、原型の存在

 多くの「チェーンメール」には原型がある。前節で触れた「幸運の葉書」がそれだ。この「幸運の葉書」から始まった「幸運/不幸の手紙」が様々な変化を遂げ、現在でも流通しているのである。しかし、それらの手紙やメール本文に「原型がある」と記載されている例は、今回の調査では発見できなかった。

「幸せなメール」では、「このメールの原型である『幸せな手紙』」と書かれており、「幸せなメール」より以前に、手紙の様式で出回っていることが明示されている。手紙からメールへと舞台を変えたのは、時代の変化によるものだろう。あえて「手紙からメールに移行した」ことを示唆する内容は、他にはない特徴と言える。

 これら四つの点で、「幸せなメール」が多くの「チェーンメール」とは異なる傾向を持ったメールであることがわかる。

 鍵田氏は■■氏から送られてきた「幸せなメール」を、第三者に転送することはしなかったという。このメールの内容を信じていなかったことが理由とされる。しかしこの選択が、結果的に鍵田氏を「幸せなメールを信じている人」たらしめた。

 次節では、鍵田氏に訪れた「幸せ」について触れていく。
 
 鍵田氏に「現在幸せですか」と問い合わせたところ、「幸せです」と返答があった。