改めまして、おもしろ論文発掘が趣味の壱河です。

 いかがでしたでしょうか。「幸せなメール」。メールの名前が「幸せ『な』メール」というのも面白いですね。「不幸『の』手紙」のように、「幸せ『の』メール」というほうが、なじみがある気がします。

「幸せのメール」ではなく、「幸せなメール」であることにも何か意味があるのでは、と深読みしてしまいます。

 さて、この論文はタイトルが「『幸運の手紙』受領後の調査(3)――『幸せなメール』の場合――」となっています。ナンバリングされていますね。実際、本文でも「前章」とありますし、「最終章となる次章」ともあるので、「幸運の手紙」をテーマに複数人で連作のように執筆したのだと思います。

 しかしながら、「『幸運の手紙』受領後の調査(1)」や、それに続くものは検索しても出てきませんでした。副題が「『幸せなメール』の場合」なので、タイトルの最初の部分はほかの論文でも同じだと思ったのですが……。もし各執筆者が自由にタイトルをつけていたとすると、探し出すのは骨が折れそうです。

 ので、他の論文が見つかり次第、ご報告したいと思います。もし壱河より先に見つけたという人がいたら、ぜひ教えてください。少なくとも二本目は「飯塚トヨ」さんが関係しています。この名前で検索しても無駄でした、ということはお伝えしておきます。
 
 ということで、論文の中身について。

「幸せなメール」は、受け取って転送しなければ「信じている人」になり、合計五つの幸せが訪れるそうです。鍵田さんの場合、ゲーム買ってもらえたり一人部屋がもらえたり、できなかったことができるようになったり、好きな男の子と隣の席になったり、勝手なイメージですが中学生女子の幸せ感あって微笑ましいですよね。

 しかし、「三日以内に一人以上」に転送するとか、「七日目」「九日目」「十三日目」「十五日目」「二十一年目」に幸せが訪れるよ、とかいう数字はどういう基準で選ばれたんですかね。別に「十日目」とか切りのいい数字でもいいように思えます。登場する数字には何か意味があるのでしょうか?

 と、疑問に思った壱河、調べてみました。
 
 どうやら「幸運数」なるものがあるそうです。素数と似たようなものらしいんですが、数字が苦手な壱河難しいことわからないので、まあとりあえず該当する数字を並べていきますね。

 1、3、7、9、13、15、21、25、31・・・

 と続いていくそうです。御覧の通り、21までの数字、「幸せなメール」に登場していますね。あとメールの中で「ふるいにかけます」と「ふるいは終わります」という文言が入っている点にも注目です。

 幸運数に似た性質の素数を抽出する際に、「エラトステネスの篩」というものがあるんですね。「ふるいにかけます」を漢字で書くと、「篩にかけます」になります。

 これが偶然なのか、意図的なのか。幸運数に由来させたのなら、何故21までしか使われなかったのか。何をふるいにかけたのか。メールでは明かされないままですし、手がかりもなく鍵田さんにも調べようがなかったのでしょう。
 
 そして、最も不可思議な点はこれですよね。
 二十一年目に訪れた、「本当の幸せ」。

 最初に申しあげたとおり、伏字は壱河のほうで処理したものではありません。ですので、鍵田実有希さんと飯塚トヨさん以外の名前は不明のままです。向かいの家に住む「■■夫妻の娘とされる■■■」と、「念願の娘■■■」が、同じ名前なのかも読み取ることは不可能です。

 鍵田さんは「■■■の排除」が「本当の幸せ」で、「念願の娘■■■」ができたことには、「本当の幸せが訪れたことがわかる」とだけ言及しています。論文で指摘されたとおり、壱河も「娘ができたこと」が「幸せなメール」が二十一年目にもたらした「本当の幸せ」なのではないか、と思います。

 その場合浮かぶ疑問は、すでに生まれている息子に「姉」ができた点ですね。

「妹」ならまだ理解できます。しかし、実際には「弟の世話をしている」と鍵田さんは言っているわけですから。弟の世話ができる年齢であることがわかります。その点だけでも「念願の娘■■■」が、突然生えてきた感じがありますよね。

「■■夫妻の娘とされる■■■」も、このご夫婦の間に子供はいないとあります。普通に考えれば、鍵田さんはずっと第三者に認識できない、幻の少女の姿を見ていた、となります。亡くなられたご夫婦の新聞を「記念に保存」している精神状態を考えると、幻である可能性は否定できないでしょう。

 論文内では、火事で亡くなられた向かいの家のご夫妻の記事も添付されていますね。初報、続報、身元判明の三枚セットです。丁寧な仕事というか……。この新聞の三枚目でインタビューを受けている三十四歳の女性って、鍵田さんだったりするんでしょうか。

 調査対象である鍵田実有希さんが、執筆者として名前を出している点も、壱河は不可解だなと思います。研究者が自身の体験や経験を研究対象として記述した論文を、「自己エスノグラフィ」と言います。読みにくいカタカナですね、名前覚えなくても大丈夫です。通常、「自己エスノグラフィ」では、一人称が「筆者」や「私」であることが多いです。

 しかし、鍵田実有希さんの場合、本文中で「鍵田氏」となっています。ですので、別の誰かが鍵田さんに聞き取りをして執筆したのだと想像できます。「結」で記されている執筆の経緯からわかるのは、主体が鍵田さんら「幸せになれる手紙やメール」を受け取った当事者たちであることだけです。

 この論文は、誰が書いたのでしょうか。

 それを壱河が調べることはほぼ不可能でしょう。ということで、別のことを調べてみました。鍵田実有希さんが旦那さんと息子さんを亡くしたという事故についてです。ネット記事が見つかりました。

 しかし一応ですが、同姓同名である可能性を踏まえてください。
 旦那さんと息子さんの名前は、論文内で伏字なので、壱河も念のため伏字にしておきます。
 

 ▼乗用車が転落 二人死亡 一人重体 ●●・●市

 28日夕方、●市で乗用車が川に転落する事故があり、運転していた36歳男性と、後部座席に座っていた3歳の男児が死亡した。

 事故があったのは●市●●●の県道で、28日午後五時ごろ、「乗用車が川に転落した」と119番通報があった。

 消防などによると、現場は片側一車線の見通しのいい道路で、乗用車は反対車線に逸れガードレールを突き破ったとみられ、約10メートルほど転落したという。

 この事故で●●県●市在住の会社員・鍵田●●さん(36)、息子の●さん(3)が病院に運ばれたが、死亡が確認された。後部座席に座っていた妻・実有希さん(34)は、意識不明の重体となっている。

 現場道路にはブレーキ痕が残っており、警察は賢吾さんが運転操作を誤ったとみて、詳しい原因を調べている。



 名前と年齢が一致しているので、鍵田実有希さんの事故の記事であると壱河は考えています。

 やはり、「念願の娘」の名前はありませんね。生存者である実有希さんのお名前が実名報道されている点は、交通事故の記事では珍しい気がします。この記事の後追いは見つけられませんでしたが、おそらく実有希さんは無事に回復されているだろうと思います。

 でなければ、事故後の内容が含まれている論文内で、「現在幸せですか」の問い合わせに、「娘と二人幸せです」と返答できませんからね。もっとも、娘が何者なのかは不明なままですが。

 ということで、壱河でした。