調査報告書：202X年X月X日

対象：アマチュア作家、女性、年齢二十代後半

遺留品：原稿、手紙、PCデータ
　対象者の名前は伏せるが、遺留品の量は異常に多かった。机、床、棚、ベッド周辺に、書きかけ、書き終えた原稿が散乱しており、いずれも同一筆跡によるものと思われる。文字の内容は、ほど全てが「愛されたい」「認められたい」といった渇望の表現で占められ、同一の文言が繰り返し書き込まれていた。
　原稿には奇妙な特徴がある。
文字の一部は、ページを捲るごとに微妙に変化しており、同じ文章でも意味やニュアンスが書き手の意図を超えて変化していた。ページの端には著名が複数現れ、一部は本人の筆跡と酷似しているが、明らかに異なる文字も含まれている。
日記の中には、時間の経過に関する記述がほとんどなく、食事や睡眠の記録も無明瞭であった。
「書くことでしか私は生きられない」「文字は私を裏切らない」といった文言が繰り返され、日付や曜日、外界の状況とリンクする情報は極めて少ない。まるで、彼女の存在は文字に吸い取られ、現実世界から切り離されたかのようである。
　調査員が原稿の一部を読み上げると、紙の上で文字が微かに膨らむ感覚を確認。筆跡が勝手に動くような錯覚を覚える者もいた。心理的影響は軽度の幻覚・錯覚を伴う可能性があると報告されている。
　残された最後のデータにはこう記録されていた。
「書くことでしか生きられない。
誰も私を見てくれなくても、文字は私を抱きしめる。
文字の中で私は生き続ける…ここに、ただ紙の上に。」
　現地調査では、対象者本人の姿は確認できなかった。住居内には人間の存在を示す生活痕跡はほとんどなく、唯一、文字だけが残されていた。書きかけの原稿の山は、まるで意思を持つかのように散乱し、読んでいる調査員の手元で微かに文字が揺れたと報告されている。

結論：非現実的だが、対象者は文字と完全に同化した可能性が高い。原稿・書きかけの文字は、対象者の心理状態と存在の証拠であり、同時に異常な現象を示す。現実世界での存在は消失したが、文字として生き続ける彼女の痕跡は、今も紙の上に残されている。


　報告書を閉じると、机の上の原稿が微かに揺れ、インクの匂いがわずかに漂った。誰もいないはずの部屋で、文字だけが生きている。文字の波が、静かに、しかし確実に、読者の視界の端で揺れる。その揺らぎは、まるでかつて存在した女性の息遣いのようである。読者はその原稿を手に取り、ページを捲るたびに、文字の渇望と狂気を目撃する。愛されたい、認められたい…その願望は、もはや誰にも止められない。そして、最後のページの文字が微かに動く。
「まだ、書き続ける…」
部屋は静かになった。けれど、文字だけは生き続ける。そこにかつての彼女はもういない。存在しているのは、文字の中で息づく狂気のみである。