王都に春風が吹き渡る季節になった。
街角の花咲く並木道では、色とりどりの花びらが風に踊っている。
城壁の内側では、王宮近衛兵たちがその賑わいに気づいて微かに笑みを漏らすほどだった。
そんな陽気な朝、皇后宮の大きな窓辺から、一輪の薄桃色の花びらが静かに舞い落ちた。
セレーナは、柔らかな光に包まれた書見台の前で手紙を広げている。
《親愛なる母へ
こちらは春の訪れとともに、王都もすっかり暖かくなりました。
おかげさまで私は元気に過ごしています。陛下も、少しずつではありますが、以前より穏やかな日々を送られているように感じます――》
彼女は、母への便りを何度も言葉を選びながら書いていた。
真っ直ぐすぎる想いや日常の些細な出来事は、その筆跡に柔らかな温度を生んでいた。
「……ふふっ」
セレーナは微笑む。
自分の文字が、思っていた以上に生き生きとしていることに少し驚いたのだ。
そのとき、背後の扉が静かに開く。
「そんなに楽しげな顔をして、何を書いている」
振り返ると、黒髪を整えたリヴィウスが立っていた。
昼の冷徹さは影を潜め、どこか柔らかい空気さえ漂わせている。
「おはようございます、陛下……じゃなくて、リヴィウス」
少し照れたように言うセレーナに、彼は眉根をわずかに緩めた。
「……セレーナは、他人を思うとき――こんな顔をするのだな」
その声は低い。
「母に手紙を書いていたんです。王宮でのことや、庭の花のこと――日々のことばかりを書いています」
セレーナは手紙を差し出した。
リヴィウスの瞳が、ほんのわずかにやわらいだ。
「……見るか?」
セレーナは頷き、穏やかな春の便りをそっと彼に読ませた。
その間、沈黙は決して重くなく、むしろ寄り添うような優しい時間だった。
やがて、リヴィウスは顔を上げる。
「ふむ。母上は、良い方だったな。お前の筆致は、――心地がいい」
その言葉に、セレーナの頬が熱くなる。
「ありがとうございます。では、それを庭で投函しませんか?」
「――そうだな」
二人は朝の庭へ向かう。
柔らかな日差しの中、色とりどりの花が咲き誇り、その蜜を求めて蝶が舞っている。
「セレーナ、今日は――少し歩こう」
リヴィウスのその一言は、かつての冷酷な皇帝からは想像できないものだった。
「はい」
セレーナは微笑む。
二人で静かに並んで歩く。
言葉少なくとも、風のそよぎや鳥の囀りを感じながら歩く。
まるで春そのものが、そっと二人を祝福しているようだった。
「――ここがいい」
リヴィウスが立ち止まったのは、芝生の中にぽつんと咲いた小さな白い花の前だった。
「この花、とても強いですね」
セレーナがつぶやく。
「……強いから、こうして季節を変えても消えないのだろう」
リヴィウスの声は静かだが、どこか心の奥を覗き込むようだった。
セレーナは、その横顔を見つめる。
かつては冷たく険しい瞳だと思っていたのに、今は――穏やかさを秘めている。
「リヴィウス……様」
思わず呼びかけたその声は、春の空気と同じくらい柔らかかった。
彼は、ゆっくりと目を細める。
「……セレーナ」
二人の距離は自然と近づき、呼吸が重なる。
セレーナは、小さく笑った。
「この季節がこんなに優しいなんて、思ってもみませんでした」
「優しいのは、季節だけではないだろう?」
彼の言葉に、心がじんわりとあたたかくなる。
その日、セレーナとリヴィウスは王宮広場へ出向いた。
人々が集まり、色とりどりの旗がはためき、春祭りのような活気が広がっている。
「陛下、せっかくですから少しだけ、行列を見てみませんか?」
セレーナの提案に、リヴィウスは微笑んで頷いた。
二人が歩くと、人々の視線はまっすぐに集まる。
そして、歓声が上がった。
「皇后様、陛下――おはようございます!」
その声に、セレーナは小さく手を振る。
人々の笑顔が、彼女の胸をふわりと温かくする。
リヴィウスは、人々を見渡す。
「……民がこうして笑っているのを見るのも、悪くないな」
その言葉に、セレーナは心の奥がふっと軽くなるのを感じた。
夕暮れ。
王宮へ戻る途中、二人は並んで歩く。
夕陽が長い影を落とし、空は淡い茜色に染まっていく。
「セレーナ」
「はい?」
「――今日という日を、忘れたくない」
その一言は、夜の静けさより深く、永遠に刻まれる言葉となった。
セレーナは微笑んだ。
「忘れません。いつまでも――あなたと過ごした春として」
リヴィウスの手が、そっと彼女の指を包み込む。
二人の心は静かにひとつになり――春の色が、夜空に溶けていった。
街角の花咲く並木道では、色とりどりの花びらが風に踊っている。
城壁の内側では、王宮近衛兵たちがその賑わいに気づいて微かに笑みを漏らすほどだった。
そんな陽気な朝、皇后宮の大きな窓辺から、一輪の薄桃色の花びらが静かに舞い落ちた。
セレーナは、柔らかな光に包まれた書見台の前で手紙を広げている。
《親愛なる母へ
こちらは春の訪れとともに、王都もすっかり暖かくなりました。
おかげさまで私は元気に過ごしています。陛下も、少しずつではありますが、以前より穏やかな日々を送られているように感じます――》
彼女は、母への便りを何度も言葉を選びながら書いていた。
真っ直ぐすぎる想いや日常の些細な出来事は、その筆跡に柔らかな温度を生んでいた。
「……ふふっ」
セレーナは微笑む。
自分の文字が、思っていた以上に生き生きとしていることに少し驚いたのだ。
そのとき、背後の扉が静かに開く。
「そんなに楽しげな顔をして、何を書いている」
振り返ると、黒髪を整えたリヴィウスが立っていた。
昼の冷徹さは影を潜め、どこか柔らかい空気さえ漂わせている。
「おはようございます、陛下……じゃなくて、リヴィウス」
少し照れたように言うセレーナに、彼は眉根をわずかに緩めた。
「……セレーナは、他人を思うとき――こんな顔をするのだな」
その声は低い。
「母に手紙を書いていたんです。王宮でのことや、庭の花のこと――日々のことばかりを書いています」
セレーナは手紙を差し出した。
リヴィウスの瞳が、ほんのわずかにやわらいだ。
「……見るか?」
セレーナは頷き、穏やかな春の便りをそっと彼に読ませた。
その間、沈黙は決して重くなく、むしろ寄り添うような優しい時間だった。
やがて、リヴィウスは顔を上げる。
「ふむ。母上は、良い方だったな。お前の筆致は、――心地がいい」
その言葉に、セレーナの頬が熱くなる。
「ありがとうございます。では、それを庭で投函しませんか?」
「――そうだな」
二人は朝の庭へ向かう。
柔らかな日差しの中、色とりどりの花が咲き誇り、その蜜を求めて蝶が舞っている。
「セレーナ、今日は――少し歩こう」
リヴィウスのその一言は、かつての冷酷な皇帝からは想像できないものだった。
「はい」
セレーナは微笑む。
二人で静かに並んで歩く。
言葉少なくとも、風のそよぎや鳥の囀りを感じながら歩く。
まるで春そのものが、そっと二人を祝福しているようだった。
「――ここがいい」
リヴィウスが立ち止まったのは、芝生の中にぽつんと咲いた小さな白い花の前だった。
「この花、とても強いですね」
セレーナがつぶやく。
「……強いから、こうして季節を変えても消えないのだろう」
リヴィウスの声は静かだが、どこか心の奥を覗き込むようだった。
セレーナは、その横顔を見つめる。
かつては冷たく険しい瞳だと思っていたのに、今は――穏やかさを秘めている。
「リヴィウス……様」
思わず呼びかけたその声は、春の空気と同じくらい柔らかかった。
彼は、ゆっくりと目を細める。
「……セレーナ」
二人の距離は自然と近づき、呼吸が重なる。
セレーナは、小さく笑った。
「この季節がこんなに優しいなんて、思ってもみませんでした」
「優しいのは、季節だけではないだろう?」
彼の言葉に、心がじんわりとあたたかくなる。
その日、セレーナとリヴィウスは王宮広場へ出向いた。
人々が集まり、色とりどりの旗がはためき、春祭りのような活気が広がっている。
「陛下、せっかくですから少しだけ、行列を見てみませんか?」
セレーナの提案に、リヴィウスは微笑んで頷いた。
二人が歩くと、人々の視線はまっすぐに集まる。
そして、歓声が上がった。
「皇后様、陛下――おはようございます!」
その声に、セレーナは小さく手を振る。
人々の笑顔が、彼女の胸をふわりと温かくする。
リヴィウスは、人々を見渡す。
「……民がこうして笑っているのを見るのも、悪くないな」
その言葉に、セレーナは心の奥がふっと軽くなるのを感じた。
夕暮れ。
王宮へ戻る途中、二人は並んで歩く。
夕陽が長い影を落とし、空は淡い茜色に染まっていく。
「セレーナ」
「はい?」
「――今日という日を、忘れたくない」
その一言は、夜の静けさより深く、永遠に刻まれる言葉となった。
セレーナは微笑んだ。
「忘れません。いつまでも――あなたと過ごした春として」
リヴィウスの手が、そっと彼女の指を包み込む。
二人の心は静かにひとつになり――春の色が、夜空に溶けていった。



