俺が好きな私、私が好きな俺

 チャイムの音がした。

 暖房がガンガンに効いて、おじちゃん先生の読み聞かせみたいな、いかにも寝てくださいと言われているような英語の授業が終わった。なんとか起きていられた。
「お前、また寝てただろ。今日は起きるとか言ってたくせに。」
「な、なんて知ってんの?!」
「いや、明らか寝息だったから。ほら、ノート取っとけよな。」
「ありがとぉ……」
 毎日可愛い。好きだから、可愛くて仕方ない。俺の後ろの席に座る月岡花菜(つきおかかな)が好きだ。花菜とは同中同小で、たまたま高校も同じになった腐れ縁だ。うちの高校に来たのが俺とあいつだけっていうのが、またそれらしい。
 好きになったのは高一の夏祭り。迷子になったあいつを見つけた時、花菜は泣いていて俺を見た瞬間抱きついてきた。いつも明るい花菜が泣いているのは、どうも慣れなかった。守りたいと思った。グループと合流するなりカップル煽りされたが、んなもんどうでもいい。花菜は俺の「ヒロイン」だ。
「ふぁ〜……寝みぃ……」
「昨日夜ふかしでもしたの?」
「まさか。誰かさんと違って俺はちゃんと授業起きてるんで。」
「ぐぬぬ……」
 ダチに呼ばれて席を離れても、自然と花菜に目線が行ってしまう。努力家だが、授業中は驚くほど早く寝る。クラスでは結構おてんばなキャラだが、寂しがり屋ですぐ泣く。そんなところが好きだ。それを俺しか知らないのもまたいい。あいつが笑ってくれるなら何でもしてやれる気さえする。顔を合わせる度に愛おしくなる。
(花菜……好きな奴いたりすんのかな……俺の彼女(ヒロイン)に……なんねぇかな……)
 彼女は勉強が苦手だし、教えてやるのもいい。だが、急に言い出したら疑われそうだ。
 ホームルームが終わると、花菜は女友達と話し始めた。
「じゃあな……」
 聞こえるはずもないのに、情けない。彼女は部活に入っていないから、基本的にすぐに帰ってしまう。次の土曜課外はまだ先だから映画にでも誘おうか。あいつのストーリーに載ってみたい。部活仲間に「俺の彼女」なんて自慢してみたりして……告白すらできそうにないのに呆れた話だ。

 部活帰りにドラックストアに寄ってワックスを買ってみた。実は元天パで縮毛矯正をかけた俺の髪。花菜は少し残念そうにしていた。何もパーマ派だったとか。振り向いてほしい、意識してほしい、あわよくば……まで考えて照れてスマホを投げてしまった。
 風呂に入る前に姉貴のアイロンを借りて動画の見様見真似で緩いパーマをかけてみる。パーマはいい感じだ。ワックスを手に取り髪につけてみる。
「うわ……」
 。初心者丸出しな感じが恥ずかしかった。思わず声が漏れるほどのベタベタ感をなんとかしなくてはいけない。ちょっとでも彼女の気が引けるのなら毎日練習してやる、と思いながら風呂に入った。
(また明日……話せますように……)

 ある日の放課後、たまたま二人で帰っている時、花菜が恋バナをしてきた。俺に男の相談をしてきたのだ。
「あのさ?うち、好きな人できたんだ。」
「おぉ。ちょっと気になるかも。どんな奴?」
「そーだなぁ……サッカーが好きで、犬派で。あ!案外頭いい!ちと意地悪だけどまぁ許容範囲って感じ。え、風飛はどう思う?」
 ちょっといい男っぽくてむしろ嫌だった。取られたくない、その一心で強く言い返した。
「んだよそれ。やめとけって。花菜に合わないから。つか、お前は犬苦手だろ。」
「そうだけど……それは慣れればいいし。別にいいじゃんか!」
「なんとなく。とりあえずやめとけよな!」
 他の男のところになんて行かないで、ずっと俺を見ててほしい。
「分かった……」
 花菜は落ち込んで俯いてしまった。俺は激しく後悔した。
「すまん……言い過ぎた……」
 俺自身も落ち込んでいた。すると、花菜が少しこっちを見た。
「どうしたの?髪、ストレートだったじゃん。天パ嫌であんなに縮毛かけたがってたのに。」
「ん?あぁ、姉貴のアイロン借りてちょっとやってみた。どう?」
 まだまだ不格好なパーマに花菜が気づいてくれた。嬉しい。
「いいじゃん。やっぱり私はそっちのほうが好き。」
 こう分かりやすく反応をくれると練習しがいがあるものだ。
(なんか……良い匂いする……)
 花菜の方から薄らと甘くて柔らかい香りがした。明らかにいつもと違う、俺好みの匂いだった。
「花菜、シャンプー変えたか?」
「え、?いや、変えてない……あ、でも!香水つけてる……」
「香水か。いいじゃん。俺この匂い結構好きだわ。」
(俺の好みに合わせて買ってたりして……そんなことないか……)
 俺はペースを落として少し花菜に寄って歩いた。
「なに?恥ずかしいからやめて。」
「誰もいないし、少しだけ。」
 もう花菜の家に着いてしまう。明日も部活は無いが、帰りを誘っていいものか悩んでいる自分が情けない。
「「もう少しだけ……」」
 高い声で同じ言葉が聞こえた。花菜は俺を見上げて驚いている。
「「っ……////!!」」
 急に恥ずかしくなって二人してそっぽ向いた。顔は熱があるみたいに熱くなっていた。
「真似しないでよ……////!」
「そっちこそ真似すんな////!」
 照れ隠しで強い口調で言い返す。耳まで熱くなっているのが分かる。
「あ、明日も、部活ねえから……」
「あ、うん……あの、今日夕飯食べてく……?」
「……食う。」

 甘酸っぱすぎるこの空間がたまらなく愛しかった。彼女との恋は甘いムスクの香りがした。