深夜2時の青春

「引退しよう……そう心を決めてからは、これまで以上にサッカーをするのが楽しくなりました。まあでも、今立ってるこの芝生からこうして観客席を眺められるのは、あと何回だろうって考えると、寂しくもなったんすけど。はは。……だけど、寂しいなって思いながらプレーするよりも、応援に来てくれている皆さんの姿を絶対に忘れないよう目に焼き付けて、必死に最後までプレーした方が楽しいなって思って今日まで過ごしました」

 そう言った翔太くんは照れくさそうに笑った。

そして、続けて「最後まで頑張る勇気をくださって、ほんっとーにありがとうございました!!」と元気に挨拶した。

すると、スタジアムに響く拍手の音がさっきよりも一層大きく鳴り響いた。

首を左右に振って周りを見てみると、目に涙を浮かべながら頷く女性や、寂しそうに静かに聞いている青年……他にもいろんな人たちが翔太くんだけを見つめていた。

「ということでっ!ちょっとしんみりしちゃいましたけど、俺の次の夢はサッカーの楽しさを伝えることです!ジュニア世代のみんなにもっとサッカーを楽しんでもらえるように頑張ります。だから……こうして応援に来てくれたチビっ子たち!今度は俺がみんなを応援する側になるから、これからも一緒にサッカーを楽しもうなっ」
 
 翔太くんが八重歯をキラリと見せて笑った。

すると、近くにいた小学生くらいの男の子は「え……まじ?翔太にサッカー教えてもらえんの!?」と悲しみの色はすっかり消えて、期待で目を輝かせ始めた。

(あぁ、僕はやっぱり翔太くんのこういうところが好きだなあ)

 こういう温かい希望を見せてくれる優しいところが。


 翔太くんの引退スピーチは、寂しいものではなく、観客のみんなをワクワクさせる形で終わりを迎えた。

とくに「俺、このチームが好きなんで、ふらっと試合に来ます!その時は皆さんと一緒にサッカー談義がしたいです!」と元気に言い切った時は、スタジアム全体から笑い声が溢れた。

最後の最後まで、翔太くんの明るくて温かい人柄が現れたスピーチだった。


 翔太くんの勇姿を見届けた後、僕はスタジアムを後にして、約束通り翔太くんの家に向かった。

帰り道に翔太くんから預かった鍵を手に持つと、さっきまでの試合の熱気と引退スピーチの感動がじんわりと胸の奥から蘇ってくるみたいだった。

それに、あんな大勢の人から愛される好青年の家に自分が向かっていると思うと、なんだか信じられないような気もしてきた。

 翔太くんの家に到着してからは、こっそりと「ただいま」と言って家に入った。

僕は調子に乗って、いつもの「お邪魔します」とはちがう挨拶をした。


 そわそわと落ち着かないまま数時間を過ごし、気がつけば24時になりかけていた。

「翔太くんまだかなあ……」

 起きていた方が良いと思うけれども、日中の疲労で瞼が重たくなってくる。

「あとちょっとだけなら、起きておける……はず」

 チームの打ち上げでかなり遅くなることはわかっていたし、先に眠っていて大丈夫とも言われていた。

だけど、帰宅した翔太くんに「おつかれさま」と一言かけたい。

 しばらく強烈な睡魔と戦っていると、ガチャッという音とともに、翔太くんが帰ってきた。

「お、おかえり翔太くん!!」

 眠気を覚ますように、頑張って大きな声を出した。

「春馬さん」

 翔太くんは目尻を下げて微笑み、僕に「ただいま」と優しく返した。

「眠い?春馬さん」

「ん……ちょっとだけ。あっ、それよりも!翔太くん、長い間サッカーおつかれさま」

 僕は立ち上がって、翔太くんの目の前に立って言った。

「……っ」

 翔太くんは一瞬、泣きそうな顔をしてから、僕の肩に頭を置いた。

「……ありがと」

 翔太くんは小さく呟いた。

そんな翔太くんからはふわっと焼肉の匂いがする。

きっと盛大に見送られてきたのだろう。

「春馬さん、眠いところごめんなんだけど。ちょっと出かけない?」

「ん、いいけど……どこに?」

「海」

「え、飲み会だったんじゃ」

「……飲んでない」

 翔太くんは僕の肩に頭を乗せたまま言った。

「春馬さんとドライブに行きたくて、我慢した」

 翔太くんが喋るたび鎖骨辺りに翔太くんの声がくすぐったく触れる。

「我慢……したんだ」

「そう。だから……」

 そして、翔太くんは顔を上げて甘える子どもみたいに「ね、いい?」と聞いてきた。

僕は「うん」と頷いた。