深夜2時の青春

 翔太くんの現役最後の試合は、同点のまま前半は終了し、後半もしばらくの間は同点のままだった。

翔太くんが最後だからといって、相手選手は手加減してくれることはないし、審判のジャッジだって甘くない。

僕が両方の手をぎゅうっと握って応援している間、フィールドに立つ翔太くんは息を切らしてただただ走り続けている。

本心を言うのであれば、人生をかけて頑張ってきた翔太くんにとって最高に幸せな試合になってほしい。

接待でもなんでもいいから、スーパープレーとか、全ての得点を翔太くんが決めるとか、大活躍をさせてほしい。

でも、現実は甘くない。

わかっているけど、心の中ではどうしても願ってしまって、手や眉間に力が入ってしまう。


 声援を送るしかない中で、後半残り5分のところで試合は大きく動いた。

今日一番の大チャンスだ。

味方からのパスが繋がり、ゴール付近で翔太くんにボールが渡った。

「がっ、頑張れ翔太くん!!!」

 残り数分でサッカー選手という翔太くんの人生が幕を閉じてしまうと思うと、気持ちが先走って声が裏返ってしまった。

「あぁ……」

 翔太くんが味方にパスをして、またパスをもらって……。

素人の僕には、翔太くんが誰かにパスをする度にもどかしくなってしまう。

このままゴールを決めたらヒーローなのにって。

「あ!」

 翔太くんが味方にパスをした瞬間、受け取ったチームメイトがゴールに向けてボールを蹴った。

『わあああああああ』

 チームメイトがボールを蹴るとともに、スタジアムは大きな喜びの声が湧き上がった。

ゴールだ。

残り4分のところでやっと1点が入った。

応援席では、翔太くんの名前ではなく、チームメイトの名前が至る所から呼ばれている。

僕は、そのチームメイトの名前を聞きながら泣きそうになる。

だって、もう少しで翔太くんがシュートできそうに見えたから。


 その後の試合は、1点差のまま残り時間が過ぎていった。

残り1分、30秒……と終わりに近づいても、翔太くんは楽しそうに笑顔で走り回っている。

 ピ、ピピーッ。

試合終了の合図が鳴った。

試合は1対0で勝利。

翔太くんのサッカー選手としての最後の試合が終わってしまった。

観客席は喜びの声や指笛の音が上がっている。

みんな嬉しそうだ。

それなのに、僕はせっかく勝ったというのに、涙が溢れないように堪えるのに必死になってしまっている。


 数分経った頃、スタジアムにアナウンスが入った。

翔太くんから引退の挨拶があるようだ。

「あー、あー。えっと。賀川翔太です。みなさん今日は応援に来てくれてありがとうございます」

 マイクを持った翔太くんが喋り始める。

ひとこと挨拶をした瞬間、スタジアムからは自然と拍手が上がっていた。

「俺は今日のこの試合をもって引退します!ずっと現役最後をこのチームでプレーできて、本当に幸せでした」

 翔太くんの言葉に合わせて、会場から「おつかれさまー」だとか、「辞めないで」とか、いろんな声が聞こえてくる。

僕の心と同じだ。

「ちょっと長くなるんすけど、自分の話をさせてください」

 そう言って、翔太くんは一度、咳払いをした。

「俺はここ数年ずっとサッカーを引退するか悩んでました。それで、引退しようって心を決めたのは、去年から今年なんすけど、それはある人との出会いがきっかけでした。その人は研究者っていう俺とは全然ちがう世界で生きている人で、真っ直ぐ夢を追いかけてるかっこいい人でした」

 翔太くんは照れくさそうに笑って鼻をすすっている。

「なあっ、佐野くん。君、研究者とちゃうかった?」

 近くに座っていた遠藤さんが急に質問してきた。

「へ?あ、はい」

 慌てて翔太くんから遠藤さんに視線を移して返事をした。

「俺は……その人の一生懸命、夢を追いかける姿を見て、夢は縋るものじゃなくて、叶えるものだって気づけました。一度見た夢だからって、変えたらいけないなんてないんだって。だから、その研究者の人は、俺にとって一生大切にしたい人です」

 翔太くんは目を細め、八重歯をキラリと見せて笑った。

その瞬間、涙を堪えていたはずの僕の胸から、くすぐったい音がした。

「なあ、なあっ!佐野くんのことやんな?翔太が言ってる一生大切にしたい人って」

 遠藤さんが僕に追い打ちをかけるように尋ねてくる。

「……た……たぶん」

 そうです、と言い切ってしまって良いのだろうか。

こんな大勢の前で、堂々と言い切った翔太くんの一生大切にしたい人は僕だって。

そんなの自意識過剰すぎじゃないだろうか。