翔太くんから引退の意向を聞いてから、3か月が経った。
じっとりと暑い夏は過ぎ、季節は翔太くんと初めて喋った時と同じ秋に変わっていた。
これまでの人生で夏は暑くて堪えるなあ、と思っていたけど、今年は違った。
テレビのニュースで天気予報士が「やっと秋らしくなってきましたね〜」と嬉しそうな表情を浮かべるのを見る度に「あと何回、翔太くんのユニホーム姿を見れるのだろう」と切なくなる。
だから、引退試合が近づいてきた今となっては夏の、あの蒸されるような灼熱さが恋しかった。
毎週のように試合観戦に行き、翔太くんがフィールドに立つ姿を心に刻む日々を過ごしているうちに、いよいよ引退当日になっていた。
本当にあっという間だった。
引退試合の前日に翔太くんの家に泊まっていた僕は、翔太くんを見送ろうと玄関に立った。
「翔太くんっ、こ……これ。……頑張ってきてね」
「なんで春馬さんが泣いてんの。はは」
笑顔で見送ろうと思っていたのに、今日で最後なんだと思うと我慢ができなかった。
たくさん活躍してほしい。
勝ってほしい。
怪我をせずに帰ってきてほしい。
みんなから温かく見送られてほしい。
……できることなら引退しないでほしい。
そんな気持ちで胸がいっぱいになる。
「春馬さん。夏祭りの日の約束覚えてる?」
「もちろん覚えてる」
引退をした日に聞いてほしいことがある、だ。
これは僕も翔太くんに伝えたい気持ちがあるから、ずっと覚えていた。
「じゃあ、帰ってくんの遅くなると思うんだけど、俺の家にいてくんない?」
そう言って、翔太くんは僕の目の前に家の鍵をぶらりと垂らした。
「え、いいの?僕、自分の家で待ってるよ?」
「いいんだって。俺がいてほしいの。だから俺んとこにいてよ。……ね?」
僕は、自分の胸がきゅんと鳴る音を聞いてから「うん」と頷いた。
「あ……翔太くん!僕、頑張って応援するからねっ」
「うん!ありがと。俺は超頑張ってくる」
翔太くんは、ふんっと鼻から息を吐いた。
そして、玄関のドアを開けて、秋のひんやりとした朝の空気の中へ歩いて行った。
(……よし。僕も行く準備をしないと)
玄関ドアから入り込んできた冷たい風を感じながら、僕は目をゴシゴシと拭ってから両頬をパンっと叩いた。
14時の開始時刻に合わせて、いつもより早めにサッカースタジアムに到着した。
まだ人が少ないうちに前の方の席に座ろうとしている歩いていると、後ろから「おーい」と誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、おじさん!こんにちは」
初めて試合観戦に来た時に話した関西弁のおじさんだった。
遠野さんという翔太くんが所属するチームのコーチのお父さんだ。
何度も応援に来ているうちに、すっかり喋り相手になっていた。
「佐野くんも来とったんやなあ。ま、そらそうか」
「はい。翔太くんの最後の試合なので、しっかり応援したくて」
「そやな。おっちゃんもや。あの元気いっぱいやった翔太も、もう引退かあって思うと寂しなるわ」
遠野さんは、僕と同じで試合前なのに、もう泣いてしまったんじゃないかと思うような顔になっていた。
「でもな、おっちゃんは翔太はよう頑張ったって思ってる。負けず嫌いなあいつが、引退を決めたってことは、何かやりたいこと見つけたんちゃうかな。そうやったら、おっちゃんはこれからも応援せなあかんなって思うねん」
遠野さんは腕を組みながら、小さく何度もうんうんと頷く。
「僕も、翔太くんのこれからを一生懸命応援したいって思ってます!」
「せやな。佐野くんも翔太が引退しても、チームの応援来たってや?おっちゃん、翔太もおらんなって、佐野くんっていう喋り相手もおらんなったら寂しすぎるから」
「ははっ。それなら翔太くんと一緒に観にきますね」
「お、それええな」
互いに笑って、遠野さんは「ほな、応援がんばろな」と言って近くの応援席に座った。
そして14時。翔太くんの最後の試合開始が始まった。
じっとりと暑い夏は過ぎ、季節は翔太くんと初めて喋った時と同じ秋に変わっていた。
これまでの人生で夏は暑くて堪えるなあ、と思っていたけど、今年は違った。
テレビのニュースで天気予報士が「やっと秋らしくなってきましたね〜」と嬉しそうな表情を浮かべるのを見る度に「あと何回、翔太くんのユニホーム姿を見れるのだろう」と切なくなる。
だから、引退試合が近づいてきた今となっては夏の、あの蒸されるような灼熱さが恋しかった。
毎週のように試合観戦に行き、翔太くんがフィールドに立つ姿を心に刻む日々を過ごしているうちに、いよいよ引退当日になっていた。
本当にあっという間だった。
引退試合の前日に翔太くんの家に泊まっていた僕は、翔太くんを見送ろうと玄関に立った。
「翔太くんっ、こ……これ。……頑張ってきてね」
「なんで春馬さんが泣いてんの。はは」
笑顔で見送ろうと思っていたのに、今日で最後なんだと思うと我慢ができなかった。
たくさん活躍してほしい。
勝ってほしい。
怪我をせずに帰ってきてほしい。
みんなから温かく見送られてほしい。
……できることなら引退しないでほしい。
そんな気持ちで胸がいっぱいになる。
「春馬さん。夏祭りの日の約束覚えてる?」
「もちろん覚えてる」
引退をした日に聞いてほしいことがある、だ。
これは僕も翔太くんに伝えたい気持ちがあるから、ずっと覚えていた。
「じゃあ、帰ってくんの遅くなると思うんだけど、俺の家にいてくんない?」
そう言って、翔太くんは僕の目の前に家の鍵をぶらりと垂らした。
「え、いいの?僕、自分の家で待ってるよ?」
「いいんだって。俺がいてほしいの。だから俺んとこにいてよ。……ね?」
僕は、自分の胸がきゅんと鳴る音を聞いてから「うん」と頷いた。
「あ……翔太くん!僕、頑張って応援するからねっ」
「うん!ありがと。俺は超頑張ってくる」
翔太くんは、ふんっと鼻から息を吐いた。
そして、玄関のドアを開けて、秋のひんやりとした朝の空気の中へ歩いて行った。
(……よし。僕も行く準備をしないと)
玄関ドアから入り込んできた冷たい風を感じながら、僕は目をゴシゴシと拭ってから両頬をパンっと叩いた。
14時の開始時刻に合わせて、いつもより早めにサッカースタジアムに到着した。
まだ人が少ないうちに前の方の席に座ろうとしている歩いていると、後ろから「おーい」と誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、おじさん!こんにちは」
初めて試合観戦に来た時に話した関西弁のおじさんだった。
遠野さんという翔太くんが所属するチームのコーチのお父さんだ。
何度も応援に来ているうちに、すっかり喋り相手になっていた。
「佐野くんも来とったんやなあ。ま、そらそうか」
「はい。翔太くんの最後の試合なので、しっかり応援したくて」
「そやな。おっちゃんもや。あの元気いっぱいやった翔太も、もう引退かあって思うと寂しなるわ」
遠野さんは、僕と同じで試合前なのに、もう泣いてしまったんじゃないかと思うような顔になっていた。
「でもな、おっちゃんは翔太はよう頑張ったって思ってる。負けず嫌いなあいつが、引退を決めたってことは、何かやりたいこと見つけたんちゃうかな。そうやったら、おっちゃんはこれからも応援せなあかんなって思うねん」
遠野さんは腕を組みながら、小さく何度もうんうんと頷く。
「僕も、翔太くんのこれからを一生懸命応援したいって思ってます!」
「せやな。佐野くんも翔太が引退しても、チームの応援来たってや?おっちゃん、翔太もおらんなって、佐野くんっていう喋り相手もおらんなったら寂しすぎるから」
「ははっ。それなら翔太くんと一緒に観にきますね」
「お、それええな」
互いに笑って、遠野さんは「ほな、応援がんばろな」と言って近くの応援席に座った。
そして14時。翔太くんの最後の試合開始が始まった。



