「春馬さん。俺、サッカーが嫌いになって辞めるんじゃないよ」
公園のベンチに座ってすぐ、翔太くんは言った。
「俺、サッカーは好きだし、ずっと関わりたいと思ってる。だからこそ、選手のままじゃできないことを見つけたんだよね」
暗い公園の中で、翔太くんはただ真っ直ぐ前を見ていた。
その視線の先には、りんご飴やカステラを嬉しそうに食べている子どもたちがいた。
男の子たちは「うんまぁー」とはじけるような笑顔を浮かべて頬張っている。
「俺、今さらだけど学校の先生になりてーなって思ってるんだよね」
「学校の先生……?」
「あ、お前が?って思ってるでしょ」
僕は分かりやすくポカンとしていたらしく、翔太くんに笑われてしまった。
「確かにちょっとだけ、驚いたかも。でもなんで……学校の先生?」
僕がそう質問すると、翔太くんは大きく深呼吸をした。
「ちょっと長くなるけど、いい?」
僕はすぐに「うん」と頷いた。
「俺さ、春馬さんと仲良くなるちょっと前から、ずっと悩んでたんだよね。俺がどれだけ努力したところで、きっと俺の夢が叶うことはないだろうなって」
『夢が叶うことはない』その言葉を聞いた瞬間、胸が張り裂けるような痛みがした。
「ハタチくらいまではさ、一生懸命頑張ってたら、そのうち努力が報われて、俺だってトップリーグの選手なれるはずだって思ってた。それで、結果を残していけば、もっともっと上を目指せるんじゃないかって。馬鹿みたいだけど、本当に信じてた。だけどさ、現実はやっぱり厳しくてさ」
翔太くんは、ゆっくりとした落ち着いた口調で話している。
月明かりに照らされながら話す翔太くんの横顔は、いつもと変わらない甘くて優しい。
なのに……。
翔太くんの想いはどうして叶わないだろう。
報われなかった翔太くんの努力はどこへ行くのだろう。
そう思うと、胸の中が虚しさとか、悔しさとか、もどかしい感情でいっぱいになってくる。
どんどん堪えきれなくなってきて、次第に大粒の涙に変わって、ぼろぼろと両目から溢れ出していた。
「春馬さんっ!?」
驚いた翔太くんが慌ててTシャツを捲って、僕の涙を拭おうとする。
「……っ、だいっ、じょうぶ。話を遮ってごめん」
僕は眼鏡をかけたまま、雑に目元をぐしゃぐしゃと拭って、泣くのを必死で止めようと、また唇をぎゅっと噛んだ。
そんな僕を見た翔太くんは、一瞬だけ戸惑った様子を見せてから、すぐに話を続けた。
「いつまでサッカー選手でいられるのだろうって思ってた頃にさ、春馬さんと出会ったんだよね。初めて焼き鳥屋に行った時のこと覚えてる?」
「おぼっ……えてる」
酔って、翔太くんにキスをさせたから。
忘れられるはずがない。
「俺、あのとき、同世代の人が必死に自分の夢を語る姿を初めて見て、すっげえ感動したんだよ。あぁ、大人になっても夢って追いかけていいんだって。かっけえなって」
翔太くんは、照れくさそうに笑った。
「ぼっ、僕だって思った!翔太くんのことっ、格好良いって思った!」
「ははっ、ありがと。だから、俺はそんな春馬さんに憧れ続けてもらいたいって思った。もう少し……サッカー選手として夢を追いかけてみようって」
僕を励ますために……サッカー選手を続けてくれていたのかな。
堪えていたはずなのに、また涙が大きな粒になって流れてくる。
「春馬さんが目の下にクマ作ったり、論文にまみれて寝落ちてたり、そんな頑張ってる姿に俺は支えられてた。だから俺は……どんな形であれサッカー選手って夢は叶えたんだから、もう次に進まないとって思った。チビの頃に思い描いてた夢を追うのは終わりにしようって」
どうしよう。
翔太くんにどんな言葉を返せば良いのかわからない。
涙ばかりが出てきて、翔太くんに寄り添える言葉がひとつも出てこない。
「今までずっと、俺自身がサッカーを楽しむことが大切だって考えてたんだよね。楽しそうな奴を見るからこそ、応援してくれてる人たちも楽しいんだって。だけど、骨折して、ちょっとだけサッカーから離れてみると、俺は骨折して試合に出てないのに、俺のユニホームを着て応援に来てくれてる人たちも多くてさ。正直、すげえ嬉しかった」
そう言って笑った翔太くんの目には、うっすらと涙がたまっていた。
「そんでさ、俺が出れない試合を応援に来てくれてるチビっこがさ、『しょーた!今サッカーできないなら、オレたちにサッカー教えてよ』って言ってきたんだよね」
「そんな……大胆な」
さすが子どもだと思った。
大人だったら絶対にできない技だ。
「一瞬、怯んじゃったんだけど、チビっこたちのキラキラした真剣な目見てたら、なんか俺までウズウズしてきちゃってさ。……その時、あぁ、俺、今久しぶりにワクワクしてるって感じた。昔、初めてサッカー観戦に行って最高にワクワクした時と同じだって」
そう話す翔太くんは、目尻を下げて笑い、いつもの夢を語る格好の良い顔になっている。
そして翔太くんは、ぼんやりとした公園の灯りに照らされながら、カステラを食べている男の子たちの方を見ながら「そういえば、俺に言ってきたの、あれぐらいのチビたちだった」とさらに笑った。
「そういうことで、俺は今から新しい夢を追いかけることにした」
「だから学校の先生?」
「そっ。誰かを育てる立場になるなら、ちゃんと勉強しないとなーって。まあ、勉強苦手なんだけど」
翔太くんは腕を組んで、うーん、と悩む素ぶりを見せた。
「ふふっ。翔太くんが先生か」
前にサッカーを教えてもらったことがあるけど、確かに上手だったなと思う。
すぐに褒めてくれるし、一緒に喜んでくれる。
こんな先生だったら、きっと楽しいだろう。
「だからさ、俺の引退試合、絶対に観にきてほしーんだけど。そんで引退したらその……あの……えーっと」
「なに?」
「聞いて欲しいことがあるというか、言いたいことがあるというか」
「今聞くのは?」
「いっ、いまは、だめ」
「なんで?」
「俺はまだサッカー選手だから」
「なにそれ?」
「……うるさい」
翔太くんは、ふんっと鼻を鳴らして、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
なんとなく、なんとなくだけど……翔太くんが言いたいことは、僕と同じ気がする。
翔太くんが引退したら、僕はきちんと好きだと伝えよう。
公園のベンチに座ってすぐ、翔太くんは言った。
「俺、サッカーは好きだし、ずっと関わりたいと思ってる。だからこそ、選手のままじゃできないことを見つけたんだよね」
暗い公園の中で、翔太くんはただ真っ直ぐ前を見ていた。
その視線の先には、りんご飴やカステラを嬉しそうに食べている子どもたちがいた。
男の子たちは「うんまぁー」とはじけるような笑顔を浮かべて頬張っている。
「俺、今さらだけど学校の先生になりてーなって思ってるんだよね」
「学校の先生……?」
「あ、お前が?って思ってるでしょ」
僕は分かりやすくポカンとしていたらしく、翔太くんに笑われてしまった。
「確かにちょっとだけ、驚いたかも。でもなんで……学校の先生?」
僕がそう質問すると、翔太くんは大きく深呼吸をした。
「ちょっと長くなるけど、いい?」
僕はすぐに「うん」と頷いた。
「俺さ、春馬さんと仲良くなるちょっと前から、ずっと悩んでたんだよね。俺がどれだけ努力したところで、きっと俺の夢が叶うことはないだろうなって」
『夢が叶うことはない』その言葉を聞いた瞬間、胸が張り裂けるような痛みがした。
「ハタチくらいまではさ、一生懸命頑張ってたら、そのうち努力が報われて、俺だってトップリーグの選手なれるはずだって思ってた。それで、結果を残していけば、もっともっと上を目指せるんじゃないかって。馬鹿みたいだけど、本当に信じてた。だけどさ、現実はやっぱり厳しくてさ」
翔太くんは、ゆっくりとした落ち着いた口調で話している。
月明かりに照らされながら話す翔太くんの横顔は、いつもと変わらない甘くて優しい。
なのに……。
翔太くんの想いはどうして叶わないだろう。
報われなかった翔太くんの努力はどこへ行くのだろう。
そう思うと、胸の中が虚しさとか、悔しさとか、もどかしい感情でいっぱいになってくる。
どんどん堪えきれなくなってきて、次第に大粒の涙に変わって、ぼろぼろと両目から溢れ出していた。
「春馬さんっ!?」
驚いた翔太くんが慌ててTシャツを捲って、僕の涙を拭おうとする。
「……っ、だいっ、じょうぶ。話を遮ってごめん」
僕は眼鏡をかけたまま、雑に目元をぐしゃぐしゃと拭って、泣くのを必死で止めようと、また唇をぎゅっと噛んだ。
そんな僕を見た翔太くんは、一瞬だけ戸惑った様子を見せてから、すぐに話を続けた。
「いつまでサッカー選手でいられるのだろうって思ってた頃にさ、春馬さんと出会ったんだよね。初めて焼き鳥屋に行った時のこと覚えてる?」
「おぼっ……えてる」
酔って、翔太くんにキスをさせたから。
忘れられるはずがない。
「俺、あのとき、同世代の人が必死に自分の夢を語る姿を初めて見て、すっげえ感動したんだよ。あぁ、大人になっても夢って追いかけていいんだって。かっけえなって」
翔太くんは、照れくさそうに笑った。
「ぼっ、僕だって思った!翔太くんのことっ、格好良いって思った!」
「ははっ、ありがと。だから、俺はそんな春馬さんに憧れ続けてもらいたいって思った。もう少し……サッカー選手として夢を追いかけてみようって」
僕を励ますために……サッカー選手を続けてくれていたのかな。
堪えていたはずなのに、また涙が大きな粒になって流れてくる。
「春馬さんが目の下にクマ作ったり、論文にまみれて寝落ちてたり、そんな頑張ってる姿に俺は支えられてた。だから俺は……どんな形であれサッカー選手って夢は叶えたんだから、もう次に進まないとって思った。チビの頃に思い描いてた夢を追うのは終わりにしようって」
どうしよう。
翔太くんにどんな言葉を返せば良いのかわからない。
涙ばかりが出てきて、翔太くんに寄り添える言葉がひとつも出てこない。
「今までずっと、俺自身がサッカーを楽しむことが大切だって考えてたんだよね。楽しそうな奴を見るからこそ、応援してくれてる人たちも楽しいんだって。だけど、骨折して、ちょっとだけサッカーから離れてみると、俺は骨折して試合に出てないのに、俺のユニホームを着て応援に来てくれてる人たちも多くてさ。正直、すげえ嬉しかった」
そう言って笑った翔太くんの目には、うっすらと涙がたまっていた。
「そんでさ、俺が出れない試合を応援に来てくれてるチビっこがさ、『しょーた!今サッカーできないなら、オレたちにサッカー教えてよ』って言ってきたんだよね」
「そんな……大胆な」
さすが子どもだと思った。
大人だったら絶対にできない技だ。
「一瞬、怯んじゃったんだけど、チビっこたちのキラキラした真剣な目見てたら、なんか俺までウズウズしてきちゃってさ。……その時、あぁ、俺、今久しぶりにワクワクしてるって感じた。昔、初めてサッカー観戦に行って最高にワクワクした時と同じだって」
そう話す翔太くんは、目尻を下げて笑い、いつもの夢を語る格好の良い顔になっている。
そして翔太くんは、ぼんやりとした公園の灯りに照らされながら、カステラを食べている男の子たちの方を見ながら「そういえば、俺に言ってきたの、あれぐらいのチビたちだった」とさらに笑った。
「そういうことで、俺は今から新しい夢を追いかけることにした」
「だから学校の先生?」
「そっ。誰かを育てる立場になるなら、ちゃんと勉強しないとなーって。まあ、勉強苦手なんだけど」
翔太くんは腕を組んで、うーん、と悩む素ぶりを見せた。
「ふふっ。翔太くんが先生か」
前にサッカーを教えてもらったことがあるけど、確かに上手だったなと思う。
すぐに褒めてくれるし、一緒に喜んでくれる。
こんな先生だったら、きっと楽しいだろう。
「だからさ、俺の引退試合、絶対に観にきてほしーんだけど。そんで引退したらその……あの……えーっと」
「なに?」
「聞いて欲しいことがあるというか、言いたいことがあるというか」
「今聞くのは?」
「いっ、いまは、だめ」
「なんで?」
「俺はまだサッカー選手だから」
「なにそれ?」
「……うるさい」
翔太くんは、ふんっと鼻を鳴らして、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
なんとなく、なんとなくだけど……翔太くんが言いたいことは、僕と同じ気がする。
翔太くんが引退したら、僕はきちんと好きだと伝えよう。



