深夜2時の青春

「たぶん、俺、結構……いや、かなり春馬さんのこと好きなんだと思う。だっ、だから勝手に距離感バグってたんだと思う」

 体育座りをした膝に顔を埋めた翔太くんが言った。

「え……?えっ?ね、いまの……なに。いまなんて」

 聞き間違いじゃなければ、今、翔太くんに好きだと言われたと思う。

僕は、両手で丸まった翔太くんの左腕を掴んで揺らした。

「あっ、やめ。ちょっと、春馬さ……あっ」

 体育座りをしていた翔太くんの体勢が崩れた。

「…………っ」

 目の前には、真っ赤な顔をして照れる翔太くんがいた。

声にならない声を発するように、口をパクパクと動かす翔太くんが。

「翔……太くん」

 一瞬、心臓が銃で撃ち抜かれてしまったと思った。

翔太くんの甘く整った顔が恥ずかしそうに崩れるのを見た瞬間、自分の胸から聞こえたこともないほど大きな鼓動がした。

「春馬さん」

 僕は名前を呼ばれると、慌てて翔太くんの腕から手を離し、近くに置かれていた缶ビールをゴクゴクと飲んだ。

(こ、これは告白をされたわけじゃない……)

 それなのに、両思いであるという期待が1秒ごとに大きく膨らんできて仕方がない。

(こんなとき、どうすればいいんだっけ。好きって、いっていいんだっけ)

 頭がぐるぐるする。こんな気持ち、何年ぶりだろう。

学生時代にどうやって恋愛の駆け引きをしていたのか全く思い出せない。

思い出せたとして、アラサーの今の僕にも使えるものだろうか。

正解を見つけようと考えるほど、頭の中でいろんな考えが浮かんでは消えてゆく。

だめだ。キス、ハグ、手を繋ぐ、告白する。

どの選択肢が正解なのかわからない。

僕は近くに置いてあった翔太くんの缶ビールに手を伸ばす。

「あ、春馬さん!飲みすぎちゃだめだって」

 翔太くんのビールをゴクリと喉を鳴らして飲んだ。

「しょ、しょうたくん、ぼく……翔太くんのことが好……っ」

 言い切る前に翔太くんの大きな左手に口を塞がれた。

「んむぅ?」

「こういうのはっ、酔った勢いで言うのは良くない……です」

 溢れ出して仕方がない好きを塞がれてしまった。

「春馬さんは酔っ払ってる。それに俺も……酔っ払ってる。だ、だから、今言うのはダメ。絶対にダメ」

 翔太くんはそっと僕の口から手を離し、僕が持っていた缶ビールを取り上げた。

「……じゃあ、翔太くんが言ったすきは、なんのすき?」

 僕は暴れてズレた眼鏡をそっと掛け直して聞いた。

「…………恋愛の好き、だと思う」

「んふふっ。ふふっ。そっかあ、そっかそっか」

 翔太くんの一言に胸がいっぱいになる。

温かくて、ふわふわだ。

「急にすげー上機嫌になるじゃん」

「だって。なんか、すごくうれしいから。あ、そうだ」

 僕は翔太くんに近づき、セーターの首元を捲った。

「ど、したの?」

「きすまーく、つけて」

「え?」

 驚いた翔太くんが大きく目を見開いた。

「これを、あしたおぼえてたら、僕はしょうたくんにすきって言う。おぼえてなかったら、いわない」

「それ、絶対忘れるやつじゃん」

「だいじょーぶなんだって。よってないからあ」

 僕はうんうんと頷いた。

すると、翔太くんはしばらく悩み、「本当にいいの?」と聞いた。

そして僕が「いい」と答えると、翔太くんは僕の細い首に手を添えて、そっと鎖骨の本の少し上に優しく口付けをした。

「んん……っ」

 初めて身体に触れる翔太くんの唇がくすぐったい。

我慢をしようと思うのに、たまらなくなって声が漏れてしまう。

しん、と静かな深夜に、部屋にテレビから流れるバラエティ番組の音が、やましいことをしている僕たちを匿っているみたいだ。

「はい。これでいい?」

 僕は翔太くんの右手のギプスに目を向けながら、ゆっくりとした。すると翔太くんは「恥ずかしくて死にそう」と笑った。



 翌日は、身体の痛みで目を覚ました。

ソファーの上で変な角度で寝落ちてしまったのか、首が異常に痛い。

「うぅ、痛い」

 唸りながら身体動かし、ソファーに座り直す。

何かを踏みつけたと思ったら、ソファーの下には翔太くんが寝転んでいた。

危うく、骨折している右腕を踏みつけてしまうところだった。

「ん……おはよ、春馬さん」

 翔太くんが眠たそうに目を擦りながら起き上がる。

その頭にはピョンと跳ねた寝癖がついている。

「ごめん。帰らずに寝ちゃってた」

「いいのいいの。俺も寝落ちてたし」

「ベッドで寝なかったの?僕だけソファーで寝てしまうなんて」

 骨折をしている翔太くんになんて仕打ちをしたのだろうと、申し訳なくなった。

「いいんだって。俺がここで寝たかっただけだから」

 そう言って翔太くんはふにゃっと笑った。

翔太くんの笑顔は、相変わらず八重歯が見えて、朝からキュンとさせられてしまう。

「とりあえず顔、洗ってくる」

 僕は緩んでしまった顔を引き締めようと、洗面所へ向かった。

顔を洗おうと、鏡を見ると見慣れないものが首元についていた。

「え?……これ」

 あざにしては濃く、小さい。

この小さな濃い痣は、大学生がよく首につけて授業に来るのでよく知っている。キスマークだ。

(な、なんで?僕、もしかして昨日の夜、翔太くんととんでもないことをしたんじゃ……)

 起きて数分だというのに、思い出せなくてパニックになってしまう。

ぎゅっと目を瞑りながら考えていると、翔太くんが洗面所へやってきた。

「春馬さーん。はい、これ、タオル」

「あぁ、ありがとう」

 僕はパッと目を開けて、慌ててタオルを受けとった。

すると、翔太くんは「あ……」と言って、僕の首元に視線を向けた。

「こ、これ、キスマークだと思うんだけど。……僕たち、昨日なにかしたのかな」

 ズルい聞き方をしてしまった。

すると、翔太くんは一瞬、キョトンとして、すぐに少し寂しそうな顔になった。

「あはは……あーもう……。なんで忘れちゃうかなぁ」

 ぐしゃぐしゃと、翔太くんは前髪を掻いた。

「え?なに?本当に僕なにかしでかした?」

「ほんっとに。もう!春馬さんなんか、こうしてやる」

 翔太くんは困ったように笑って、僕は真正面から抱きしめられてしまった。

「へ?なになに」

「うるさいっ。こうされてる間に思い出すんだな」

 僕には状況がさっぱりわからない。

「く、苦しい。あはは、なに」

 突然ぎゅうぎゅうと翔太くんに強く抱きしめられると、朝から幸せ過ぎて笑ってしまった。

「春馬さん、ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさい?」

 翔太くんの様子から察するに、僕は確実に大事な出来事をすっかり忘れちゃったのだろう。