深夜2時の青春


 翔太くんたちのゴールが決まってからは、あっという間に試合は終了した。

結果は1-0。

二人のゴールは相手の戦意を喪失させるには十分すぎるものだったらしい。

 試合が終わると、翔太くんを含めた選手たちは観客席の前まで来て「ありがとうございましたぁ!」と大きな声で言い、深くお辞儀をした。

すると、観客席からはすぐに大きな拍手が湧き上がり、次々に選手たちを労う声がたくさん送られ始める。

選手たちは軽く会釈をしたり、大きく手を振ったりと観客の声に各々応えていた。

右を見ても、左を見ても、どこを見ても、みんな楽しそうだ。

応援する観客と応援される選手。

立場を超えて、勝利を喜び合う人たちの姿は、冷たい風が吹くスタジアムの温度をじんわりと温めているように感じた。

 興奮が冷めないままでいる僕は、観客席から立たずにしばらく翔太くんを眺めていた。

サッカーコートでチームメイトと戯れながらボールを拾い集める翔太くんは、普段の余裕のある大人っぽさはなく、ただのやんちゃな少年みたいだ。

今日だけで、これまで知らなかった翔太くんをたくさん見ている気がする。

 翔太くんをもう少しだけ近くで見てみたくなって、観客席から立ち上がった。

前にいた女性二人に続き、スタジアムの階段をタンタンと降りていくと、翔太くんが観客席の方へ走ってきた。

「あっ、翔……」

 名前を呼び、手を振ろうとした時だった。

「しょ〜たぁ〜」

 前にいた女性のうち、1人が叫んだ。

そして僕と同じように首からかけていたタオルを外すと、両手で高く掲げた。

(あ……)

 僕の視界は『大西翔太』と書かれた彼女のタオルで遮られてしまった。

「翔太〜、応援きたよー!!」
「また遊びに行こうねー」

 彼女たちの軽やかな声が頭の中に飛び込んでくる。

(遊……びに行こう……?)

 僕はその瞬間、振りかけていた手の力が抜けた。

 彼女たちは翔太くんの友達だったのか……。

彼女たちは掲げていたタオルを下ろし、きゃっきゃっと笑い声を上げている。

 そんな二人組にゆっくり目を向けると、左側に立っていた女性の長くて艶やかな黒髪が、風に吹かれて僕の目の前にふわりと舞った。

フローラルの柔らかくて、華やかなシャンプーの香りだ。

無機質な僕とは違う柔らかな香りに、胸の中に小さなヒビが入るような痛みが走る。

「あははっ、翔太なんて言ってるんだろう」

 彼女たちの声につられて翔太くんの方を見ると、口をパクパクと動かして、二人に向かって大きく両手を振っていた。

「なんだろね。まあ、あとで差し入れ渡すついでに聞いてみようよ」

「そだね、ははっ」

 手を振る翔太くんに応じるように、彼女たちも胸元でひらひらと手を振りかえした。


(…………そうだよね)

 一瞬でも、僕に気づいてくれたと勘違いした自分が恥ずかしい。

華やかな彼女たちの方に目がいって当然だ。

それに、僕は勝手に翔太くんのことを知っている気になっていたけど、そうじゃない。

あんな少年みたいに笑う翔太くんなんて知らなかったし、たくさんの人からの期待を背負いながら堂々とプレーする頼もしい姿だって知らない。

チームメイトだって男前ばっかりだし、観客席には美人な友人だっている。

今日だけで僕が知らなかった翔太くんをたくさん見たってことは、それだけ広くて大きな世界で生きているということだ。

もう何から何まで僕とは正反対な煌びやかな世界だ。

そう思うと、胸の小さなヒビが大きく広がって痛む。



(あれ……?)

 胸が痛くて苦しいはずなのに、同時に頭の中にとんでもない気持ちが浮かび上がってくる。

(ちがう、ちがう。絶対に違う、はず……)

 元々、翔太くんに抱いてた感情は、単純に男としての『憧れ』だけだ。

僕には無い格好良さがあって、溌剌とした笑顔と挨拶に癒されていたはず。

それなのに。



「…………好き……なのかも」



 確実に憧れ以上の感情が芽生えている。

 僕は階段を降りるのを止めて、近くの観客席に座った。

(はあ……)

 両手で顔を覆って、一度深く息をする。

 かっこいい翔太くんも、少年みたいな翔太くんも、ドキっとするような色っぽい翔太くんも、全部ひとりじめしたくなっている。

僕だけに甘くて溶けてしまいそうな笑顔を向けて欲しい。

(……どうしよう)

 知らない人に対する翔太くんの態度を見て、翔太くんへの気持ちを自覚するなんて思わなかった。

 いざ翔太くんへの想いを自覚してみると、胸からドキドキと音がするのに、心が静かに締め付けられる。

 そんな感情を抱いた僕は、急いでスタジアムから去ることにした。

 家に到着すると、翔太くんから『夜、ちょっと電話していい?』とLINEが来ていた。