紙芝居「パン屋の天使」

朝の空はまだ眠っている。
けれど、町のパン屋だけはもう灯りがともっていた。
小さな窓から、粉のような光がこぼれている。

その日、天から一枚の羽が落ちた。
落ちた先は――そのパン屋の前。

「おや? 新しい見習いかい?」
ふくよかな店主が、羽を拾い上げると、そこに小さな少女が立っていた。
「わたし、天使です。仕事を覚えに来ました」

パン屋は笑った。「天使が仕事を? おかしな子だね」
少女は首をかしげた。「働くって、どういうことですか?」

パン屋は答えずに、生地をこねる。
白い粉が宙に舞い、部屋の空気が甘くなる。
少女も見よう見まねで手を動かした。
でも、思うようにいかない。生地は手にくっつき、形はぐにゃりと崩れた。

「むずかしいです……天国では、願えばなんでもできたのに」
「ここは地上だ。手を使い、時間をかけて、失敗して覚えるんだ」

夜明け前、ようやくパンが焼きあがった。
ふくらんだパンから、金色の湯気がのぼる。
少女がひと口かじると、胸の奥がじんと温かくなった。

そのとき、外から子どもの声がした。
「パン屋さーん! 今日もあの甘いパンください!」
寝ぼけた顔で駆けてくる少年に、少女はパンを手渡す。
少年は笑い、両手でパンを抱きしめるようにして走り去った。

少女は不思議そうに首をかしげた。
「わたしの作ったパン、どうしてあんなに嬉しそうに持っていくの?」
パン屋は笑って答えた。
「働くってのはね、自分のためじゃない。誰かの“おいしい”や“ありがとう”を作ることなんだよ」

少女の背に、かすかに光がともった。
パンの香りに包まれながら、天使は静かに呟いた。
「そっか……働くって、祈りみたいですね」

その日、店の前に小さな羽が一枚、焼きたてのパンといっしょに飾られた。
それは、“天使が残した仕事のしるし”として、町の人々に大切にされ続けた。

END