紙芝居「へびの市場」始まり始まりー!
語り手のゆったりとした柔らかい声に合わせて、真理はゆっくりと手を動かしながら、手話で語り始めた。
柔らかな指の動きが、空気に言葉を描きます。
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むかしむかし、
まだ世界がやわらかくて、
風の色が七つもあったころのこと。
大きな原っぱのまんなかに、
たくさんの蛇たちが すんでいました。
みんな、なかよし。
おひさまのしたで とぐろをまいて、
おしゃべりしたり、ひなたぼっこしたり。
でも、ある日――
赤い蛇が いいました。
「ねえ、みんな。
ぼくの“毒”を すこし分けてあげるよ。
それをもっていれば、こわい蛇に かまれないんだ。」
蛇たちは びっくり。
「毒を分ける? こわくないの?」
赤い蛇は にっこりして言いました。
「だいじょうぶ。
毒は うまく使えば、みんなをまもる力にもなるんだよ。」
そうして「へびの市場」ができました。
やがて、青い蛇が やってきました。
「ぼくは 抜け殻を売るよ。
この皮をきれば、どんなところにも にげられるんだ。」
みんな、あたらしい皮を着て 旅に出ました。
でも、だれがどこの蛇だったのか、
だんだん わからなくなっていきました。
つぎに、緑の蛇が いいました。
「つかれた蛇さんには、この“夢の毒”をどうぞ。
のむと、いやなことを ぜんぶ わすれられるよ。」
蛇たちは つぎつぎと どくをのみ、
とぐろをまいたまま、 ねむってしまいました。
やがて、市場は にぎやかになりすぎて、
毒のにおいで 空がくもりました。
赤い蛇も、青い蛇も、緑の蛇も、
みんな まざって、同じ 灰色になってしまいました。
だれが どんな蛇だったか、
もう、だれにも わかりません。
さいごに のこったのは、
灰色の ちいさな蛇。
おなかが すいて、たべるものが なくなって、
その蛇は ゆっくりと 自分のしっぽを たべはじめました。
くるり、くるり、
まるくなって、
世界が しずかに とじていきます。
あさになると、
市場も 蛇も ぜんぶ きえていました。
のこったのは、
ひとつの 鱗。
風にゆれて、
きらりとひかって、
小さな文字が 書いてありました。
「毒があるかぎり、
市場は つづくんだよ。」
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真理は、その一枚をしばらく見つめていました。
手を胸の前に当て、
指先で「毒」という手話を、そっと描きます。
そして、最後の紙をめくりました。
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世界のどこかで、また、ちいさな蛇が生まれます。
でもその子は、まだ毒をもっていません。
あたらしい市場をつくらないように――おひさまは、静かに、やさしく、その子を照らしています。
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真理は、手話で「うまれる」を示し、
天を仰ぎました。
講堂で物語を聞いた子供たちの中の一人が、手を小さく握りしめて心の中でつぶやきました。「毒はいらない」
講堂に響く拍手に真理はそっと微笑む。物語は集まった子供たちの胸の中で薬となり、想いが次の未来へ渡されていくのを願う。
手話ナレーターのボランティアを続ける真理。彼女の声はまだ戻らない。
END



