「紙芝居『風を飼う村』――始まり、はじまり」
語り手のゆったりとした声に合わせて、
真理は立ち上がり、ゆっくりと手を動かしました。
柔らかな指の動きが、空気に言葉を描きます。
むかしむかし、
山のふもとの小さな村に、
「風を飼う人たち」がいました。
村には門がなく、
どんな風でも入ってこられました。
北風も、南風も、嵐の夜の風も――
みんな笑って迎えました。
風は歌を運びました。
「遠い町で花が咲いたよ」
「海の向こうで子どもが生まれたよ」
やさしい風の声に、村はいつも笑顔でした。
けれど、ある冬の夜。
北の国から、つめたい風がやってきました。
その風は、人の言葉をまねてささやきました。
「長老は金を隠してる」
「井戸の水、のんではいけない」
村人たちは最初、笑っていました。
でも夜ごと風はささやき、
心の奥に灰のように入り込んでいきました。
笑い声が消え、
風車も回らなくなり、
村は静かになりました。
そのとき、一人の木こりが言いました。
「風を飼うなら、
少しだけ囲いを作ろう」
みんな驚きました。
「風を閉じこめるなんて、悪いことだ!」
木こりは静かに答えました。
「いい風と、悪い風を見わけるための囲いだよ」
やがて村には、小さな門ができました。
風が通ると、門の上の風鈴がチリンと鳴りました。
知らない風のときは、
風鈴が少し強く鳴るようになりました。
春が来るころ、
村に歌が戻ってきました。
畑も笑い、子どもたちも風と遊びました。
けれど、だれかが空を見上げてつぶやきます。
「ねえ、あの風……ほんとうに悪い風だったのかな?」
風見鶏がくるくると回って答えました。
「風は自由。でも、耳は大切にね。」
物語が終わると、
講堂は静まりかえりました。
しばらくして、
子どもたちの間に光のような拍手が広がりました。
手のひらと手のひらが空で揺れ、
音のない拍手が講堂を満たします。
真理はそっと微笑み、
指先で“風”の手話を描きました。
彼女の声は、まだ戻りません。
けれど、手の動きが歌っていました。
――風は言葉よりも遠くへ届く、と。
END



