目を開けたら見知らぬ天井だった。
頭をゆっくり左右に動かし周囲を見回すも、見たことのない家具に間取り。
(ここはどこ……)
まだ寝ぼけて働かない頭を必死に動かし、昨日の事を思い出す。
(そうだわ……私……)
徐々に蘇る昨日の記憶。
燃え上がる炎と自分を連れ出してくれた蒼弥。
目を閉じると、まだ耳の奥にぱちぱちと燃える音が残っている。
(きっとここは九条さまのお家……?)
自分でここまで来た記憶がないから、きっと彼が運んでくれたのだろう。恥ずかしさや申し訳なさが和花を襲った。
上半身をゆっくり起こしかけていると、襖が静かに開き、蒼弥が顔を覗かせた。
「和花!大丈夫ですか?」
起きかけている和花に気付いた蒼弥は駆け寄り、起き上がらせてくれた。
蒼弥との距離の近さに和花の頬がほんのり色付く。
「痛むところはないですか?」
心配そうに顔を覗き込まれ、思わず目を逸らしてしまった。布団を見つめながら和花は小声で答える。
「はい、どこも問題ありません。それより九条さま、色々とありがとうございました」
「あなたが無事で本当に良かった」
そのまま蒼弥の腕の中に閉じ込められ、和花の体温が上昇していく。恥ずかしくて茹で上がりそうだった。
「和花、これからはここがあなたの家です。好きなように自由に過ごしてくださいね」
耳元で優しい声が響く。
蒼弥の気遣いに和花は涙が出そうになった。
嬉しい、けど本当に良いのだろうか。
こんな素敵な人のそばにいて、自分は役に立てるのだろうか。
蒼弥を信じていないわけではない。
一度本音を教えてもらったし、昨日だって助けにきてくれた。
だが、どうしても思い出されてしまう。一年前の記憶。
最初は優しかった義両親の変わりゆく姿。もしも、同じように蒼弥に見放されたら、それこそ立ち直れなくなりそうだ。そうなる可能性が少しでもあるのなら、傷つく前にここから立ち去りたいとさえ思ってしまう。
「九条さま、本当に後悔をなさいませんか?私が隣にいて、嫌な思いをされるかもしれませんよ?」
蒼弥の胸に身体を預けながら不安を吐露する。
その途端、抱きしめられる力がより強くなった。
「後悔などするはずがありません。和花が隣にいてくれるだけで私は幸せです。他に何もいりません。私はあなたを裏切ることも見捨てることも絶対にしませんよ」
「九条さま……」
「何も心配はいりません。大丈夫です」
すっ、と柔らかな言葉が和花の身体に染み込んでいく。蒼弥の言葉はまるで魔法のようで、強張っていた和花の身体をほぐしていった。
「失礼いたします」
襖の外で聞こえた声に、二人は瞬時に我に返り、身を離した。
「は、はい。どうぞ」
動揺しながら声をかけると、部屋に入ってきたのは、小柄な優しそうな女性だった。
「お目覚めでしたか、良かったです。あら?お顔が赤いような……?お熱でもありますかね?」
一目和花を見た女性が首を傾げる。
これは熱ではない。蒼弥の言葉と触れ合いに心が追いつかなくなっての赤みだ。それを知っているからこそ、和花はさらに恥ずかしくなり、首を激しく左右に振る。
「それは失礼いたしました。和花さま、お初にお目にかかります。わたくし。この家の使用人のカナと申します。これからよろしくお願い致しますね」
ふんわりと笑うカナに、和花の緊張は溶けていった。
「藤崎和花と申します。色々と突然申し訳ございませんでした。よろしくお願い致します」
互いに頭を下げて挨拶を終えると、カナは「そういえば」と手にしていた風呂敷を差し出した。
「蒼弥さま、例のものがお届きになりましたよ」
「あぁ、ありがとうございます」
「それから伝言です」
「伝言?」
「奥様から、一週間以内に和花さまをお連れしなさいとの事でした」
「やはりそうでしたか……」
カナの言葉を聞き、蒼弥は額に手を当てた。
話が読めない和花は、「あの……」と声を上げた。
「私、一週間のうちにどなたかとお会いになるのでしょうか……?」
「そうですね、私の母に会って頂きたいです。なんなら今日にでも行くとしますか」
「え?」
思わぬ展開に、和花は言葉を詰まらせた。
「奥様も和花さまにお会いになることを楽しみにされていましたよ」
「……そうですか」
暗くなる和花の表情に、蒼弥とカナは顔を見合わせた。
「和花?何か不安でも?」
「お母さまは、私に会ってがっかりしないでしょうか?」
「なぜ?」
「私は、こんなにもみすぼらしい人間です。こんな私が九条さまの婚約者としてお伺いしたら、がっかりされてしまうと思います」
要は自信がないのだ。自分に。
あかぎれだらけの手に、化粧もしていない顔。粗末な着物は、もう肩の部分が擦り切れそう。
こんなみっともない姿で会ったら気を悪くさせてしまいそうだ。
無意識に俯く和花だったが、声を上げたのは、カナだった。
「和花さま、奥さまはそんな冷たい方ではございません。とてもお優しい方ですよ」
「……ですが」
「それでしたら、蒼弥さまにふさわしい女性になればいいのです」
「ふさわしい女性に……私もなれるでしょうか?」
顔を上げた和花は、満面の笑みのカナを見て目を見開いた。
「和花さま、安心してください。今から私が変身させてさしあげますから。さぁ、蒼弥さまは一度お部屋を出てくださいな」
「え?あ、はい」
カナの圧に負け、蒼弥は渋々部屋を後にする。
「それでは和花さま、ご覚悟を」
そして二人きりになった瞬間、カナの目がきらりと輝いた。
