「和花さんがお手伝いして下さったおかげで予定より早く終わりましたわ」

「いいえ、私も気分転換ができて良かったです」

 桜の花は全て散り、綺麗な緑の木々が歩道を覆い尽くす。少し暑くも感じる陽の光は、緑色の葉に当たりきらきらと輝いてとても眩しかった。

 和花は新鮮な空気を目一杯吸い込みながら、由紀と共に帰路に着く。
 義母や義妹に頼まれた買い物は多く、荷物は重いが、久しぶりの外出に和花の心は晴れていた。

「和花さん、また一緒に出かけましょうね」

 隣でふわりと笑い提案してくれた由紀に、自然と頬が緩む。頷き返そうとした和花だったが、すんでのところで思いとどまった。

(そうだわ、由紀さんともお別れになってしまうのね)

 蒼弥からの婚約者の申し込みを受け、この家を出ることにした和花だったが、よく考えると由紀とはお別れになってしまうのだ。
 由紀はずっと優しかったが、ここ最近でようやく和花自身も心を開けるようになり、もっと仲良くなれた気がした。なのに、こんなに早くに別れてしまうなんて想像もしていなかった。
 残された時間は短い。それに、いつこんなにもゆったりとした時間を過ごせるかも分からない。
 そう思った和花は、ふと足を止めた。

「和花さん?」

 急に立ち止まった和花に気付いた由紀も足を止め、振り向く。
 和花は深呼吸すると、自分の懐から生成色のハンカチーフを取り、由紀に差し出した。

「由紀さん、こちらを受け取って頂けませんか?」

「……これは?」

「以前お約束していた、由紀さんへの贈り物です」

「まぁ……!なんて素敵なの……!」

 ハンカチーフには濃い桃色の薔薇が描かれていた。はっきりとした色合いが美しく、まるで本当に咲いている薔薇のように、花びら一枚一枚が水々しく描かれている。

「桃色の薔薇は、優しさという意味が込められているんです。私は由紀さんの優しさにたくさん助けて頂きました」

「……和花さん」

 泣きそうな顔をする由紀を見れば、和花もつられそうになった。
 しかし、今ここで気持ちを伝えるのが良いと思った和花は目に力を入れ、まっすぐ由紀を見た。

「由紀さん、私、この家を出ることにしました」

「え?そ、それはどういう……」

 動揺で由紀の声が震える。こんなに良くしてもらったのに、あっさりと別れてしまって良いのかとも思い、申し訳なさが込み上げた。

「九条さまが、私のそばにいてくださると、おっしゃって下さったのです。なので……」

「良かった……」

「え?」

 由紀の目は潤んでいた。けれども嬉しそうに口は笑っている。

「和花さん、幸せになれるのですね。ずっとずっと心配していました。でも、これで安心です」

「由紀さん……」

「とっても寂しいですが、とっても嬉しいです」

 本当に嬉しそうに笑う由紀だったが、目から雫が落ち続けている。その姿に、鼻の奥がつんとした。

「……っわたし、絶対に忘れません。由紀さんの優しさも笑顔も全て。私を支えて下さって、本当にありがとうございました」

 由紀は和花の手からそっとハンカチーフを受け取り、愛おしそうにそれを見つめた。

「このハンカチーフは私の宝物です。和花さん、幸せになってくださいね」

 和花と由紀は目を潤ませながらも微笑み合った。
 柔らかな風が吹き、二人の髪を優しく靡く。今日のような、よく晴れた日の風は心地良く、和花と由紀の背中をそっと押してくれるようだった。

「帰りましょうか」

「そうですね」

 温かな気持ちのまま、二人は足を進めた。
 この先に漆黒の雲が広がっていることも知らずに。