「九条さま、わたし、私……」
手をぎゅっと握り、つまりながら話す和花を、蒼弥は急かすこともなく見守っていた。
「私は、九条さまの優しさに何度も救われてきました」
一度言葉を述べると、あとはもう、止まることを知らずに流れてくる。
「しかし正直なところ、なぜ、こんな私にも優しく接してくださるのか不思議に思っていました。私と九条さまは何もかもが違いすぎます。……申し訳ありません。私は、九条さまに釣り合いません……」
「そう……ですか」
明らかに沈んだ声が聞こえた。
ぽたり。涙が膝の上に置かれた拳に落ちる。一つ落ちると次から次へと溢れては涙の泉を作っていく。
怖くて蒼弥の顔が見られない。
違う。これも和花の本音だが、話には続きがある。
和花は、勇気を振り絞り、そっと顔を上げた。
跪く蒼弥は、眉を下げ寂しそうに笑っていた。
こんな顔をさせたかった訳ではない。
本当の気持ちを全て伝えなくてはーー
「で、ですが……」
静かな部屋に和花の声のみが響く。
握りしめている拳は、爪が食い込み、血が出そうだった。
「……釣り合わないと思いますし、ご迷惑をかけると思います。ですが、私は九条さまがご迷惑ではないのなら……おそばにいたいです」
言い終わった途端に、目の前が暗くなった。
身体中に感じるあたたかなぬくもりと、かすかに漂う安心する香り。
蒼弥に抱きしめられているのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
「ようやく、聞けました。あなたの本当の声を」
頭上から優しい声が降り注ぐ。
「和花さんは自分が思っている以上に素敵な魅力的な人ですよ。それに、釣り合う釣り合わないなんて関係ない。私たちの間に確かな絆があれば、周囲の目などどうだっていいのです」
きっぱりと言い切った蒼弥は、抱きしめる力を緩め、和花の顔を覗き込んだ。
きっと涙で酷い顔をしているだろう。
それでも蒼弥は微笑みながら、和花の目元を拭った。
「和花」
涼しい顔で不意に呼び方を変えられ、和花の胸がさらに高鳴る。
「これからは私があなたを守ります。もう涙を流さないように。だから、私のそばから離れないで下さいね」
溢れる涙で声が出ない和花は、何度も深く頷いた。
そして自ら、蒼弥の大きな胸の中に飛び込む。
「九条さまの隣にいさせてください……」
「もちろんです、和花。今すぐあなたを助けるために私は動きます。ですので、もう少し、もう少しだけ待っていてください。必ず迎えに行きます」
「……っはい!お待ちしております……!」
春の夜はまだ肌寒い。
しかし、そんなことを感じさせないほどに、和花の心はあたたかかった。
蒼弥からの想いと、蒼弥への想い。
きっと残り少ないであろうここでの生活も、この想いさえあればなんとかなる。そんな気がした。
