有言実行。まさに蒼弥はそうだった。
度々加納屋を訪れては、着物の直しを依頼していく。
蒼弥が来店する日は、朝から美夜が舞い上がり、着飾るためすぐに分かった。
残念ながら、和花はあれから蒼弥とは会えていない。
和花のような惨めな娘を蒼弥に合わせたくないからか、蒼弥が店に出入りするようになってからというもの両親はこれまで以上に監視の目が強くなり、自宅や作業部屋に篭ることが多くなった。
しかし、だからといって蒼弥とつながりが無くなったわけではない。むしろ、和花と蒼弥の結びつきは強まった気がした。
なぜなら――
(素敵な櫛……)
和花の手には、赤地に金色の梅が描かれた櫛が握られていた。
そう、蒼弥からの贈り物である。
黄色い花の簪を貰ってからというもの、蒼弥が着物のお直しを加納屋にお願いするたびに、藤崎屋で売られていた小物を隠しながら持ってきてくれるのだ。
櫛や簪、扇子など、見つからないような小物を着物にそっと忍ばせてくれる。
父母の懐かしい物に会えた嬉しさで、和花は胸がいっぱいだった。
それに、蒼弥の優しさが和花の心を強く打つ。
初めは戸惑いもあった。なぜこんな自分にあたたかく笑いかけてくれるのだろう。心を砕いてくれるのだろう、と。
しかし、根気強い蒼弥からの贈り物の数々に、いつしか楽しみになっている自分もいたから驚いた。
櫛に描かれた金色の梅が、電気に当たりきらりと光る。
「ふふっ、綺麗」
父の絵は見た人を一瞬のうちで笑顔にしてしまうから凄い。蒼弥から父が描いた物を貰うたびに、父への尊敬度が増していく。
それから和花は、櫛と一緒に挟まっていた小さな紙切れを手に取り、広げた。
『和花さんに似合いそうな可愛らしい櫛ですね。梅がとても美しい。三日後の夜、時間が取れそうなのでお店に伺います。こっそり待っていて下さい』
(こっそり、待てば良いのね)
思わず笑いが込み上げた。贈り物と一緒に届く手紙も毎度心がこもっている。
その内容は和花の体調を気遣ったり、直した着物を褒めてくれたり、読んでいてあたたかい気持ちになるものばかりだ。
もちろん、和花も返事を出している。直し終えた着物の懐あたりにそっと入れ込んで。
周りに見つからないように密かな文通が行われていた。
それが和花にとっての楽しみで、蒼弥からの手紙や贈り物を見るだけで、辛い日々の暮らしも乗り越えられるような気がしていた。
(三日後に、久しぶりに九条さまに会えるのね)
今から緊張やら楽しみやらで心が忙しい。
誰にも見つかってはいけないやりとりに、何か悪いことをしているような気持ちにもなった。
仕事を終えた和花は自室に戻り、押し入れの中から大きめの箱を引っ張り出した。
中には、今まで蒼弥から貰ったハンカチーフや扇子、簪がいくつか大切にしまわれている。
和花は口元が緩むのを抑えながら、今日、新たに貰った櫛を入れた。
父と母との思い出を蘇らせる煌びやかな物に和花の心が満たされると同時に、自分の気持ちに寄り添ってくれる優しい蒼弥に感謝の気持ちでいっぱいになった。
(今なら、もしかしたらできるかもしれないわ)
ここでの生活は相変わらずだが、蒼弥のおかげで少し気持ちが楽になっている気がする。
だから、蒼弥のことを思ってなら、きっと――
絵が描けるかもしれない。
和花は右手の手袋をそっと外した。
(やっぱり……)
漆黒に染まっていた五本の爪は、いつの間にか淡く色が戻っていた。
昔のようにはっきりとした鮮やかな五色の色まではいかないけれど、蘇芳色や深緑、鼈甲色などくすみがかった色。
色が戻りつつある爪を見た和花は、ふっと微笑んだ。
(これも全て、九条さまのおかげね)
蒼弥に感謝の気持ちを伝えたい。
常に目の前が真っ暗で、生きる理由もなく、ただ生きてきた和花に蒼弥はわずかな光をくれた。
生きていて良いことがあるかもしれないと思わせてくれた。
彼の存在が、言葉が、振る舞い全てが和花をあたたかく包み込んでくれる。
もっと彼のことが知りたい。
私ばかりがしてもらうのではなく、私も彼のためになにかをしたい……
和花は、箱を押し入れの奥にしまい、しばし考え込んだ。
