「『創る』ではなく」

 女神は言葉を慎重に区切り、マオの深紅の瞳を真っ直ぐに射抜く。

「『創れなければ消される』のよ」

「け、消される!?」

 マオの声が裏返った。背筋を極寒の恐怖が駆け上る。

「う、宇宙に?」

「そうよ? 宇宙に……」

 女神の声は墓石のように重く、冷たい。

「なぜ、そんな理不尽を放置するのか?」

 マオの声が怒りで震え始める。

「何かやりようがあるのでは? 戦うなり、交渉するなり……!」

「カーーッ!」

 シアンが突然、堰を切ったように激しい苛立ちを爆発させた。

「分かってないわね、このオタンコナス!」

 青い瞳が怒りで燃え上がる。

「宇宙に『交渉』? 『戦う』? バカも休み休み言いなさいよ!」

「自分の世界が消されるなら、精一杯抗うしかないだろう?」

 マオは血が滲むほど拳を震わせながら、必死に反論する。

「余が直談判してやる! この魔王ゼノヴィアスが……」

「そういう問題じゃないの!」

 シアンの絶叫が、夜空を引き裂くように響き渡った。

「これが大昔から変わらない大宇宙の営みなの! 永遠に、未来永劫、変わらない絶対の理なの!」

「『変わらない』で滅ぼされていいのか!」

 マオは魂の底から叫んだ。どんな理由があれ、勝手に世界を滅ぼすことなど許されるはずがない。

「どこに行けばいい? 余が説得して……」

 そう言いかけた、その瞬間だった。

 ふっ――。

 マオの意識が、まるで見えない手に掴まれたように、唐突に引き抜かれた。

 世界が急速に遠のいていく。音が消え、色が褪せ、重力すら意味を失う。

 まるで、存在そのものが溶けていくような恐ろしい感覚だった――。


       ◇


 気が付くと、マオは無限の星海に抱かれていた。

 数え切れない星々が、砕けたダイヤモンドのように虚空に散りばめられている。それは息を呑むほど美しく、同時に孤独な光景だった。永遠の静寂が、魂を押し潰すように重くのしかかる。

「こ、ここは……?」

 声が真空の中で響く。いや、声ではない。意識が直接、宇宙に溶け込んでいるかのようだった。

「海王星だよ」

 突然、宇宙の深淵から湧き上がるような重厚な老人の声が響く。

 マオは慌てて振り返る――そして、凍りついた。

 そこには、青いベビー服を着た幼児が、にこにこと無邪気な笑顔を浮かべて宙に浮いていた。その小さな身体を、淡い青白い光が包み込んでいる。

「海王星も知らんのか?」

 幼児の口から、また老人の声。その異様なギャップが、マオの正気を揺さぶる。楽しげな笑顔と、威厳に満ちた声音の不協和音が、現実感を完全に破壊していた。

 女神もシアンも消え、いきなり連れてこられた大宇宙。そして、この不気味な幼児――いや、これは幼児の姿をした何か別のものだ。

「か、海王星……?」

 幼児が無言で、ぷにぷにとした人差し指を下へと向けた。

「へ……?」

 マオは恐る恐る視線を落とし――。

「えっ!?」

 息を呑んだ。

 眼下には、言葉を失うほど巨大な碧い惑星が、神々しいまでの静謐さを湛えて浮かんでいた。

 澄み渡る深い青――――。

 惑星の縁を彩る、まるで永遠の朝焼けのようなオーロラの帯。それは宇宙が創り上げた究極の芸術品だった。

「綺麗だろ?」

 幼児が、老人の声で語りかける。

「あの中に、キミの星も入っている」

 小さな手が、惑星を指差す。

「は?」

 マオの思考が、完全に崩壊した。

 巨大な碧い惑星の『中』に、自分の世界が? 理解を完全に超越した概念に頭が上手く動かない。

「それは一体……どういう……」

「キミは我と直談判したいそうじゃないか」

 幼児はニヤリと笑った。その幼い顔立ちと老人の声のギャップが不気味さを増幅させる。

「何でも言ってくれ。だが……」

 青い瞳が、冷たく光った。

「つまらなければ、お前の世界は消すがな。カッカッカ」

 笑った瞬間、幼児の顔が変わった――老弱男女、あらゆる人の顔に高速で次々と変わっていく。マオはこの不気味な存在に改めて冷や汗をかいた。

「では、あなたが……『宇宙の意思』?」

 マオは震える声で問う。

「そのようなものだ。キミの不出来な世界を消すのは、この我だからな」

 幼児に戻った『宇宙の意思』は肩をすくめた。その仕草は妙に大人びていて、さらに違和感を増す。

「ふ、不出来だろうが何だろうが! 必死に生きる者たちを、問答無用に消すのは横暴ではないか?」

 マオの怒りが爆発する。

「宇宙とは、そういうものだ」

 あっさりと言い放つその声には、まるで子供が蟻を踏み潰す時のような、無邪気で残酷な響きがあった。

「『そういうもの』で納得できるわけが無かろう!」

 マオの絶叫が、虚空に響き渡る。

 はぁ……。

 幼児は、まるで駄々をこねる子供を見るような目で、深く、深くため息をついた。

 その瞬間、マオは理解する。

 この存在にとって、世界の生死など、本当にどうでもいいことなのだと。

 そして、自分は今、その気まぐれ一つで全てが消される、絶対的な審判者の前に立っているのだと――。