「あっ!」

 リリィが叫んだ。

「ミノタウロスが斧を振り上げ突っ込んできますよぉぉ! 必殺の一撃がぁぁ!」

 巨大な斧が、天井すれすれまで持ち上げられる。筋肉が盛り上がり、血管が浮き出る。そして――。

 ブゥン!

 風を巻き起こしながら、斧が振り下ろされた。

 ガキィィィン!

 金属と金属がぶつかり耳をつんざくような音が響き渡る。

「おぉっ! 止めた! なんと止めましたぁ!」

 サキサカが拳を握りしめる。

「白銀の牙の盾役、鉄壁のガルドが受け止めた! うん! これは見事な盾さばきですね!」

 確かに、ガルドは正面から斧を受けていなかった。斜めに構えた大盾で、斧の軌道を巧みに逸らしている。力ではなく、技術で受け流す――まさに達人の技。

「上手く斧の勢いをいなしている! そしてーー!」

 サキサカの声が、さらに高くなる。

「この隙に! リーダーのシルヴァンが!」

 銀髪を翻しながら、剣士が疾走する。まるで風のような速さで、ミノタウロスの懐に飛び込んでいく。

「斬りかかったぁぁぁ!」

 銀の刃が、弧を描いて振り下ろされる。

 ザシュッ!

 肉を切り裂く、生々しい音――――。

 鮮血が、噴水のように吹き上がった。

 ギュォォォォォ!!

 ミノタウロスの断末魔が、ダンジョン全体を揺るがした。巨体がゆらりと揺れ、膝から崩れ落ちていく。

 ズン! と、地響きと共に、守護者が倒れ伏した。

「決めた! 決めましたぁぁぁ!」

 サキサカは興奮で顔を紅潮させながら叫んだ。

「さすがシルヴァン! 隙を逃さず急所を一閃! 完璧な連携プレー! さすがですね!」

「ちっ……」

 小さな、しかし確かなリリィの舌打ちが、マイクに乗ってしまった。


〔ん? 今、舌打ちした?〕
〔『ちっ』って聞こえた〕
〔ミノタウロスのファンなの?www〕
〔実況が敵側を応援してるwww〕
〔リリィちゃん、ミノ推しだったのか〕
〔いよいよマオ戦?〕
〔マオちゃーん! 準備はいい?〕

 コメントが、光の速さで流れていく。



「シ、シルヴァン選手の攻撃! 惚れ惚れしますね! あの華麗な剣技! これが快進撃の理由なんですねっ!」

 リリィは慌てて声を張り上げた。不自然なほど明るい声で、必死に取り繕う。

「そ、そうですね! ミノタウロスを倒したとなると、もうボス部屋ですね!」

 サキサカもフォローに入る。



「は、はい! いよいよです! いよいよマオちゃんとの対戦! 百万ゴールドをかけた世紀の戦いが始まります!」



〔キタ━━━(゚∀゚)━━━!!〕
〔ついに来た!〕
〔マオちゃん頑張って!〕
〔百万は俺のもんだ!〕
〔歴史的瞬間くるぞ〕



「楽しみです! 本当に楽しみです!」

 リリィは額の汗を拭いながら言った。

「では、ここで一旦コマーシャルです!」

 絶妙なタイミングで、画面が切り替わる。

 ジャジャジャジャーン♪

 派手なファンファーレと共に、画面が黄金の光に包まれる。

 そこには――。

 純白のローブを纏った聖女エリザベータが、荘厳な大聖堂の前で優雅に微笑んでいた。朝日を背に受け、まるで後光が差しているような演出。風に金髪がなびき、その美貌は天使のように輝いている。

『神――』

 重々しいナレーションが始まる。荘厳なパイプオルガンの音色をBGMに。

『あなたを創り、世界を創った偉大なる存在……。その無限の愛を、ぜひ、あなたも感じてみませんか?』

 カメラがゆっくりとズームしていく。聖女の瞳に涙が浮かんでいる――感動の涙、という演出だ。

『神聖アークライト教国……』

 ガラン、ガランと大聖堂の鐘が、荘厳に鳴り響く。

『神を一番感じられる、天国に最も近い国』

 聖女が振り返り、大聖堂を見上げる。その横顔は、まるで聖母のように慈愛に満ちている。

『あなたの訪れを、心からお待ちしています』

 最後に聖女がカメラに向かってウインク。

 画面がホワイトアウトして、教国の紋章が浮かび上がった――――。

 同時接続数、二十万人突破。

 大陸史上最多の視聴者数を叩き出している今、教国は一秒たりとも無駄にせず、布教と観光誘致に活用していた。


 ボス部屋でそれを見ていたマオは、深いため息をついた。

(あの酔っ払いが、よくもまぁ……)

 つい先日、泣きながら「キャーキャー言われたい!」と喚いていた女性が、聖母のような顔をしてCMに出ている。

(さすが外面は立派だな)

 マオは内心で毒づいた。

 だが、自分も金のために美少女の姿で戦っているのだから、大差はない。

 マオは大きくため息をつくと、ストレッチをして体をほぐし始めた。いよいよ自分の出番だ――――。


      ◇


 CMが終わり、画面が戻る――――。

「お待たせしました! いよいよ運命の瞬間です!」

 リリィの声が響き渡る。

 画面には、ボス部屋の重厚な扉が映し出されていた。

 その向こうに、百万ゴールドと、マオが待っている。